朝食とテントの撤収
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
「ふあぃ……起きるよ」
地面にセットされたスライムベッドの上で、もふもふパラダイス空間で気持ちよく眠っていた俺は、いつものモーニングコールチームに起こされて半ば無意識に返事をしながらなんとか目を開いた。
目の前には、いつものニニの柔らかな腹毛が広がっている。
「やっぱこれだよなあ。ああ素晴らしい。このもふもふが俺を駄目にするんだって……」
頬擦りするように柔らかな腹毛に突っ伏して呟いていると、耳元で嬉々とした声が聞こえた。
「そうよね。やっぱりこれよね」
寝ぼけた頭で、それが誰の声か気付いた瞬間、俺は慌てて勢い良く起き上がった。
「今起きちゃ駄目です! ご主人〜!」
「駄目です、ご主人!」
笑った悲鳴とともに、ソレイユとフォールが揃って後ろ向きに転がって落ちる。
「あはは、ごめんごめん。だけど今の落ち方は、ものすご〜く態とらしかったぞ」
座った俺は、転がり落ちて怒ったように俺を見上げて文句を言っている、ソレイユとフォールを順番におにぎりの刑に処してやった。
「ヤダ〜誰か助けて〜」
蕩けるみたいな甘い声でそう言いながらも、俺が手を離そうとしたら、もっとやれとばかりに手に頭を擦り付けてくる。
笑いながら交互に二匹をモミモミしていたら、タロンとフランマが俺の腕の隙間に頭を突っ込んできて自分達も揉めと欲求してくる。
さらにそれを見て、巨大化したままのラパンとコニーのウサギコンビまでが俺にくっついて来て、またしても俺はもふもふの海に撃沈した。
「あ〜れ〜! さよ〜なら〜」
笑いながら再びニニの腹毛に潜り込む。
「こら! 起きなさいってば!」
額をちっこい手で叩かれて、笑った俺は手を伸ばしてシャムエル様を両手で捕まえて、これもおにぎりにしてやった。
「ヤダ〜誰か助けて〜」
さっきのソレイユの悲鳴を真似たシャムエル様の言葉に、俺たちは同時に吹き出して大笑いになった。
「朝から何を元気に戯れて遊んでるんだ。お前らは」
テントの垂れ幕を巻き上げて覗き込んだハスフェルに呆れたような声でそう言われて、顔を見合わせた俺達はまた笑った。
「さて、それじゃあ食ったら出かけるか」
三人共起きて来たので、俺も急いで起きて身支度を整える。
今朝は、リンゴとぶどうのジュースといつものサンドイッチ各種だ。
それぞれマイカップに好きなジュースを注いでいたら……なんとギイが、一つのコップに両方のジュースを入れているではないか!
「ちょっと待て! 今、何したんだよ?」
間違って両方入れたのかと思って慌てて止めようとしたんだが、振り返ったギイは、俺を見て何故だかドヤ顔になった。
「良いから、騙されたと思って両方入れてみろ。俺のお勧めはリンゴやや多めだ」
氷の塊を一つマイカップに入れたギイは、カツサンドやチキンサンドなどのがっつり肉系サンドイッチをお皿に山盛り取って席についた。
「はいはい、タマゴサンドな」
いつものタマゴサンドの横で自己主張しているシャムエル様を突っついて、すっかり朝の定番になってるタマゴサンドとキャベツサンドをお皿に乗せて、マイカップを見る。
「まあ良いや、美味いもの同士混ぜて不味くなる訳ないもんな」
頷いてそう呟くと、言われた通りに両方のジュースを氷を入れたマイカップに注いだ。一応アドバイス通りにリンゴをやや多めにしておく。
その時、不意に感じた懐かしい既視感に理由が分からず、手にしたマイカップを見ながら考える。
「あ、分かった。これってファミレスのドリンクバーで、混ぜジュース作ってたのと同じ発想だよな」
理由を思い出して小さく吹き出し、逆にこの最高に贅沢な濃厚ジュースとは違う、あのチープでジャンクな味が不意に懐かしくなった。
「さすがにあれは、ここでは絶対に口に出来ないよな。人工甘味料の塊じゃん」
苦笑いしてから小さくそう呟いて、妙に感傷的になった気分を払った。
「さ、食べるぞ」
気分を変えるようにそう言うと、いつもの自分の椅子に座る。
「どうしたの?」
ちょっとだけ心配そうなシャムエル様にそう言われて、誤魔化すように深呼吸をした俺は、笑ってもふもふの尻尾を突っついた。
「何でもない」
それでも心配そうに俺を見上げるので、もふもふ尻尾を逆毛を立てるみたいに逆向きに撫でてやったら空気に殴られたよ。解せぬ!
「じゃあそのジュースはここに入れてください!」
そう言って取り出した盃は、何故だかいつもの盃よりかなり大きなサイズだったぞ。それはもう盃じゃなくて、蕎麦ちょこレベルだって。
苦笑いしつつ小さな氷を一つと一緒にたっぷり入れてやる。半分近く無くなったので、当然もう一度入れに行ったよ。あの蕎麦ちょこ、見た目以上に入る気がするけど、俺の気のせいかな?
同じく差し出されたお皿には、いつものようにタマゴサンドの真ん中をたっぷり切ってやり、キャベツサンドは先に好きなだけ齧らせてやる。
残ったサンドイッチを見て諦めのため息を吐いた俺は、立ち上がってもう一つ鶏ハムサンドを取って来た。
今から肉体労働タイムだもんな。しっかり食っとかないと。
そして、ギイ発案の二種類混ぜジュースを飲んだ俺達は、美味しさのあまり揃って感激の悲鳴を上げる事になるのだった。
しっかり朝食を食った俺達は、ベースキャンプにする予定だったけど一旦テントを全部撤収する事にした。
森の中よりは安全なここへはまた戻ってくる予定だけど、留守の間に万一はぐれのジェムモンスターに突っ込まれでもしたら大変だもんな。
オンハルトの爺さんが周囲を確認してくれたところ、草地にも何となくだが獣道っぽいものがあり、ここはその獣道にごく近かった位置だったらしい。成る程、それでコモドドラゴンに突っ込まれた訳か。
「もう少し奥へ行けば安全そうだから、次にテントを張るならそっちで張れば良かろう」
苦笑いしするオンハルトの爺さんの言葉に、俺達三人苦笑いしつつ大きく頷くのだった。
「ええと、それでここが出現場所なのか?」
撤収して連れてこられた場所は、草地や森を越えてかなり中に入った場所で、そこには綺麗な小川が流れていた。
幾つか岩も転がっているが、全体に砂と玉砂利のなだらかな小川だ。
幅は狭いが細かな砂と砂利の敷き詰められた河原もあり、川のすぐ側にはあちこちにイネ科の草が茂っていて川を覗き込むみたいに垂れ下がっていた。少し離れた土のある場所には、それほど大きくはないが何本かの木も生えている。
まるで写真で見た田舎の風景みたいなとても綺麗な場所だ。
小川であっても増水の危険はあるからテントを張るには危険な場所だが、ちょっと休憩するにはぴったりの場所だ。
感心して見渡していると、横に来たハスフェルが笑って川の横の茂みを指差した。
「シャムエルから聞いたが、あそこの茂みに出るらしいぞ。これも貴重な素材を落とすから出来るだけ集めたい。頑張ってくれよな」
にんまりと笑ったハスフェルの言葉に、俺は頷いて腰の剣を握った。
さて、いったいここではどんなジェムモンスターが出るんだろうな。