騒動の後始末
ぺしぺしぺし……。
「うん、起きるって……」
もふもふの幸せ空間から起きたくなくて、もう一度潜ろうとしたら、思いっきり髪の毛を一房だけ引っ張られた。
「痛い痛い! だから、ちょっとだけ掴んだり引っ張ったりするんじゃねえよ!」
頭を押さえて一気に起き上がると、勢い余って吹っ飛ばされたシャムエル様を慌てたベリーが空中キャッチするのが見えた。
「ケン、乱暴しないでください! シャムエルディライティア様がお怪我でもなさったらどうするつもりですか!」
ええ、いきなり消えたり現れたりするんだぞ。吹っ飛んだぐらいで怪我なんかするか?
文句を言おうとしたが、思ったよりも真剣に怒ってるベリーを見てとにかく謝ったよ。
何かあったらとりあえず謝る……あはは、営業マンの必須スキルだったよな。
朝から遠い目になった俺は、大きなため息を吐いて、なんとか幸せ空間から起き上がった。
テントの垂れ幕を捲って外を見る。うん、今日も良い天気だなあ。
水が無いので、サクラに綺麗にしてもらって防具と靴を身に着けてから、サクラに頼んでコンロとコーヒーセットを取り出して、まずはパーコレーターでコーヒーを淹れる。丁度いい加減で火から下ろして、カップに注ぐ。
こういう、毎回同じ作業って、何も考えなくて良いから実は結構好きだったりする。
あ、そろそろコーヒー豆が減ってきたな。今度時間のある時に、買ったミルを使ってみよう。
椅子に座ってのんびりコーヒーを飲んでいると、不意にニニとマックスが顔を上げた。
「ん? どうした?」
垂れ幕はまだ全部下ろしたままだが、どうやら誰か出てきたらしい。
「ケン、起きてるか?」
立ち上がろうとした時、ヘクターの声が聞こえた。
「ああ、起きてるよ。待って」
返事をして、垂れ幕を巻き上げる。
「ほらよ。村長から朝飯の配達だ」
木製のトレーに乗せられたそれは。丸パンが二つ。卵とベーコンが挟んであり中々豪華だ。カップに入っているのは、りんごのジュースらしい。
「おお、ありがとう」
笑って受け取ると、彼は床に寝転がってるマックスとニニを見た。
「そいつらの飯は、どうしてるんだ?」
恐る恐る聞かれて、俺は吹き出した。
「まさか、こいつらの分まで出せなんて言わないよ。ご心配無く」
笑って顔の前で手を振ると、本気で安心したようで、顔を見合わせて笑っている。
「ああ、でも水があればもらいたいな。なあ、ちょっと質問だけど、あの外にある水汲み場の水って、もらっても良いのかな?」
村長の家の横には大きな水場があって、驚いた事に水が湧いているのだ。段々になった水場を経て、細い水路に流れ出た水は、そのまま果樹園へ流れていく。湧き水があるなら、夏場も水の不自由は無いんだろうな。ちょっと感心したよ。
「ああ、下の段の水場なら、そいつらが飲むのに使ってくれて良いってさ」
宿の水場と同じだね。
「そうなんだって、飲んで来いよ」
マックスとニニの背中を叩いてやると、起き上がって大きな伸びをしてから、嬉しそうに水場に二匹揃って向かって行った。ついでにベリーも一緒に行ったから、あいつも水は普通に飲むらしい。
村長が出してくれたパンは、ちょっと硬かったけど十分美味しかったよ。
そして思った、屋台で買ったタマゴサンドもそうだったけど、これ、絶対マヨネーズが使ってある。よし、探せばマヨネーズも有りそうだぞ。
マヨラーじゃ無いけど、マヨネーズがあると、いろいろ使えて便利だからね。是非とも探してゲットせねば。
美味しく頂いて、サクラに綺麗にしてもらうと。順番に手早く片付ける。
地面に打ち込んでた釘も、サクラとアクアに頼めば簡単に抜いてくれる。スライム凄いぞ。
撤収したテントを綺麗に折りたたんでサクラに預けると、もう撤収完了だ。
「アクアもお水の所に行ってきても良い?」
アクアに言われて俺は驚いた。そうか、スライムも水は飲むのか。
「ごめんごめん。もちろん行ってきても良いぞ。飲んで良いのは下の段だからな」
「はあい。分かりました」
「おっみず〜」
何やら嬉しそうに、ポンポンと飛び跳ねた二匹は、マックス達が飲み終わった水場に勢いよく飛び込んだのだ。
軽く水が跳ねて、マックスとニニが慌てたように後ろに下がる。
「こらこら、無茶するんじゃ無いぞ」
覗き込んで、息が止まりそうになった。
二匹がいない!
「ええ! アクア、サクラ、どこ行ったんだよ!」
思わず叫んで覗き込むと、底に見覚えのある肉球模様がのんびりと動いているのが見えた。
この二段目の水槽の深さは約50センチくらい。まあ、こいつらが飛び込んだら沈んでしまう深さだけどね……。元が透明だから、水に入ったら境目が見えなくなってたわけか。
しばらくすると、ニュルンって音がしそうな感じで、二匹が壁伝いに水の中から出て来た。なんだかプルンプルン度が増した気がするのは、俺の気のせいか?
