業務用金物店でのお買い物
「それじゃあ、よろしくお願いします」
大量の肉の買い取りをお願いして、満面の笑みのレオンさん達に見送られた俺達はギルドを後にする。
「ええと、マギラスさんから業務用の鍋とか売ってる道具屋を教えてもらったんだ。まだ夕食までには時間があるし、ちょっと見に行きたいんだけど、お前らはどうする?」
「道具屋なら、俺達が行っても邪魔なだけっぽいな」
「確かに」
ハスフェルの言葉に俺が頷くと、後ろでギイとオンハルトの爺さんも頷きながら笑っている。
「それじゃあここで解散かな。あ、従魔達はどうするかな?」
ここからはちょっと遠いからマックスに乗っていくつもりだったんだが、店の様子が分からないので、連れて行って良いのかどうかの判断が付かない。
「それなら散歩がてら一緒に行こう。場所があるならこの前の店みたいに、従魔達は外で待ってて貰えばいい。なんなら俺達が見張りをしていてやるよ。最悪待っていられる場所が無ければ、俺達が連れて行ってどこか近くの広場で待っててやるよ」
確かにマックスだけ迂闊に外で待たせてて、この前みたいに人集りが出来て騒ぎになったりしたら大変だからな。結局ハスフェル達も一緒に来てくれることになり、宿泊所の前を素通りして教えてもらった通りへ向かった。
従魔に乗った俺たちは、周り中の無言の大注目だ。気にしない気にしない。
「ええと、この広場の先だって聞いたんだけどな。ええと、あ、あった、ここだ」
「業務用金物屋。そのまんまな名前だな、おい」
ギイの言葉に揃って笑う。確かにこれ以上無いくらいにそのまんまな名前だ。
「だけど、看板に偽り無しだぞ。これは素晴らしい」
いきなりオンハルトの爺さんが、中を覗き込んで嬉しそうにそう言って笑顔になる。
「おお、あれは銅の鍋だ!」
店に入った正面の一番目立つ場所に、片手鍋で、大小幾つもセットになった銅の鍋が置かれている。セット単位で紐で縛ってあるみたいだ。その隣にあるのは、どう見ても銅製の卵焼き器だ。その隣には大小の寸胴鍋が並んでいるが、見た感じ何というか鍋の厚みが違う。
「おお、今俺が使ってる寸胴鍋の倍くらいの厚みがあるぞ、あれ」
ショーウィンドー越しに、中を覗き込んでそんな事を言っていると、いきなり声をかけられた。
「あの、よろしかったら、どうぞ中でご覧ください」
どうやら店員さんらしく、制服っぽい服を着てエプロンをしている。
「あの、従魔がいるんですけど、どうしたら良いですか?」
横で控えている従魔達を見たその店員さんは、無言で半歩下がった。
「あの、裏に厩舎がありますので、そちらへどうぞ。ええと、従魔達だけでそのままいてもらっても……大丈夫でしょうか?」
店員さん、相当びびってるみたいでなんだか申し訳なくなる。まあ、動物好きでもこの大きさは普通は怖いよな。ましてや動物苦手な方だったら、うん、ごめんなさいってレベルだろう。
「じゃあ、俺達が従魔達と一緒にいてやるから、オンハルトは一緒に見て来いよ」
ギイとハスフェルがそう言ってくれたので、二人に従魔達の事をお願いして、俺はオンハルトの爺さんと一緒に店の中に入った。当然店員さんもついて来る。
「で、何が欲しいんだ?」
オンハルトの爺さんはそう言いつつも、視線は目の前に並んでいる銅の鍋セットに釘付けだ。
「これこれ、銅製の鍋が欲しかったんだよ」
そう言って、俺はその並んでいる銅の鍋セットを指差す。
「じゃあ、これにしろ」
いきなりそう言って、幾つも積み上がっている中から一組の片手鍋セットを引っ張り出した。
全部で七個セットの欲しかったやつだ。
「後は卵焼き器もいいなって思うんだけど……」
「それならこれだな。返しがいるならこれにしろ」
