またしても問題発生!?
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
おう、いつものモーニングコールだけど、今は朝じゃないよな。うん、今回は記憶があるよ。
意識が戻った俺は、無言で目を開いて上を見上げた。
横になった俺の目に入ってきたのは、見覚えのある断崖絶壁と、心配そうに俺を覗き込んでいるシャムエル様と従魔達。それからその後ろにはハスフェル達の顔も見える。
「大丈夫?」
シャムエル様の声に、苦笑いして何とか手をついて起き上がる。
「ごしゅじ〜ん!」
大興奮で一斉に飛びかかってくる、マックスとニニを始めとする従魔達に揉みくちゃにされつつ、笑いながら順番に抱き返してやり、何とか立ち上がった。
「おう、ちょっとぼんやりしてるけど大丈夫だよ。そっちこそどうなったんだ?」
ハスフェル達がここにいるのを見ると、恐らくはもう大丈夫だって事なんだろうけど、さすがにあの異様なモンスターを見たら心配になるよな。
「ああ、もう大丈夫だよ。氷の防壁のおかげでオレンジヒカリゴケの群生地は守る事が出来たからな。遠慮なく暴れさせてもらったよ」
にんまり笑ったハスフェルの言葉に、若干気が遠くなったけど気にしない気にしない。
「そっか。じゃあ早速目的のオレンジヒカリゴケを収穫しないとな」
伸びをしながらそう言うと、ハスフェル達は揃って困った顔になる。
「そこでお前に頼みたいんだが、あれ、壊してくれるか?」
「へ?」
振り返った俺は、思わず目を見開いたよ。
だって、そこには俺が作った氷の防壁が、まだほぼそのままの状態で立ちはだかっていたんだから。
「ええと。術を使って、あのモンスターを燃やしたんだろう? その時に溶けなかったのか?」
見る限り、記憶にあるのとほぼ同じ状態で残っている。
三人を見ると、苦笑いして氷の壁を見上げた。
「そのまさかさ。あの苔食いは、とにかくしつこくて完全に駆逐するのは大変だったんだよ。最後はオンハルトの最大クラスの火炎の術で丸ごと焼き尽くしたんだよ」
「お前さんは気絶してて覚えてないだろうけど、火柱が谷の上まで立ち昇るくらいの火力だったんだ」
ハスフェルの説明に、笑いながらギイが追加で解説してくれる。
「へ、へえ……それは凄えな」
谷の上なんて、ここから見上げても遥か先なんて高さじゃない。はっきり言って、高層ビルなんかより余裕で高いぞ。
「いやあ、あれはさすがにやりすぎたかと焦って、慌てて消火したんだよ。ところが、見てみるとあの氷の防壁が少し薄くなった程度でそのまま残っていたもんで、全員揃って仰天したんだよ。いやあ、見直したぞ。これは素晴らしい」
最後は、満面の笑みのオンハルトの爺さんにそう言いながら思いっきり背中を叩かれて、俺は情けない悲鳴を上げて仰け反ったのだった。
「ええと、じゃあ壊せばいいんだよな。アイスウォール砕けろ」
何とか落ち着いたところで改めて三人が見守る中、俺は聳え立つ氷の壁に向かって叫んだ。
ドカン!