「気持ち良かったねー」
「ねー」
嬉しそうな二匹を見て、俺は笑ったね。こんな事なら、宿屋の水場で好きなだけ水浴びさせてやったのにな。
出て来たヘクターとフランツは、何やら言いたそうだ。
「何、なんか問題あるか?」
「一旦報告のために、ギルドへ行かないと行かないんだが、お前も来てくれないと困るんだよな」
今日、村中総出でリンゴを収穫してくれる事になっているらしいから、どうしようか困っているらしい。
「なあ、この場所ってもう分かるか?」
マックスにこっそり聞く。
「ええ、ここへ行けって言われたら、場所は分かりますよ」
それを聞いて頷いた俺は、ヘクターを振り返った。
「じゃあ、一旦戻ろう。報告だけならそんなに時間もかからないだろう? 終わったら俺は狩りを兼ねてもう一度出掛けるから、その時にここへ引き取りにくれば良いよな」
「すまんな」
妙に申し訳なさそうに言われて、俺は笑った。
村長や村人たちに見送られて、俺達は村を後にした。
帰り道の方が早く感じたのは、気のせいかね?
「おお、もう戻ったのか。さすがだったな」
ギルドの建物に戻った俺達を出迎えてくれたのは、いつもの買い取りの時にお世話になってる爺さんだった。
あれ? これって、もしかして……?
「報告は別室で頼みます、ギルドマスター」
真剣なヘクターの声に、爺さんは頷いて、いつもの買い取りしてもらう部屋とも違う別の広い部屋へ案内された。当然、マックスとニニ、それからベリーも付いて来ている。
ええ、この爺さんがギルドマスターだったのかよ。全然知らなかったよ。
内心焦る俺を置いて、ヘクター達が報告をしている。
「お前さん。結局本当にケンタウロスなのか? 何か別の幻獣じゃなくて」
頼むからそう言ってくれ! って顔に書いてあるけど、残念ながら本当なんだよな。俺も信じられないけど。
肩に座って一緒に話を聞いていたシャムエル様に、ちらりとベリーを見てから改めて見ると、無言で頷いてくれた。
「ベリー、姿を見せてやってくれるか?」
背後に向かってそう声を掛けると、いきなりニニの隣にベリーが姿を現した。あいつ、絶対ニニにくっ付いていただろう。
……沈黙。
不審に思って振り返ると、爺さんだけでなく、ヘクターとフランツまでが口を開けたまま固まっていた。瞬き一つしないって、見ていて怖いぞ。
「おおい、帰って来てくださいよ」
何度か目の前で手を振っても、全く反応が無い。
途方にくれていると、いきなり爺さんが立ち上がった。
「おお、俺は今奇跡を目にしているぞ……賢者の精霊に、生きているうちにお目にかかれるとは……」
大声でそう叫ぶと、爺さんは俺の両肩をいきなり鷲掴みにした
「感謝するぞ。そしてお前さんを連れて来てくれたヘクター達にも心から感謝するぞ」
爺さんときたら、感激のあまり泣きそうになってるよ、ケンタウロスに会うってそれほどものなのかね?
「人の子よ。それほど喜んでくれるなら、足を運んだ甲斐があります」
苦笑いするベリーの言葉に、爺さんは目を輝かせた。
もう勝手にやっててくれ。
俺の肩から手を離した爺さんは、ベリーに駆け寄って何やら興奮した様子で話をしていたが、いきなり振り返って俺を呼んだ。
「ケン、ギルドの権限で、街の果物をありったけ仕入れてやる。宿泊所に届けてやるから、お前の収納能力の許す限り好きなだけ持って行け!」
おお、ギルドがスポンサーについてくれたよ。これで、果物買い放題だね。
「では、私はこの方と少しお話ししていますからここにいます。その間に、皆さんは明るいうちに狩りに行って来てください」
ベリーの言葉に俺は頷いた。そうだな。昨日も狩りに行けなかったし食事をさせてやらないとな。
「分かった、じゃあ俺達は一旦出掛けますのでベリーの事、よろしくお願いします」
「任せろ。絶対にこの部屋に人は入れないからな」
満面の笑みの爺さんにそう言われて、もう笑うしかなかったね。
って事で、受付で成功報酬を受け取り、三分の一を受け取った。
「何だか申し訳ないな、俺たち、行っただけで何もしていないのに」
「依頼は三人で受けたんだから、これで良いんだって」
革の巾着に貰った金を入れて俺達はヘクターと別れてまた街の外へ出て行った。
このままあの村へ向かい、途中ニニに先に狩りに行ってもらおう。村に到着したら、マックスにも行ってもらって良いだろう。その間に、リンゴを受け取れば良いよな。その後、時間があれば紅茶を作ってるっていう村にも行ってみよう。
頭の中で、これからの段取りを考えながら、俺達は街道から外れて一気に加速したのだった。