転移の扉
「それじゃあ、そろそろ出掛けるとするか」
遅めの朝食になったお粥の鍋を片付け、出しっぱなしだった折りたたみ式の机も片付けた俺は、すっかり寛いでいるハスフェル達を振り返った。
「おう、ご苦労さん。じゃあギルドに鍵を返して明細をもらったら、出発するとしようか」
一旦それぞれの部屋に戻り、各自部屋を確認してから廊下で落ち合って、そのまま揃って隣のギルドの建物へ向かった。
「ああ、もう行くのか?」
アーノルドさんが、入って来た俺達に気付いて手を振ってくれる。
「じゃあ、明細を渡すから確認してくれ。いやあ、どれも素晴らしい状態だったから、評価価格も頑張ったぞ」
満面の笑みでそう言われてしまい、お礼を言いつつも口座の金額を考えて、密かにちょっと遠い目になったよ。いや、俺的には安くつけてくれても全然構わないんですけど。
ううん、残高が恐ろしいことになって来てるので、そろそろマジでまとめて何か使う方法を考えよう。
ハスフェルが言ってたけど、本当にバイゼンで何か買えるかな?
相変わらずの大注目の中を全員揃って歩き、城門の外に出たあとは、少し街から離れたところで街道をそれて森の中に入って行った。
人目につかないくらいの奥まで入ったところで、ハスフェルが大鷲達を呼ぶ。
俺達はファルコに、それ以外はそれぞれ手分けして大鷲に乗り込み、転移の扉まで送ってもらった。
いつもの急な階段を並んで降りながら、俺はふとある事を思い出して、手すりを持って背後を振り返った。
「どうしたの? ご主人」
今は姿を現しているフランマと目が合う。その横には蹄なのに器用に階段を降りるベリーもいる。
「いや、なんでも無いよ」
そう言って前を向いたが、思い出したら気になって仕方がなくなった。
これは、この際だから聞いておくべきだろう。
「なあ、今更聞くのもなんだけどさ、ちょっとした疑問なんだけど、教えてもらっても良いか?」
すっかり定位置になっている、俺の右肩に座るシャムエル様を見ながら質問する。
「良いよ。どうしたの、改まって」
「いや、転移の扉の事を教えて貰った時、確か、これを使えるのって……俺と、俺の従魔達だけだって言ったよな?」
「そうだよ」
「まあハスフェル達は別として、だとしたら、ベリーとフランマやタロンはどうして転移の扉を使えるんだ? 確か、幻獣はそもそも従魔にはならないって言ってたよな?」
「うわあ、本当に今更な質問だね。今まで何回、一緒に転移の扉を使ったと思ってるんだよ」
「仰る通りでございます」
誤魔化すようにそう言って笑うと、シャムエル様だけじゃなく、横で足を止めて聞いてたハスフェル達にまで笑われたよ。
階段で話すのも変なのでひとまず下まで降りて、例のエレベーターホールみたいな場所に到着する。
「まず、ベリーは一人でも転移の扉を使えます。これは分かるよね」
「賢者の精霊、だもんな」
「まあ、その通りだね。ケンタウロスの一族は、そもそも転移の扉を開く際に、ちょっと手伝ってもらったりしたんだ。その関係で、彼らには解放しているんだ。まあ、そもそもこっちの世界に彼らが来る事は、本当に稀なんだけどね」
尻尾のお手入れをしながら、シャムエル様が教えてくれる話を俺は真面目な顔で聞きつつ、あの尻尾を俺に手入れさせてくれないかなあ、なんて考えたりしていた。
「それで、フランマとタロンなんだけど、この子達は一人だけだと転移の扉は開かないよ。通れるのは、紐付けされているケンと一緒の時だけだよ」
「紐付け? あ、フランマを保護した時に、確かにそんな話をしてたよな。あんまり理解してないけど」
「ええ、せっかく詳しく説明してあげたのに」
呆れたようなシャムエル様の言葉に、隣でハスフェルとギイが笑っている。
「まあ、ケンだからな」
「そうだな。ケンだから仕方ないって」
「あ、なんか今、ものすご〜く馬鹿にされた気がするぞ」
態とらしく泣く振りをしながらそう言ってやると、二人揃って大笑いしてるし。
「戯れてるんじゃないよ。つまり、この子達はケンの従魔ではないけれど、ケンに紐付けされてるからそれに近い状態な訳、だから、君と一緒なら転移の扉を使うことが出来るんだよ。分かった?」
「成る程ね。紐付けって言われても実感が無いからよく分からないけど、要するに俺の仲間って事だよな?」
「まあ、まとめるとそうとも言うね」
半ば呆れたようなその答えに、すり寄ってきたタロンのしなやかな背中を撫でてやる。脇の下に、後ろから突っ込んで来たフランマも、捕まえてもふもふを堪能した。
「そっか、俺と一緒だから大丈夫な訳か。成る程ね」
まあ、なんだかよくわからないけど、一緒なら通れるって事で良いんだろう。
「じゃあ、納得したところで、そろそろ出発するか」
笑ったオンハルトの爺さんの声に、全員揃って三番の番号のある扉に向かった。
壁のボタンを押すとしばらくの沈黙の後、可愛らしいベルの音と共にゆっくりと扉が開いた。ジェムモンスターの従魔達には揃って小さくなってもらって、なんとか一度で全員乗る事が出来た。
ベリーは、自分の背中にタロンとフランマを乗せている。素知らぬ顔をしてるけど、俺には分かるよ。あれは超ご機嫌の顔だ。
無事に3番のりばに到着して、揃ってまたあの急な階段を上がる。
外に出ると、巨大な岩のくぼみの底に出口があった。うん、これは絶対誰にも見つからない場所だね。空を飛べる翼が無いと、このツルツルの岩には登れそうに無い。
って事で、その場で大鷲を呼んでもらい、俺達はまたファルコに乗せてもらって全員揃って、そのままオレンジヒカリゴケの繁殖地であるあの谷底へ向かった。
その途中にシャムエル様から聞いたんだけど、この万能薬を作れる唯一の植物であるオレンジヒカリゴケが繁殖している場所は、この世界でも全部で五箇所しかなく、その中でもここが最大の繁殖地らしい。
「なにそれ、そんなの、めっちゃ絶滅危惧種じゃん。そんな貴重なのを採取しても良いのかよ」
谷底へ降下していくファルコの背中で、俺はちょっと心配になった。俺達のせいで、貴重な植物が絶滅したらどうしようって。
「だから、前回もケンにいってもらったんだよ。ほら、言ったでしょう? 手のある君に切り取って収穫してもらわないと駄目だって」
「ああ、確かそんな事を言ってたな。スライムにやらせると根っこを痛めるって。じゃあ、今回は手がある奴が俺だけじゃ無いから、早く収穫出来るかもな」
笑いながらようやく谷底が見えてきて、俺は少し身を乗り出して下を覗き込んだ。
「ん、今、何か動いたぞ?」
俺とハスフェルの声が重なり、次に瞬間、全員の悲鳴が揃った。
「うわあ、あれは何だよ!」