渡しても良いものと絶対に駄目なもの
大満足の夕食を終えて、手早く後片付けをしてから、全員に緑茶を淹れてやった。
一応、ここも飛び地の中だし、まあ、アルコールは万一を考えて遠慮したんだよ。ハスフェル達は全然平気そうだけど、俺が困るって。
「はいどうぞ。熱いから気をつけてな」
それぞれにカップを渡して、俺も座ってゆっくりとお茶をすすった。
はあ、緑茶美味ぇ〜。
何となくまったりと和んでいると、さっきの話を不意に思い出した。
「なあ、ちょっと聞いてもいいか?」
「ああ、どうした?」
顔を上げたハスフェルがそう言ってくれたので、俺は飲んでいたお茶を置いて、隣に座る彼を見た。
「さっき妙な事を言ってたじゃないか。あれってどうしてだ?」
「妙な事?」
ハスフェルの言葉に、ギイとオンハルトの爺さんも飲んでいた手を止めてこっちを見た。
「ええと、確か俺がギイに剣を見せてくれって言った時にさ、ギイがこう言ったんだよ。俺は別に構わないけど、その言葉は迂闊に人に言うなよって、あれ」
「言われた言葉は覚えてたんだな」
苦笑いしたハスフェルがそう言って、ギイを振り返る。どうしてだか彼も、それからオンハルトの爺さんも苦笑いしている。
「なるほどなあ。お前さんが元いた世界では、人々は武器を持たないと言っていたのを聞いた事があったが、正直言って信じられなかった。だが今のケンを見ると、確かにそうなのだと理解出来るな」
「確かにそうだな」
「全くだな。これは驚いた」
妙に納得したようなハスフェルの言葉に、二人もウンウンと頷いている。
「ええと、ごめん。俺にも分かるように説明を求めます」
緑茶を一口飲んで三人を見る。
頷いたハスフェルが俺の腰の剣を見た。
「じゃあ、お前のその剣はミスリルか。ちょっと見せてくれるか」
「え、これか? ああ良いぞ」
隣に座っていたハスフェルの言葉に、俺は頷いて腰の剣帯から自分の剣を外す。
そして、手を伸ばしているハスフェルに、シャムエル様からもらったミスリルの剣を渡した。
黙って受け取ったハスフェルは、立ち上がってゆっくりと剣を抜いた。
ミスリル特有の、やや緑がかった銀色の剣が取り出される。
机やテントに取り付けたランタンの光を受けて煌めいて見える。これが武器だと分っていても純粋に綺麗だと思えた。
立ち上がって剣を抜いたハスフェルは、黙ったまま抜身のその剣をじっと見つめている。
「これも見事な剣だな。拵えも素晴らしい」
そう言って左手に持ったままの鞘を見る。
しかし次の瞬間、いきなりハスフェルはその抜身の剣を俺の喉元に突きつけた。
それは本当に一瞬の出来事で、鑑識眼で仮に見えていたとしても、俺の反射神経では瞬きの一つも出来ないくらいの素早さだった。
「あの……ハスフェル……?」
怖いくらいの真剣な顔のハスフェルと目が合う。
だけど、何も言わない。
そして、当然だが後ろで見ているギイとオンハルトの爺さんも、何も言わずに真剣な顔で俺達を見つめているだけだ。
「あの……ハスフェル……?」
もう一度呼びかけたが、彼は微動だにしない。
ってか、真顔のイケオジに正面から無言で見つめられると、マジで怖い。
「なあ、俺、何かしたか? 黙ってないで、何か言ってくれよ」
困ったようにそう言うと、大きなため息を吐いた彼が剣を引いてくれた。
「ああ、びっくりした。一体なんだってんだよ。冗談にしてもやって良い事と悪い事があるって」
思わず、剣を突きつけられていた喉をさすりながら、口を尖らせて文句を言う。
「分からないか? つまりこう言う事さ。俺が悪人だったら今頃お前はもう死んでるぞ」
絶句する俺を呆れた顔で見て、まだ持っていた抜身の剣を改めて俺に向ける。
