大量買い取りと涙と笑い
「ああ、何度もすまんな。じゃあこっちへ来てくれるか」
ギルドの建物に入ると、丁度アーノルドさんがカウンターの中で職員さんと、書類を手に話をしているところだった。
入って来た俺達に気付いて手を上げ、そのまま一緒に奥の部屋に向かう。
入ったその部屋には先客がいて、俺達が部屋に入ると顔を上げて振り返った。
「ああ、貴方が噂の魔獣使いですね。初めまして、商人ギルドのギルドマスターを務めております、リッティと申します。どうぞよろしくお願いします。なんでも今回は、沢山のジェムを融通してくださると聞きました。本当にありがとうございます」
笑顔で右手を差し出すその人は、ちょっとマーサさんを思い出させるような、小柄な年配の女性だった。もちろんこの人は、マーサさんと違って人間だけどね。
しかし、真っ白の髪の間から見える目は、俺なんか相手にもならないくらいの、鋭い商人の目をしていた。
儲け話は絶対見逃しません! って、背後に書いてある気がしたよ。うん、彼女も敵に回したら絶対に駄目なタイプだね。
「ケンです。どうぞよろしく」
初対面だし、挨拶してにこやかに握手を交わす。
「それで、今回は相談の結果、商人ギルドと合同で購入させてもらう事にした。それじゃあ数を言うから、とにかくここに出してくれるか」
そう言って、手にした書類を見ながら読み上げられた数は、ほぼハンプールや西アポンと同じくらいの数だったよ。おお、頑張ったんだね、アーノルドさん。
当然、在庫の数はまだまだあるので余裕で大丈夫だ。言われた通りに威勢良く取り出していくよ。
ここでもスタッフさん達が、猫車と大きな木箱を大量に用意してくれていて、小さなジェムや素材は木箱の中に、恐竜のジェムや素材は並んだ猫車に積み上げていった。
いやあ、しかしこれだけのジェムと素材が並ぶと壮観だね。何度見ても凄い眺めだ。
恐竜のステゴザウルスのジェムを取り出している時に、アーノルドさんが、何故だか突然床に座りこんで笑い出した。リッティさんは、何故だかふらふらと椅子に座ったっきり途中から呆然としていたのだが、こっちも突然机に突っ伏して、何と声を上げて泣き出したよ。
奥の机で、取り出したジェムの検品をしているスタッフさん達も、あちこちで半泣きになりながら抱き合ったり、泣き笑いで肩を叩き合ったりしている。
なんだか突然のカオスな状況にドン引きしつつ、俺は見ない振りをして、鞄から最後のトリケラトプスのジェムと素材の角を数えながら取り出した。
もちろん、アクアが数えてくれているから大丈夫なんだけど、一応自分が数えてる振りしてそれっぽく見せておかないとね。
「アーノルド……私は、私は夢を見てるんじゃ無いよね?」
最後の素材の角を数え終わった時、リッティさんがようやく静かになり、真っ赤になった目を拭おうともせずに顔を上げて、ジェムの山を見つめながらそう呟いた。
「安心しろ、リッティ。俺の目にも見えているからこれは夢じゃないぞ」
顔を上げたアーノルドさんの言葉に、リッティさんは大きなため息を吐いて首を振った。
「お願いだから、夢なら覚めないでおくれ。せめて私がこれに触れるまで……」
そう呟くように言って、積み上げられたトリケラトプスの巨大なジェムに震える手を伸ばした。
「大丈夫ですよ。消えたりしませんから、どうぞ好きなだけ触ったり撫でたりして確認してください」
苦笑いしながらそう言ってやると、わかりやすく肩をあげて飛び上がったあと、そっとジェムを触った。
「アーノルド。消えないよお。本物だよお……」
また、感激したようにそう言って、ジェムに触ったままポロポロと涙をこぼす。
「これだけのジェムがあれば、山越えの危険地帯で万一何かがあっても、渓谷で何かあっても、必ず、必ず助けてやれる。ケンさん、本当に感謝します。ありがとうございます。ありがとうございます」
突然、リッティさんがそう言いながら立ち上がって俺の手を握ってきた。何度もお礼を言いながら、俺の手を額に当てるみたいにして、まるで拝んでるみたいに頭を下げる。
ジェムと素材の山を見て大感激されているのはわかったけど、ここまで泣くほどのものか?
