商談成立
「あ、あの、マギラスさん。ええと……ここに出しても大丈夫ですか?」
足元に置いてあった鞄に手を突っ込んだまま、俺は困った様にそう言いながらマギラスさんを振り返った。
「うん? どう言う意味だ?」
意味が分からなかったらしく、言われたマギラスさんが不思議そうに目を瞬く。
「いや、俺が持ってるのって従魔達が狩って来た状態そのままなんですよね。要するに解体してない状態で丸ごとです。肉だけの部位とかじゃ無いので、はっきり言って非衛生的です。どうしましょうか?」
「ああ、そう言う意味か、ううん……捌くのは出来るが、今ここに出されると、確かに後の仕込みに影響するな。どうするかな」
困った様に、マギラスさんが腕を組んで考えている。
「あ、それならこうしましょう。さっきの数で、冒険者ギルドに解体をお願いしておきます。素材は俺がもらいますので、後日肉だけ全部引き取ってくださいよ。それでどうです?」
「もちろん素材は返すつもりだったから、それで構わないが……じゃあ、いくら払えば良い?」
「いえ、これはお譲りする分ですから」
「何言ってる、そんなわけにいくか!」
「だって、代わりに色んなレシピを教えてもらいましたから。あ、さっきのサングリアと塩もみしたキャベツとリンゴのサラダのレシピも教えてください!」
「いや、それくらい幾らでも教えてやるよ。金も払わずこんなに貰えるか! 駄目だ、絶対払うぞ」
「ええ、置いていく気満々だったのに」
俺の呟きに、ハスフェル達がまた吹き出している。
『なあ、どうするべきだと思う? だって、これって元々の原価はゼロなわけだし、俺は素材代が入れば充分なんだけどなあ』
困った俺が、ハスフェル達に念話でそう言うと、顔を上げたハスフェルが立ち上がってマギラスさんの肩を叩いた。
そして、肩を組んで仲良く顔を寄せて、小さな声で何やら内緒話を始めた。
「ええ……だけどそれじゃあ、あんまり……」
「良いって、それより……だから、簡単なので良いから……」
ふむふむ、漏れ聞こえる内容を総合すると、要するに遠慮なく貰ってくれて良いから、もうちょい俺でも作れそうなレシピを寄越せと、こう説得してくれている訳だな。
良いぞハスフェル、グッジョブだ。
その後も、しばらくああだこうだと言い合っていたのだが、最終的にはマギラスさんが折れてくれたみたいだ。
「ああもう、わかったよ。本当にそれで良いんだな。じゃあ遠慮なく貰う代わりに、俺がレシピ本を書いてやろう。スープやソース、各種料理は勿論、彼でも作れるデザートまで網羅してやる!これで良いんだろう?」
その言葉に何度も頷きながら後ろから拍手をすると、ギイとオンハルトの爺さんまで一緒になって拍手してるし。今回、二人は完全に野次馬状態だな。おい。
「じゃあ商談成立だな」
半ば自棄のマギラスさんのその言葉に、満足そうにハスフェルが頷き、向き合って笑顔で握手を交わす。
「ケン。それじゃあさっきの各種の肉は遠慮なく頂くことにするよ、本当に良いんだな」
「ええ、もちろんです。それじゃあギルドに渡しておきますので、引き取ってくださいね」
「感謝するよ。ただしレシピを書き出すとなると数日はかかるな。構わないか?」
申し訳無さそうなマギラスさんの言葉に、俺は今後の予定を考えた。
ええと、この後は飛び地へ行って苗木の移植をして、オレンジヒカリゴケの収穫だったな。あ、そう言えばカルーシュの街の冒険者ギルドにも、ジェムの整理をしたら売りに行くって言ってたのに忘れてるなあ。
今後の予定を頭の中で順番に思い出しながら考えて、俺はハスフェル達を振り返る。
『なあ、ここは一旦街を出て、溜まってる用事を先に済ませて、バイゼンヘ行く前にまた戻って来るのが良い様な気がするんだけど、どう思う?』
『ああ、確かに。レシピを書くとなると、それなりに時間もかかるだろうからな』
ハスフェルの返事に、俺も頷きマギラスさんを振り返った。
「じゃあ決定。今晩もう一晩宿に泊まって、俺達は一旦街を出ます。色々と用事が溜まっているので、順番にこなしてからまた戻ってきます。ええと……半月もかからないよな?」
「そうだな。飛び地でもう少し収穫するとしても、まあそれくらいあれば充分なんじゃないか?」
三人の意見が一致している様なので、もうそれで行く事にした。
「それじゃあ、今夜もここで食べて行ってくれよ。とびきりのスペシャル料理をお出しするからさ」
「おお、マギラスさんの料理が食べられるのなら、喜んで参りますよ」
目を輝かせる俺に、マギラスさんやスタッフさん達も笑顔になる。
「それじゃあ、また後で」
見送ってくれたスタッフさん達に手を振り、俺達はひとまずギルドへ戻った。
「やあ、どうした」
丁度レオンさんがカウンターから出て来るところだったので、俺達に気がついて出て来てくれた。
「あの、また買取りをお願いしたいんですけど」
「もちろん喜んで、それじゃあ奥へどうぞ」
ギルドマスター直々の案内で、奥にある買い取り用の部屋に向かう。
「それで、今度は何だい?」
部屋に入るなり、興味津々のレオンさんに俺は小さく笑って鞄を下ろした。
「ええと、従魔達が獲って来た獲物なんですけど、素材は買い取りで俺の口座にお願いします。それで、肉類は、全部まとめてマギラスさんに渡して欲しいんです」
「アクアヴィータのマギラスだな」
「アクアヴィータ?」
『マギラスの店の名前だよ。何だお前、知らなかったのか?』
笑みを含んだハスフェルの念話の声に、俺は小さく吹き出して頷いた。ごめん全然知りませんでした。
「そうです。そのマギラスさんです」
「了解だ。それで、どれを渡せば良いんだい?」
話していると副ギルドマスター達も入って来て、部屋が一気に窮屈になる。
「ええと、これだけお願いします」
そう言って、大きな机の上にマギラスさんから頼まれた数を取り出して行く。
おお、レオンさんと副ギルドマスター達の目が揃ってまん丸になった。
「ええと、一応これだけなんですけど……」
「すっげえ、グラスランドチキンと、ハイランドチキンの両方に、しかも亜種まである……」
「しかもその上、グラスランドブラウンブルにブラウンボアまであるぞ。亜種まであるし……」
「ええ、全部肉は持っていかれるんですか」
遠慮のない、副ギルドマスター達の呟きに、俺達は小さく吹き出した。
「良いですよ。まだありますので、良かったら出しますよ」
その瞬間、部屋は大歓声と拍手に包まれたのだった。
皆、肉は好きだねえ。
まあ、俺も好きだから気持ちは分かるよ。この肉、どれも本当に美味しいからさ。