新たな仲間は小さなもふもふ
「ああ、見えてきましたね。あそこがアルブルの村です」
ブライアン村長が指差す先には、三つの村の中では一番こじんまりした村があった。
林を抜けた先にあったその村は、正直言って家も小さく、かなり貧しそうに見えた。
「おお、ブライアン。どうした……ひ、ひええ! 村に魔獣が! 助けてくれ!」
どこかで見たようなリアクションだな。と、俺が遠い目になっていると、笑った村長が、頭を抱えてしゃがみ込む男性の背中を叩いた。
「おい、シェル、大丈夫だぞ。何とここにいる魔獣は、全部このお方の従魔なんだよ」
「はあ、馬鹿抜かすな! こんなデカい魔獣をテイムできるやつがどこにいるっていうんだよ!」
シェルと呼ばれたその男性は、村長と背の高さは変わらないが恐らく幅は半分くらいしかないであろう標準体型だ。そして、年齢はブライアン村長と大して変わらないだろう。
「あのう、こいつは本当に俺の従魔ですからご心配無く」
俺の言葉に、シェルさんは驚いたように口を開けたまま呆然としている。
「この方が、村の木彫り細工を見たいと言ってくださったんで連れて来たんだ。感謝しろよ!」
からかうような気安い態度から、この二人は恐らく個人的に仲が良いのだろうと見て取れた。うん、良いよな、幾つになっても一緒に仲良く出来る友達って。
「それは有り難いですが、木彫り細工と言っても、うちで作っているのは実用的な皿やお椀などが中心ですよ」
自信無さげな言葉に俺は笑って手を振った。
「その実用品が欲しくてね。以前、街で露店を出していた親子から皿や籠を買ったんですけど、便利だったんでもう少し欲しいと思いまして」
俺の言葉に、村長は目を輝かせた。
「もしや、ロリエ親子のところで、野菜と芋と一緒に、お皿や籠を沢山買ってくださったお方ですか?」
あれ、もしかしてあの親子の村だったのか。
特徴を聞いてみると同じだったので、恐らく間違いないだろう。そうか、あの親子のいる村だったのか。
「残念ながらロリエ親子は街へ行っています。入れ違いになってしまったようですね」
会えなかったのは残念だったけど、聞くと、お皿や籠はあのお母さんも作っているんだそうだ。
それで、村の共同工場を見せてもらう事になった。
「どうぞご覧ください。こちらが、今出来上がっている品です」
村の人が順番で街へ露店を出しに行ったり、村を巡回する行商人に売ったりするのだと言う。
「こちらの棚の分は、すぐに販売出来る分です。何か気に入ったものがあれば、お一つからでもお売りしますよ」
紹介された棚には、籠や木彫りの皿やお椀が所狭しと並べられている。
いくつか手に取り、使いやすそうな大きさのものを取り出していった。
木の皿は、料理の仕込みにつかえるもんな。これもまとめてお買い上げっと。
かなりまとめて取ったけど、大丈夫かね?
取りすぎたかと、ちょっと心配になったが、シェルさんは大感激してくれた。
かなり買ったが、金貨二枚ほどだと言う。安すぎだよ手仕事。
結局これもすごい量になったので、まとめて街のギルドの宿泊所へ配達を頼んで帰る事にした。
シェルさんは、村長というわけでは無く、村のまとめ役みたいな感じでやっているそうだ。
村中丸ごと家族みたいなものですと言うシェルさんは、それでも色々大変なんです。と言って困ったように笑っていた。
その時、扉の向こうから真っ白な猫が部屋に入って来た。
俺の後ろに座って居たニニが、驚いたように顔を上げた。完全に耳が猫の方を向いてるよ、おい。
「ニニ、あれは普通の猫だって。手を出しちゃ駄目だぞ」
言い聞かせるように首元を叩いてやったが、目も耳もその猫に釘付けだ。
そして気が付いた。ニニだけで無く、セルパンやアクア、サクラまでもが真っ白な猫を凝視しているのだ。
村長二人は話をしていて、従魔達の様子には気付いていないようだ。
もう帰ろう。よそ様の家のペットに万一にも手出しするような事があってはいけない。
無言で慌てていた俺に気付かず、シェルさんは入って来た猫に気付いた。
「あ、こら。また入って来て。しっしっ、出て行け」
おう、ペットかと思ったら、まさかの野良猫かよ。
立ち上がったシェルさんを見て、白猫は悲しそうにニャアと鳴いて出て行こうとした。その時振り返って間違いなくこっちを見て、ものすごく驚いた顔をしたのだ。そして、間違いなく喋った。
「げっ、何よあいつら!」と。
呆気にとられる俺と目が合い、明らかに慌てたその白猫は、しらばっくれてそのまま出て行こうとした。
「なんだ今の?」
思わず呟いて立ち上がる。
その時、突然表で何やら大きな声が聞こえてきて、物が倒れる音と怒鳴り合う大声が聞こえて来た。