もう、そうとしか言いようの無い物凄い爆発音と共に、目の前の氷壁が一瞬で砕けて崩れ落ちた。
しかし……。
「うわあ……何だよ、これ」
目の前には、今度は砕けた氷で作られた、いわば巨大かき氷の山が聳え立っていた。
ほぼ全員、それを見た瞬間に笑い崩れ、そのまま大爆笑になる。
「そ、そうだよな。あの氷を砕いたらこうなるよな」
笑いが収まったところで、笑いすぎで出た涙を拭いつつ、そう言ってかき氷の山を見上げる。
「でもまあ、これなら登れるな。じゃあ行くとしよう」
嬉しそうなハスフェルが、そう言いながらシリウスに飛び乗り、一気に氷の山を駆け上っていく。
「ご主人! 何してるんですか。早く乗ってください!」
尻尾をぶん回しているマックスの呼びかけに、俺も笑って駆け寄り一気に飛び乗る。
「よし、行け!」
大声でそう叫ぶと、元気よく吠えたマックスも、勢いよく氷の山を駆け上がって行った。
おお、何だか楽しいぞこれ。
ギイとオンハルトの爺さんもそれぞれの従魔に飛び乗り、同じように大喜びで駆け上がった。そのまま頂点を超えて一気に滑り降りる。他の従魔達もそれに続く。
「とうちゃ〜く」
そのまま勢いよく滑り降り、先に行っていたハスフェルのすぐ後ろで止まる。
「よし、それじゃあ手分けして収穫するとしよう。あれ、どうした? そんなところに突っ立って」
サクラが取り出してくれた、収穫用の大きなボウルを取り出して顔を上げた俺は、目の前の光景を見て、呆然とハスフェルがその場に突っ立っていた理由を理解した。
「うわあ、これは酷い」
俺は持っていたボウルを落としたことにも気付かず、ハスフェルと並んで呆然と目の前の光景を見つめている事しか出来なかった。
「これは駄目だ」
しばらくして呻くような声でハスフェルがそう呟いた。
彼の言う通りで、目の前に広がるオレンジヒカリゴケの繁殖地は、予想以上の惨憺たる有様になっていた。
まず、オレンジヒカリゴケが根こそぎ無くなっている場所。ここはもう、完全に土が剥き出しの状態になっている。
これはシャムエル様が心配していた通りで、根っこごと全部食われているであろう場所だ。残念ながらもう、ここは当分の間はオレンジヒカリゴケは育たない、いや、育てないだろう。
それが、最悪な事に全体の半分以上ある。
ポツポツと文字通り食べ残された箇所が小島のようにあちこちに残っていて、そこだけは以前と同じように、芝生のようなオレンジヒカリゴケが育っている状態だ。
しかし、その小島の周りの根っこは完全に引き千切られたような酷い状態になっているので、植物としては相当弱るだろう。なので、今ある新芽も収穫するのはあまりにも可哀想だ。
この小島がこれから育つとしても、今までのような群生地になるまでには相当の時間がかかると思われる。
後はもうぐちゃぐちゃで、土と草の見分けがつかないほどに荒れた場所だ。
要するに、とてもではないが何処も収穫出来るような状態では無かったのだ。
「なあ、どうする?」
戸惑うような俺の質問に、答えてくれる声は無い。
三人とも、眉間にしわを寄せて考え込んでいる。
「ギイ、お前は後どれくらい持っている?」
「俺はケンから分けてもらった分を合わせても……程度だ。お前はどれくらいだ?」
ハスフェルとギイが声を潜めて話をしている。
念話を使わず声に出して話していると言う事は、俺にも聞かせるつもりなんだろうけど、残念ながら今言った単位が俺には分からない。
「俺も似たようなものだ」
「俺はもっと少ないぞ」
ハスフェルの言葉に、腕組みをしたオンハルトの爺さんの言葉が重なる。
だけど、単位は分からなくても彼らの表情を見れば意味は分かった。要するに、充分あるとは言い難い程度の量しかないのだろう。
以前、カデリーの街でバルーンラットの大繁殖を討伐するのに、相当量の万能薬を使ったって言ってたもんな。幾らかは俺の手持ちを渡したんだけど、やっぱり安心するには全然足りないみたいだ。
「なあ、サクラ、アクア。オレンジヒカリゴケの手持ちって、全部でどれくらいある?」
三人が無言で俺を振り返るので、頷いた俺は頭の上にいたアクアゴールドに質問した。
「全部出そうか?」
三人を見ると真顔で頷いたので、それぞれ別々に取り出してもらって在庫を確認した。
その結果。はっきり言ってあるにはあるが、四人で分けたら余裕があると言うには程遠い状態である事が分かった。
材料の状態はかなりあったのでそれなら余裕じゃんと思ったら、収穫したオレンジヒカリゴケが10キロ近くあっても、万能薬ひと瓶分にもならないと聞かされて、今まで無駄使いしていた事を心底反省したよ。
「ううん、これはどうするべきだ」
腕を組んで心底困っているハスフェルを見て、俺はこれ以上無いため息を吐いて、とにかく食事の支度をする事にしたのだった。