訳が分からず困ったようにハスフェル達を振り返ると、無言で手招きされた。
リッティさんが手を離してくれたので、大人しく彼らのところへ向かう。
「驚かせて悪かったな。以前も言ったと思うが、この街は山越えの街道の出発地点で、雪の多い真冬であっても人の通りが絶える事は無い。しかし、山越えは当然だが危険も多い。特にこれから寒くなり山が荒れると、人は簡単に道を見失う。それは即遭難となり、命を落とす事に直結する」
真顔のハスフェルの説明に頷く。
車の無いこの世界で、真冬の山越えは、確かに危険と隣り合わせだろう。
「万一、山で何かあったら、この街から捜索隊が出る。冬にしか手に入らない薬草や素材を集めに街道から外れて山に分け入る冒険者もいる。まあ冒険者の場合は基本的には自己責任だが、事前に保険をかけていった場合、ある一定期間は捜索隊が出される事もある」
後を継いだアーノルドさんの説明に、俺は振り返って首を傾げる。
「保険?」
「この街ならではの仕組みだ。両ギルドが共同で経営している事業でね。決められた掛け金を払えば、申し込んだ期間内に万一帰ってこなかったら捜索隊が派遣されるんだ。まあ、決して安い値段ではないが、一年を通じて何度も出動している」
アーノルドさんの説明に、俺は頷いて街から見えるカルーシュ山脈を思い出した。
まるでスイスの山のような、険しい断崖が続く山。冬にしか手に入らない貴重な薬草があるのなら、確かに無理をしてでも入ろうとする冒険者達はいるだろう。いくら自己責任とは言っても完全に見捨てるわけじゃなく、保険なんてものがあるを知って内心安堵していた。
「しかし、ジェムの激減のせいで、殆どの主な山岳救助用の装備を使えなくなっていたんだ。なので、ここ数年は、冬場の保険申し込みは中止して、個人の入山も禁止していた程だったんだ。何しろ、無理を言ってハスフェル達から何度も融通してもらったジェムは、そのほとんどが街の住民達の燃料として使われていたからな。いつ起こるか分からない救助隊の為に置いておくジェムなんて、そんな余裕は無かったのさ」
アーノルドさんの言葉に、ハスフェル達も頷いている。
確かに、冬の厳しそうなこの街なら、何より優先すべきは燃料用のジェムだろうからな。
うわあ、そこまでジェムの不足は深刻だったのか。でもまあ、確かに正直言うと、そうだったんだろう。
日常生活のジェムでさえ、何処の街でもカツカツだったって言ってたもんな。
そうなると、ある意味勝手に山に入った奴のために、貴重なジェムを使う事が出来なかったんだろう。
だけど、頭ではそう理解しても、目の前で実際に遭難している人がいるのに、装備が動かない為に助けられないのも辛かったんだろう。もしかしたら、顔見知りや優秀な冒険者達でさえ、帰らなかった事があったりしたのかもしれない。
どうやら今年の冬は、この街も平和に安心して過ごしてもらえそうだ。
シルヴァ達が集めてくれたジェムや、文字通り死にかけた踏んだり蹴ったりの地下迷宮で集めたジェムだったけど、こうして街の人達の役に立つのだと聞くと、あの苦労がちょっとは報われるってものだよな。
うん、俺もちょっとは手伝ってるから、気分いいよ。
そして相談の結果、この場では仮の預かり票をもらい、明日、出発前に正式な数を書いた明細表をもらう事になった。
そこで、俺が一割引の数を確認して、合計金額を俺の口座に振り込んでもらう予定。まあこれも最近のパターンだね。
またしても、書類だけの品物先渡し取引だけど、ギルドのやる事は信用してるから良いんだ。
さて、これでここの用事は終わり。明日は、まずはオレンジヒカリゴケの収穫だよ。
それが終わったら、次は飛び地だ。
もう、行っても大丈夫なんだよ……な?