不安な朝
「ご馳走さん。美味かったよ」
「確かに美味かった。ご馳走さん」
「いつもながら最高だな。ご馳走さん」
スライム達に食べ終えた食器を片付けてもらっていると。食べ終わった三人から改めて褒められて、ちょっと照れたぞ。
「あはは、そりゃあ良かった。だけどあんまり真正面から褒められると、褒められ慣れてないから挙動不審になるよ」
ベリー達に、いつもの果物の箱を出してやってから、誤魔化すようにそう言って笑う。
「いや、本当に美味かったよ。ほら、どうぞ」
三人が使っていたお皿も、それぞれのスライム達が綺麗にして返してくれる。
「おう、ありがとうな。それでこの後どうするんだ?」
サクラに、綺麗になったお皿を全部まとめて飲み込んでもらいながら振り返る。
「こうなると他の群生地へ行く以外ないんだが、構わないか?」
「構わないも何も、行かなきゃしょうがないんだろう? 万能薬は切らすわけには行かないんだからさ」
綺麗になった机を拭き終えて、すっかり日が暮れて星が瞬いている空を見上げる。
「このまま移動するのか? そうじゃないなら、場所を決めてテントを張らないとな」
「さすがにこの時間から長距離移動はしないよ。それじゃあ今夜はここで休んで、明日早朝、大鷲で移動して転移の扉経由で……何処へ行くかな?」
ハスフェルの最後の言葉は、立ち上がったギイとオンハルトの爺さんに向けられている。
「ここから一番近いのなら、影切り山脈の西にある群生地だが、あそこは小さいからなあ」
腕を組んだギイが、考えながら答える。
「この後は、カルーシュ山脈にある飛び地へ行くんだったよな。それなら、カルーシュ山脈を越えた北側の斜面にも群生地があるぞ。あそこは足場は悪いがそこそこ広いから、此処ほどじゃないがある程度の量は集まると思うぞ?」
「確かに、じゃあそれで行こう」
「って事は、七番の扉へ移動して、そこからまた空の旅か。ファルコ様々だな」
地図を広げて確認しながら、椅子の背に留まったファルコを撫でてやる、それからふと思いついてハスフェルを見た。
「なあ、ちょっと聞くけど今いる場所ってどの辺なんだ?」
以前も来たけど、行きは完全に寝ていたから場所がいまいち分かっていない。レスタムの街にいた時に行った場所だから、まあその近くなんだろう程度の認識だ。
「今いるのはこの辺りだ」
ハスフェルが手を伸ばして指差したのは、三番の転移の扉の上側、北側にそびえる急峻な山々の間だ。
「まあそうだよな。この断崖絶壁だったらこうなるよな」
乾いた笑いで上を見上げると、左側全面に渡って聳え立つ見覚えのある断崖絶壁。
「あそこを駆け上がるんだもんなあ」
マックスに乗って、あそこを駆け上がった記憶が蘇り、慌てて首を振って誤魔化した。
その夜はそこで解散となり、食事をした場所から少し離れた坂の上側の草地にそれぞれのテントを張った。
ここに生えているのはよく見る野草で、残念ながらこの周りにはオレンジヒカリゴケは生えていませんでした。
スライム達が総出で手伝ってくれて、大きなテントがあっという間に立ち上がる。
俺がやったのは、ここに立ててくれと言って最初のポールを立てただけだよ。うちのスライム達、どの子も優秀すぎる。
テントを張り終えたら、皆で中に入る。
「それじゃあもう休むか」
定位置の金具にランタンを引っ掛けてから、防具を脱いで身軽になる。
「ご主人綺麗にするね〜!」
いつものサクラの声の後、一瞬で包まれて解放された時にはもうさらさら快適になってた。
「いつもありがとうな」
サクラをおにぎりにしてやると、嬉しそうにプルプルしていたよ。
「じゃあ準備するね」
そう言って俺の手から飛び降りて跳ね飛んで行く。
サクラを追って振り返ると、久々のスライムウォーターベッドがさあどうぞ! とばかりに待ち構えていた。
「スライムウォーターベッドは久し振りだな」
プルンプルンのスライムウォーターベッドをそう言いながら突っついてやる。
嬉しそうなマックスとニニが、予備動作無しに飛び上がって寝そべる。反動で大きくたわんで戻るスライムウォーターベッド、なんか面白いぞ。
「ほら、ご主人」
ニニの尻尾がパタパタと揺れるのを見て、笑いながら遠慮なく二匹の隙間に飛び込むと、また大きくたわんで思わず笑ったよ。
その後すぐに背中側にはラパンとコニーが、そして胸元にはフランマが飛び込んできた。
「はいご主人、寒かったら駄目だからこれね」
いつも使ってる薄い毛布を渡されて、お礼を言って受け取った俺はフランマごとそれを被る。
「おやすみ。明日もオレンジヒカリゴケの収穫だよ……」
胸元にくっついてきたフランマをそっと抱き枕がわりにして、もふもふのニニの腹毛の海に沈没する。
幸せパラダイス空間に包まれていつまでも起きていられるわけもなく、俺はあっという間に眠りの国へ旅立って行ったのだった。相変わらずの見事なまでの墜落睡眠だね。もふもふの癒し効果すげえ。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
「おう、今日は起きたぞ」
そう言って目を開く。何となく少し前から目が覚めていたので、今日は一回で起きられたぞ。
「ええ、ダメですご主人。私達の仕事をとらないでくださいよ〜」
「そうだそうだ〜!」
ソレイユとフォールが、笑って文句を言いながら起き上がった俺の背中に駆け上がって来る。
「待て待て、痛いから爪を立てるんじゃないよ」
慌てて捕まえ、順番におにぎりの刑に処する。
「良い天気みたいだし、一日で終わると良いな」
のんびりとそんな事を言いながら、順番にそれぞれの従魔達を撫でたり揉んだりしてやる。
よしよし、今日もどの子も元気だ。
寝汗をかいていたのでサクラに綺麗にしてもらい、手早く身支度を整えてから朝食の準備の為に机と椅子を取り出した。
「おはよう。もう起きてるか?」
テントの外からハスフェルの声が聞こえる。
「おはよう、もう起きてるよ。入って来てくれて良いぞ」
返事がして、テントの垂れ幕が巻き上げられる。
適当に買い置きのサンドイッチを出してやり、コーヒーとサラダで簡単に済ませた。
「じゃあ、悪いがもう行くとしよう。足りなければもう一箇所行かなければならないからな」
ハスフェルの言葉に、残りのコーヒーを飲み干して立ち上がる。各自テントを手早く畳み、あっという間に出発準備完了。
旅慣れて来たと感じるのはこういう場面だよな。
「それじゃあ行くとするか」
ハスフェルの合図で現れた大鷲達が、悠々と地面に舞い降りて来るのを見ながら、不意に何だか訳の分からない不安を感じたのは、きっと気のせいだよな?