昼ご飯と検品
「ああ、動かない真っ直ぐな地面って安心する」
そう言って両手を広げて地面に転がる俺を見て、ハスフェル達は笑っている。
渓谷から離脱した俺達は、そのまましばらく飛んで、近くにある草原に連れてきてもらったところだ。
ファルコの背中から降りた俺は、地面に転がってよく晴れた空を見上げる。
「腹減ったけど、ちょっとマジで動きたくない。なんかめっちゃ疲れた」
「ええ、君は何にもしてないのに?」
腹の上に現れたシャムエル様に呆れたように言われたが、苦笑いしただけで言い返しもせずにそのまま転がっておく。
「まあ確かに、今日の俺は何にもしてないよ」
俺の呟きに、シャムエル様はおかしそうに笑っている。
「ほら、起きなさいって」
額に現れてぺしぺしと叩くシャムエル様を捕まえ、腹筋だけで起き上がった。
「それじゃあ、とりあえず何か食おう」
「その意見に賛成!」
シャムエル様が笑って大きな声でそう叫ぶと、ハスフェル達まで無言で手を挙げている。
「はいはい、それじゃあ何か出すよ。もう作り置きで良いよな」
立ち上がった俺は、大きく伸びをしてこわばっていた体を解してから、跳ね飛んできたサクラから机と椅子を取り出して組み立て、作り置きのサンドイッチを色々と出してもらう。
タマゴサンドの横でステップを踏んでいるシャムエル様の尻尾を突っついてやると、尻尾で殴り返された。いいぞもっとやれ。
笑ってタマゴサンドとキャベツサンドを取って、マイカップにコーヒーを注いで定位置に座る。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ!」
久々の味見ダンスの後、くるっと回ってキメのポーズだ。
手にはいつもの小皿があって、思い切り突き出して片足立ちのポーズだ。
「はいはい、格好良いぞ」
タマゴサンドの真ん中部分を大きく切って、差し出されたお皿に乗せてやる。いつもの盃にはスプーンですくったコーヒーを入れてやり、俺もまずはタマゴサンドにかじりついた。
「わあい、タマゴサンド〜!」
嬉しそうにそう言って、両手に持ったタマゴサンドを一気に齧っていく。漫画みたいな勢いだ。
残り半分くらいになったタマゴサンドを食べ終え、キャベツサンドを食べようとした途端に視線を感じて手を止める。
あっという間にタマゴサンドを完食したシャムエル様が、俺の手にあるキャベツサンドをガン見している。
「何、これも欲しいのか?」
「食、べ、たい! 食、べ、たい! 食べたいよったら食べたいよ〜〜!」
満面の笑みで頷き、空になったお皿を差し出しながら下半身だけで見事なタップダンスを踏んでいるんだけど、ちっこい爪が机に当たって本当にタップダンスみたいな音が立ってる。
「はいはい、じゃあ好きなだけどうぞ」
キャベツサンドは、うかつに切ると崩壊するので、持っていたそれをそのまま差し出してやる。
「じゃあ、遠慮なく、いっただっきま〜す!」
目を細めてそう言うと、勢いよくキャベツサンドを掴んで齧り始めた。
もしゃもしゃもしゃ〜! って擬音が聞こえてきそうな勢いで、二つに切ってある断面部分を2センチずつくらいに渡って駆逐された。
ううん、見事な食いっぷりだね。
食べながら思った。後でもう一個何か食べよう。
これって二つ取ったけど、俺が食べるのは一個分レベルに量が減ってる。
苦笑いしながら残りのキャベツサンドを平らげ、机の上に並んだパンの数々を見る。
「あ、これにしよう、肉も食いたい」
以前屋台で買った、焼いた肉を削ぎ切りにしてたっぷり挟んだ、いわば焼き肉サンドだ。
「何それ! それも食べるの?」
シャムエル様がいきなり俺の右手の上に現れて、俺の指をぺしぺしと叩く。
「何だよ、まだ食べるのか?」
満面の笑みで大きく頷かれてしまい、俺は全部食うのを諦めて、シャムエル様の顔の前に焼き肉サンドを差し出してやった。
「ふおお、これは素晴らしい」
鼻をひくひくさせて嬉しそうにそう言うと、はみ出していた大きな肉を一切れ引っ張り出して齧り始めた。
どうやら肉が食いたかったらしい。
「そんな見た目なのに、肉食なのかよ」
嬉しそうに焼いた肉を齧るシャムエル様を見て和んでから、ちょっと薄くなった焼き肉サンドにかじりついた。
「うん、これも美味い。たまにはこう言うのも良いなあ」
香ばしく焼いた肉の味がしっかり感じられて美味しい。
「あ、これならグラスランドブラウンボアの肉を塩焼きにして挟んでも良いかも。よし、今度作ってみよう」
のんびりとそんなことを考えながら、昼食を終えた。
自分が飲みたかったので緑茶を入れてやり、何となく食後のまったりした空気が流れる。
しかし、考えたら不安しかない。
国内に五カ所しか無いうちの、一番と二番に大きな群生地がどちらも壊滅状態だなんて。
何となく足元を見ると、並んで俺を見上げているスライム達と目が合った……気がした。
「なあ、結局どれくらい集まったんだ?」
三人が連れていたスライム達も全員頑張って集めていたから、多分、かなりの量が集まってると思うんだが、実際にはどうなんだろう?
「あのね、皆で確認してちゃんと四分割したよ。ご主人の割り当て分は、サクラとアクアで半分こして持ってるからね」
その言葉にハスフェル達を振り返ると、困ったように腕を組んで三人揃って考えている。
「どうなんだ? 希望の量は集まったのか?」
以前オレンジヒカリゴケを集めた時、俺は何も考えずに適当に取っていたけど、ハスフェル達には具体的な量の希望があったみたいだ。恐らく経験的にどれくらい持っていれば安心、みたいな量があるのだろう。
しかし、彼らの顔を見るに希望の量には程遠いであろう事は容易に想像がついた。
「なあ、もしかして足りない?」
返事が無いので、もう一度聞いてやると大きなため息と共に三人揃って頷いた。
「とてもじゃ無いが、安心できる量には程遠いな。これは困った」
「こんな事は初めてだ。何か良くない事の前触れでなければ良いが」
ハスフェルが返事をした後、ギイが呟いた言葉に俺は慌てた。
「待て待てギイ、それは思ってても今ここで言っちゃあ駄目だって!」
俺の慌てっぷりに驚いたギイが振り返る。
「何を言っちゃあ駄目だって?」
「今言った、何かよく無い事の〜って言った、それ!」
ギイだけでなく、ハスフェルとオンハルトの爺さんまでが不思議そうに俺を見るので、今度は俺が大きなため息を吐いた。
「それって、絶対フラグが立つから駄目!」
「フラグ?」
三人同時の不思議な呟きが聞こえた。
あ、もしかしてこっちの世界では、こう言う考え方って無いのか?
「ええと、俺のいた世界では、今みたいな状況でギイが言ったような事を言うのは、フラグが立つって言って、実際に何かが起こる前振りだったりするんだよ。しかも大抵はひどい事が起こる。だから思ってても言っちゃあ駄目なんだよ」
苦笑いした三人が、納得したように頷いている。
「しかし、実際口に出したからと言って何かが変わるわけではあるまい?」
「それでもだよ。だからこの話は終わり! それでどうするんだ?」
「悪いが、とりあえず他の群生地も回ろう。取れそうなら、少しでも収穫しておきたい」
「了解、じゃあもう行くか?」
無言で頷く三人を見て、俺は手早く机と椅子を片付けた。
残りの群生地さん、頼むから無事でいてくれ!