一難去ってまた一難!
「それじゃあ行くとするか」
ハスフェル達は来てくれた大鷲に手分けして乗り、俺達は大きくなったファルコに乗せてもらう。
順番に軽々と飛び立った大鷲達は、一気に高度を上げて渓谷を後にした。
「うわあ、凄い眺めだなあ」
身を乗り出すようにして下を覗き込んだ俺は、相当な高度から見下ろす景色に絶句していた。
地上からあの渓谷に行ける従魔達の運動能力、マジで凄え。
空を飛べば、転移の扉まであっという間だ。
「ではまた後程」
笑った大鷲達にそう言われて、お礼を言って一旦飛び去る彼らを見送った。
「じゃあ、次は七番の扉だな」
相変わらず急な階段を降りながら、何故だか湧き上がる不安に俺は身震いした。
「皆いるんだし大丈夫だって。何をビビってるんだよ、俺は」
思わず小さな声でそう呟き、深呼吸をした。
到着した、やっぱりどう見てもエレベーターホールなその場所で、従魔達には小さくなってもらってベリーも含めて全員一緒にエレベーターに乗り込む。
「行くのは七番扉っと」
そう言って七番のボタンを押す。
しばしの沈黙の後、可愛らしいベルの音がしてゆっくりと扉が開く。するとそこはもう七番の転移の扉だ。
「何度乗っても感心するよ。本当にこれ、どう言う仕組みなんだろうな?」
「あ、それは企業秘密です」
俺の呟きに、右肩に座ったドヤ顔のシャムエル様がそう答える。
「出たな企業秘密。まあいいよ。詳しく説明されたって絶対分からないって」
「ええ、聞いてくれたら詳しく教えるつもりだったのに〜」
知らん顔をする俺に、悔しそうにそう言ってシャムエル様は頬を膨らませる。
おお、そのふくれた頬を突っつきたい!
「聞いても絶対理解出来ない自信しか無いから、結構で〜す」
内心では悶絶しつつ、シャムエル様の口調を真似て言ってやると、楽しそうに笑って俺の頬を叩いてきた。
「それは痛いからやめてくださ〜い」
両手で包むみたいに捕まえて、そのままモミモミしてふわふわな手触りを満喫する。そうそう、この手触りだよ。
「きゃ〜助けて〜潰されるう〜」
嬉しそうに、俺の手の中で揉まれながらも無抵抗で笑って叫ぶシャムエル様を見て、全員揃って大笑いになった。
「何をやってるんだ。ほら遊んでないでさっさと行くぞ」
ハスフェルにそう言われて、俺はシャムエル様を右肩に戻した。
「ええ、ハスフェルだって笑ってたくせに〜」
口を尖らせながらもシャムエル様は、文句を言いつつもご機嫌だ。
「ほら、行くぞ」
ハスフェルに尻尾を突っつかれて、シャムエル様は慌てて自分の尻尾を掴む。
「私の大事な尻尾に何をするか」
空気に殴られて、のけぞるようによろめくハスフェルを見てまた笑った。
なんだか不自然なほど皆が大笑いしているのを見て分かった。
あの、何だかよく分からない不安を確実に彼らも感じている。
だけど、それを表に出すまいとして平気そうに振る舞い、その結果、不自然なほどの大笑いになっているのだ。
内心の不安はますます大きくなり、俺はじっとりと汗をかいた手を無意識にズボンに擦り付けた。
またしてもあの急な階段を上りようやく地上に着いた後、また大鷲に乗って移動する。
険しい山々を眼下に見下ろし、あっという間に目的の場所に到着した。
しかし……。
「待て待て。あの急斜面のどこに降りるんだよ!」
大鷲達とファルコが降下する先には、どう見ても平地が無い。斜め45度どころでは無くほぼ垂直の壁しか無い。
しかし慌てる俺に答えてくれる者は無く、ゆっくりと降下していく。
あの斜面に本気で降りるのかと焦る俺だったが、よく見るとハスフェル達まで驚きに目を見張っている。
「これは一体何事だ?」