「お前はもう少し危機感を持て。まあ、身についた常識を変えるのは楽では無いだろうがな。だが、これだけは絶対に覚えておけ。ここでは、己の命でもある武器を簡単に人に預けるな。簡単に渡しても良いのは、研ぎ屋と武器屋だけだ」
そう言って、持っていた鞘に剣を収めて返してくれた。
「肝に銘じます!」
大声で叫んで、深々と頭を下げる。
ようやく彼らの言いたい事が俺にも理解出来た。
確かにその通りだ。
喩えとしてはちょっと違うかもしれないけど、言ってみれば会計の際に、後ろに並んでいた赤の他人に財布を見せてくれと言われて、そのまま無警戒に渡すようなものだ。
財布なら、最悪逃げられても経済的な損害だけで済むし、カードなんて簡単に止められた。
だけどここではその失う財布の中身は、いわば俺の命な訳で……そりゃあ、簡単に渡したら駄目だって話だよな。
大きなため息を吐いて、俺は残った緑茶を一息に飲み干した。
「お前らがいてくれて、本当にありがたいと心の底から思ったよ。例えば万一俺が一人旅だったとして、食事作るの面倒だと思って食いに入った居酒屋でさ、仲良くなった、今日初めて会ったばかりの奴に『お前、良い剣持ってるな。ちょっと見せてくれよ』って軽く言われたら、何も考えずにホイホイ渡して殺される未来が見えたよ。絶対やらかしてるって」
しみじみとそう言った俺の言葉に、三人揃って全く同じ顔で呆れたように俺を見る。
誤魔化すように笑って、俺は肩を竦めた。
「それにしても、ハスフェルって凄えな。いやあ、本当に寸止めだったよな。あの勢いで剣を突き出して、全く相手を傷つけずにこの位置で止められるって本当に凄えよ」
喉元を押さえながら、さっきのハスフェルの様子を思い出してそう呟くと、三人同時に勢いよく吹き出して大笑いになる。
「お前は全く、相変わらずだな。今の場面で感心するところはそこか」
「ええ、だってそうだよ。もしも今のを俺がやったら、絶対に首の真ん中あたりまで突き刺さって止まってるって」
「ふむ、己の腕をよく理解しとるな」
これまたしみじみと言ったオンハルトの爺さんの言葉に、俺も含めて全員揃って、またしても大爆笑になったのだった。
少し離れた場所で、どうなる事かと心配そうに見ていたベリー達と従魔達も、一緒に安心したみたいに大笑いしていたのだった。
「それからこれも覚えておけ」
笑いを収めたハスフェルの言葉に、俺は顔を上げる。
「その意味を知った上で、それでも自分の剣を渡せるとしたら、それは相手を心から信頼している証ともなる。例えば俺は、マギラスになら……自分の剣を渡して背中を向けても平気でいられたぞ」
自慢そうなその言葉に俺も笑顔で頷いて、返してもらった剣を改めて見て、そしてハスフェルに渡した。
「ああ、これからもよろしくな」
驚いて目を見開いたハスフェルは、満面の笑みになって剣を受け取り、それから自分の剣を渡してくれた。
彼にふさわしい、見事な大剣を。
満面の笑みで、俺達は拳をぶつけ合った。
その後、改めてギイとオンハルトの剣も交換して見せてもらった。
ギイの剣は、確かにやや黒光りのするこれも大きな剣で、そしてとんでもなく重かった。
「うわあ、ヘラクレスオオカブトの剣って、こんなに重いのかよ!」
ちょっと自分には無理だと本気で慌てたが、これにはミスリル以外に重鉄を混ぜていると聞いて納得した。
以前ミスリルの槍を買う時に聞いた素材だ。ミスリル並みに切れるけど、めっちゃおっもいアレ。
「さすがだな。これは俺には無理だよ」
剣を両手で持って返した。だって、片手だと取り落としそうなレベルに重かったんだからさ。
ちなみに、オンハルトの爺さんの剣はもっと重かった。全部重鉄だと聞いて、気が遠くなったのは悔しいから内緒だ。
良いんだい。俺はバイゼンヘ行ったら、あのオリハルコンとミスリルで自分に合った剣を作ってもらうんだい!