そう言うと、勝手に横に並んでいたターナーから、幅の広いのを選んで取り出してくれる。
店員さん、完全に出る幕無しです。
「この、分厚い寸胴鍋はどう思う?」
「マギラスから煮込み料理を教わったんだろう。長時間煮込むなら分厚いほうが良いぞ。それならこの辺りの大きさだな」
そう言って、並んでいる鍋の中から幾つか良さそうなサイズを選んでくれる。何、その迷いのない選び方は。
「オンハルトの爺さん、まさかと思うけど……料理するのか?」
「いや、出来れば手伝っとるよ。だけど道具の良し悪しは判るぞ。ここにあるのは、どれも職人がしっかりと作った良い品だ。ケンが使うのなら良いと思うぞ」
確かに、彼は鍛治の神様だったもんな。調理道具も範疇なわけか。
「成る程、それじゃあこっちも見てくれるか?」
後ろで呆気に取られている店員さんに、選んだ品物を渡して奥へ移動する。
製菓用品のコーナーでは、定番の細長いパウンドケーキ用の金型と、マフィン用の金型っていう、六個が一枚の金型に作られているのを選んでもらった。
「ええと、泡立て器はあるんですけど、お菓子を作るなら他にはどんな道具が要りますか?」
それを聞いた店員さんは、一瞬、何言ってんだこいつ? みたいな顔になった。
「あの、料理はするんですけど、実はお菓子はほとんど作ったことが無くて。知り合いから良いレシピを手に入れたので、ちょっと簡単なのを作ってみようと思いましてね」
納得した様に笑顔になり、色々と詳しく教えてくれたので、ここぞとばかりに質問して道具の使い方や、手入れの仕方なんかも詳しく教えてもらった。
紹介してもらった中でも俺が食いついたのが、生卵の黄身と白身を分ける道具。
穴の開いたスプーンみたいになってて、そこに卵を割り込むと、黄身がスプーンに残って白身が下に落ちる道具。
何これ、凄い。これを考えた人は天才だと思うぞ。当然これもお買い上げ。
お菓子を作る時って、卵黄だけとか、卵白だけとかいわれるんだよな。あれって残ったらどうしたら良いんだろう?
他にも教えてもらって色々と買い込んだよ。時間のある時にでも作ってみよう。
それから、コーヒーの道具を扱ってるコーナーもあり。耐熱性のガラスのピッチャーの大きなのを見つけてまとめて買い込んだ。
やっぱりアイスコーヒーは、ガラスのピッチャーが良いもんな。
それから、サングリア用の大きな蓋付きの瓶も扱っていたので買いました。あれは美味しかったので是非とも作りたい。
大満足で代金を払い、その場で全部まとめて鞄に押し込んだ。
「しゅ、収納の能力ですか。これは凄いですね」
目を丸くする店員さんに笑って誤魔化し、ハスフェル達が待っている厩舎へ戻った。
何と二人は、厩舎の隅に小さな机を出してカードゲームなんかしてたよ。子供かって。
「お待たせ。って、何やってるんだよ」
声を掛けながら後ろから覗き込んで思わず笑ったよ。
だって、彼らがやってたのはどう見てもスピード。しかもめっちゃ早い!
「待て、もう終わる」
真顔のギイの声と当時に、二人が最後の一枚を出す。
「引き分け〜」
後ろからそう言ってやると、苦笑いして立ち上がった。
「そうなんだよな。今のところこれをやるとほぼ互角で、なかなか勝負が付かん」
「全くだ。次こそは勝つからな」
悔しそうに言い合う二人を見て、もう笑うしかなかったね。
「それじゃあ……マギラスさんの店へ行くのは、ううん。もうちょっと歩いて腹を減らしてからだな」
もう日も暮れてすっかり暗くなった空だが、まだまだ街はあちこちに街灯が付いて店も開いている。
店員さんに見送られて店を後にした俺達は、従魔達と一緒に腹ごなしを兼ねてのんびりと歩いて回り、かなり大回りをしてから、マギラスさんの店へ夕食をいただく為に向かったのだった。