「全くだ、これは酷い」
「ううむ、一体どう言う訳だ?」
三人が口を揃えて戸惑うように、斜面を見下ろしたままそう言っている。
「ええ、ここに降りるんだろ? お前らが驚いてどうする……」
俺も改めて下を覗き込んで、ようやく彼らの言葉の意味を理解した。
見えてきたのはとんでもない光景だった。
降下していく先にあったのであろう、目的地であるはずのオレンジヒカリゴケの群生地が、地滑りを起こして根こそぎ無くなっていたのだ。
見えるのは剥き出しになった岩肌と、わずかに残ったオレンジヒカリゴケの破片のような塊だけ。
当然収穫なんて出来るような状態じゃ無い。
これならさっきまでいた、レスタムの北にある群生地の方がまだマシなレベルだ。
「おい、冗談じゃないぞ。ここ以外はもう、全部収穫したところで予定の半分にも満たない程度しか無いんだぞ」
焦ったようなギイの叫ぶ声に、ハスフェルとオンハルトの爺さんも唸り声を上げるだけだ。
「いや待って! このまま下まで降りて!」
右肩にいたシャムエル様が、いきなり大声でそう叫んだ。
旋回していた大鷲達がファルコと共に応えるように甲高い声で鳴いて、ゆっくりと斜面沿いに降下していく。
気流に乗っているせいか、降下していくのにほとんど羽ばたかない。
不安しかなくて右肩を見ると、尻尾を三倍くらいに膨らませたシャムエル様が、真剣な顔をして谷底を見下ろしていた。
うわあ、あの尻尾を今すぐもふりたい!
内心でそう叫んで、俺は必死になってファルコの首元の羽根を掴んだ。
だって、何か掴んでいないと無意識にシャムエル様に手が伸びそうだったからさ。さすがにここで両手を離すほど命知らずじゃ無いよ。
かなりの距離を降下し続け、ようやく薄暗い谷底が見えてきた。
「あ、降りろって言った意味が分かった」
俺の呟きに、シャムエル様がほっとしたようなため息を漏らす。
「良かった。幾らかは潰れちゃったみたいだけど、コレなら少しは収穫出来そうだね」
見下ろした谷底には、全面に渡って地滑りで流れてきた土がそのまま積み上がっていた。
はっきり言って、ぐちゃぐちゃのドロドロ。
だけど、確かに表面が丸ごと落ちている箇所が幾つもあり、かなりの量があるのを考えれば、かき集めればなんとかなりそうな気がしてきた。
「成る程。まさに落ちたばかりだったんだな。ほとんど枯れている様子が無い。これならばスライムを総動員すればかなり集められそうだ」
ハスフェルの嬉しそうな声に、意味が分からなくて考える。
「あ、そっか。もうこのままだと枯れるだけだから、根を傷めるとか考えずにスライム達にありったけ収穫させれば良いのか」
手を打った俺の言葉に、苦笑いしたハスフェルが頷く。
「本来なら絶対にやってはいけない禁じ手だがな。ここまで傷んでしまっては、どうせ後はもう枯れるだけだ。ならばせめて、今ある分だけでも有り難く収穫させてもらおう」
なんとかなりそうで安心して頷き合った俺達だったが、ここでまた問題が起こった。
地面がどこもぐちゃぐちゃ過ぎて、俺達の降りられそうな足場が無いのだ。
何しろ、様子を見て来ると言って最初に飛び降りたハスフェルが、そのままずぶずぶと胸の辺りまで一気に沈み、そのまままだ止まらずに沈んでいくのを見て慌てたオンハルトの爺さんが、即座に鞭を振るってハスフェルを引き上げて大鷲に空中キャッチさせた程だったのだ。
哀れ泥まみれになったハスフェルは、スライムが一瞬で綺麗にしてくれたが、大鷲の足に掴まれたままの格好のハスフェルを揶揄う事さえ忘れて、俺達は揃って呆然と地面を見つめているしかなかった。
マジで、どうするんだよ。これ。