オレンジヒカリゴケの収穫と俺の癒し
結局、その日の午後からと、翌日も丸一日掛かって残りの三箇所を回ったのだが、結果は散々だった。
三箇所のうち最初に行ったのは、カデリー平原の西側を流れる大河ダリア川の河口に近い場所で、西側の山脈の中にある群生地。
地図で言えば、一番左端の下側の隅。辺境も辺境。完全なる僻地だ。
ここでは幸いな事にかなり良質のオレンジヒカリゴケが採集出来たのだが、残念ながら元々小さな群生地らしく、それほどの量は収穫出来なかった。
そこで相談の結果、俺一人分くらいならもう充分にあるので、ここから先に集めた分は、ハスフェルとギイで半分に分けてもらうことになった。万一何かあった際に出撃してくれるのは、主にこの二人だもんな。
オンハルトの爺さんは、今持っている分で何とかなるからと言って、これ以上受け取らなかった。
次に行ったのは、地図で言うと真ん中上部の一番端にある北側の山脈の中で、これまたものすごい断崖絶壁の難所にある場所だった。
幸い土砂崩れが起きているような事は無かったのだが、元々ここもそれほど大きな群生地では無く、断崖絶壁の所々に出来たわずかな平地に張り付くようにして小さなコロニーのオレンジヒカリゴケが繁殖しているだけだった。
しかし、無事なオレンジヒカリゴケは貴重だったので、勿論、あるだけ収穫する事にした。
俺達がこの急な断崖絶壁を迂闊に動くと危険な為、相談の結果、スライム達に俺達を運んでもらって、そのままスライムにホールドしてもらって手を伸ばしてわずかなオレンジヒカリゴケを収穫して回ると言う、ある意味アクロバティックな収穫体験をさせてもらった。
うん、正直言うとここでの収穫はかなり怖かったです。
ここではベリーも収穫に参加してくれて、蹄のある脚で器用に崖を登り、かなり高い位置にある小さなコロニーのオレンジヒカリゴケまで、とにかくありったけ収穫するのを手伝ってくれた。
そして最後が、樹海の中にある山脈の群生地だ。
地図で言うと、右端やや下側辺り。これもまためっちゃ辺境の僻地。しかも普通は立入禁止区域です。今回はシャムエル様が特別に扉を開けてくれて入れたけど、普段はここは開かない扉の場所なんだって。
しかし無理やり行ったここは、他よりもさらに小さな群生地だった上に殆ど育っていなかった為、結局、ここではそもそも収穫する事すら出来なかった。
「結局、全部の箇所を回っても大して集まらなかったけど、どうするんだ?」
俺の問いに、ハスフェルとギイは無言で首を振っているだけだ。
「とにかく、これ以上は泣こうが喚こうが無いものは無い。この後飛び地へ行ったら、ウェルミスと相談して、彼にとにかく頑張って育ててもらうしかあるまい」
半ば投げやりなオンハルトの爺さんの言葉にも、二人は無言で頷いた。
「ええと、それからそろそろ日が暮れるんだけど、どうする? 樹海の山で夜明かししても良いのか?」
俺としては、以前樹海へ来た時にリュートから聞いた、樹海の夜には闇の住民が出るとかってあの話を思い出して、割と本気でビビっていたのだった。
確か、真っ黒なクマみたいなジェムモンスターが出るとか、黒い雲みたいな人喰い綿が出るとかって話。
どう考えても、俺レベルではちょろい獲物だって。
「ああ、この辺りは安全だよ。しかし、樹海の山で夜明かしするのは良い気分では無いな。とにかく移動しよう」
大きなため息とともにハスフェルがそう言って、大鷲達を呼んでくれた。
いつものように俺達はファルコに、三人は大鷲達に手分けして乗り、一番近い九番の転移の扉へ向かった。そしてそのまま転移の扉で、カルーシュに近い七番の転移の扉へ移動する。
「本当に、転移の扉様々だな」
よく考えたら昨日と今日で、文字通り世界の端から端まで移動して廻ったんだからな。普通に地上を移動していたらどれだけかかるのか考えて、ちょっと気が遠くなった。
とにかく水のある場所に連れて行ってもらい、そこでテントを張った。
「夕食も作り置きで良いな。適当に出すから食べてくれよ」
そういって、適当に作り置きを取り出しておく。
「俺はご飯が食いたい」
自分用に焼きおにぎりと揚げ出し豆腐とおからサラダを取り出し、鶏ハムも取っていつもの様に祭壇に供えた。
いつもの収めの手を見送ってから、自分の席に戻る。
「食、べ、たい! 食、べ、たい! 食べたいよったら食べたいよ〜!」
いつものようにお皿を持ってご機嫌で舞い踊るシャムエル様が、何だかとっても大事に思えた。
何でも無い顔をして一通り取り分けてやり、もう一つ出て来た小鉢に揚げ出し豆腐もたっぷりと入れてやる。
「はい、どうぞ」
いつものようにそう言ったつもりだったが、何故だかシャムエル様は俺を見上げたまま黙っている。
「ん、どうした?」
マイ箸を手にしてそう言うと、シャムエル様は黙って俺の手に頬擦りして来た。
「大丈夫。大丈夫だよ。そんなに心配しないで。きっと上手くいくって」
「……うん、そうだな。頼りにしてるよ」
誤魔化すようにそう言って笑い、半分になった焼きおにぎりを口に入れた。
その夜は、テントの中でいつもよりも若干ぎゅうぎゅう詰めになって眠った。
従魔達もこの訳の分からない不安を感じているらしく、いつもよりも皆甘えん坊だ。俺は、皆の気が済むまでずっと、交代で抱きしめたり撫でたりしてやっていたのだった。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
ショリショリショリ……。
「うん、起きるよ……あれ?」
無意識に返事をして二度寝の海に沈みかけた時、妙な違和感を感じで目を開いた。
「あれ? 最後のショリショリって、誰だ?」
眠い目を擦って何とか開き、手をついて起き上がる。
「ご主人起きた〜!」
嬉しそうにそう言ったのは、ソレイユとフォールだ。
「あれ? 今のってお前らか?」
いつもの、あの身ごと持っていかれそうなやすりがけよりもはるかにソフトタッチだったぞ?
すると、二匹は揃って嬉しそうに目を細めて声の無いにゃ〜をしてくれた。
「頑張って練習したんだもん!」
「痛く無いようにご主人を舐める方法〜!」
得意気にそう言い、俺が見ている前で手の甲をそっと舐めた。
舌の先だけで、チョロって感じに。
「うわあ、お前ら最高! これなら痛く無いぞ!」
笑ってそう叫んだ俺は、二匹をまとめて抱きしめてやった。
「ご主人元気になった?」
「なったなった!」
笑って鼻先にキスをしてやり、改めて順番に小さな体を抱きしめてやった。
ああ、やっぱりこいつらは俺の癒しだよ。
よく分からない不安は尽きないけど、皆がいれば何とかなるって、無条件にそう思えたよ。