「またあいつらか。ブライアン。すまんがお前も来てくれ。馬鹿どもがこの間から好き勝手言って、林の木の権利を巡って縄張り争いをやってるんだよ」
シェルさんは俺に一礼すると、慌てたようにブライアン村長を引っ張って出て行ってしまった。
「おいおい、客だけ残して居なくなるって、どれだけ信用されてるんだよ」
苦笑いした俺だったが、立ち上がって、さっきの猫が出て行った扉を覗いた。
そこは台所になっていて、椅子の下に、真っ白な猫が綺麗に座ってこっちを見ていたのだ。
「おい、お前。さっき俺達を見て喋っただろう?」
出来るだけ優しく話しかけると、猫は耳を完全に後ろに倒して硬直してしまった。
ああ、駄目だ。これは完全に怖がられた。細かった尻尾も三倍以上の太さになってるよ。
「あれあれあれ、これまた妙なのがいるね」
突然現れたシャムエル様の言葉に、俺はまた大きなため息を吐いた。
「やっぱり普通の猫じゃないよな、あれ」
「うん、ケンタウロスと一緒で、本来こんな所にはいないはずなんだけどなあ」
困ったようなシャムエル様の言葉に、俺は白猫を改めて見る。
見てくれは完全に普通の猫だ。真っ白、瞳は水色と金色。おお、オッドアイじゃんか。
硬直していた白猫は、ようやく落ち着いたようだが、完全に俺達を見ないようにして出て行こうとする。
「なあ待てよ。お前さん、さっき喋ったよな?」
もう一度言ってやると、まるで俺の言葉が分かっているかのように立ち止まってこっちを向いたのだ。明らかにものすごく驚いた顔をしている。
「何の事でしょうかね? 私は知りません」
知らないって、知らないって返事したし!
「さっき、猫が喋る声が聞こえたような気がしたんだけど、俺の気のせいだったのかな?」
「ええ、きっと気のせいだわ。それじゃあ」
何これ。面白い。
そのまま出て行こうとするので、俺はもう堪えきれずに吹き出したよ。
「お前、普通に答えてどうするんだよ。知らないって、知らないってなんだよ!」
机に手をついて笑う俺を見て、猫は明らかに、しまった! って顔をしたのだ。
笑いくずれる俺を見て、白猫は困ったようにため息を吐いた。
「全く。どうして、ただの人間如きに私の言葉が分かるのよ」
「シャムエル様。なあ、あれって何なんだよ」
ようやく笑いが収まった俺は、肩に座っているシャムエル様に話しかけた。
「あれは、ケット・シー。猫の幻獣だよ。おかしいって。そんな子が、どうして人里にいるんだ?」
ケンタウロスに続いて、今度は猫の幻獣……。
気が遠くなった俺は、悪くないよな。
「ケン、あれも人間の側にいてはいけない子なんだよ。お願い。保護してあげて!」
シャムエル様の言葉は、予想の範囲だよ。ええい、もうこうなったらとことん付き合ってやるよ!
「なあ、お前さん。どこかで飼われてるのか?」
そう尋ねると、白猫は悲しそうに首を振った。
「子供は可愛がってくれるけど、あの家に私を養える余裕は無い。子供の食べる分を取るのは駄目」
やっぱりな。それであの子供はニニの事を怖がらなかったんだよ、きっと。
「じゃあ、俺達と一緒に来るか?」
白猫は驚いたように顔を上げた。
「俺達はもうすぐ旅に出る。迷子のケンタウロスを住んでいた場所まで送り届けにね。一緒に行くなら連れて行ってやるぞ」
また尻尾が一気に膨れ上がった。
「行きます! 連れて行ってください!」
可愛い声の白猫は、どうやら女の子だったらしい。
「良かったな、ニニ。お友達が出来たみたいだぞ」
椅子の下から出てきた白猫は、ニニに鼻先を差し出して、そっと鼻を付き合わせた。
おお、猫の仲良しの挨拶、鼻チュンだよ。
「なあ、これってテイムした事になるのか?」
仲良く何やら話をしている女子組を見てそう聞くと、シャムエル様は笑って首を振った。
「残念だけど、幻獣はテイム出来ないよ」
だろうな。そんな気がしたよ。
「でも連れて行くなら、飼い猫だって事が分かるように、首輪ぐらいは着けた方が良いかもね」
シャムエル様の言葉に頷いた。確かにその通りだ。じゃあ街へ戻ったら革工房で猫用の首輪を探そう。
もう開き直って、建設的に物事を考える事にしたね。
うん、旅の仲間が増えるのは良い事だよ。この子ももふもふだし。
まあ……仲間と言っても、全部、人間じゃ無いけどね。あはは。
そうこうしているうちに、村長達が戻って来た。どうやら喧嘩の仲裁は上手くいったらしい。
「お疲れ様、じゃあ、俺はもう戻りますね。お茶をご馳走様でした」
戻って来たシェルさんと握手を交わして、村長と一緒に帰る事にした。
村を出た俺達の少し後ろを、新しく仲間になった白猫が、こっそりと隠れながらついて来ていたのだった。