俺の胃袋の限界への挑戦と職人魂
ただいま俺のお皿には、二つ目の生クリームのケーキが乗せられております。
シャムエル様が目を輝かせて見ているので、好きなだけ食べてくれと言って、こっそり腕でお皿を隠す。
嬉しそうに真っ白なクリームのケーキに顔面から突っ込んでいき、勢いよく食べるシャムエル様を見て、小さくため息を吐いて正直ちょっと虚無の目になった。
美味しいんだよ。
どれもめっちゃ美味しいんだけど……そろそろ俺の胃袋が限界です。
塩味のものが食べたいです。
甘いのも嫌いじゃないけど、さすがに少量ずつとは言え、これだけ続けて甘い物を食べるともう限界です。
半分くらいを平らげて、こっちを見上げて可愛らしく首を傾げてるので、小さく頷いて手を差し出す。
どうぞ、好きなだけ食ってください。
嬉々として残りを平らげるその様子を見ているだけで、もう胸焼けがしてきました。
「じゃあ、これは口直しだな」
笑ったマギラスさんが次に入れてくれたのは、始まる前から気になっていたので、どれもサラダや小鉢みたいなサイドメニューに使えそうな、いわゆる甘いお菓子以外。
大半はりんごを使った品々で、薄切りにしたリンゴを塩揉みしたキャベツと合わせてマヨネーズで和えてある。
こっちは千切りにしたリンゴとニンジンを合わせてマヨネーズで和えてあるが、所々に見えるのは、マスタードの粒っぽい。他にも定番の生ハムと合わせたのや、レタスで巻いてあるものやポテトサラダと合わせた一品もあった。ワカメと合わせた酢の物みたいなのまであり、よく見ると本当に全部味が違う。
へえ、りんごってこんな使い方も出来るんだ。
リンゴよりは種類は少ないが、ブドウを使ったサラダみたいなのまであって、ちょっと感心したよ。さすがはプロ。素材の使い方が上手い。
「へえ。果物はそのまま食べるか、甘いお菓子にしか使わないって無意識に考えてたな。今度サラダに入れてみよう」
小さく呟いて、まずは最初の一つを口に入れた。
「おお、美味しい。予想通りのマヨネーズ味なんだけど黒胡椒が効いてて大人のサラダって感じだ。これならワインと食べてもいけそうだな。あ、こっちはお酢だ。へえ、これはヨーグルト風味だ。素材が一緒でも味付けでこんなに変わるんだ。おお、ごま油の効いたナムルみたいなのもある」
確かにこれは口直しだ。甘くないぞ。塩味だ〜! サッパリ系だ〜! こう言うのなら、まだまだ食べられるぞ。
喜んで食べ終えた俺の皿に、とどめのどっしりとしたパウンドケーキみたいなのが置かれた時には、そのままシャムエル様にぶん投げました。作った人、ごめんよ。
最後に頂いた、気になっていたピッチャーの中身は、予想通りの赤ワインでした。あれだね、いわゆるサングリアってやつ。めっちゃ美味しい。
これはもっと俺のお腹が普通の時に飲みたかった。ってか、これなら俺でも作れそうだから、あとでレシピを教えてもらおう。
そして、ようやく全部の試食が終わり、お腹いっぱいになって寛ぐ俺達を尻目に、集まったスタッフさん達がいきなり試食の感想を言い始めた。
ところが、それが試食の感想会なんて可愛いものじゃない。
始まった直後から、実際の材料を目の前にしてものすごい大激論だよ。
何これ、いきなりの大喧嘩か仲間割れか?って言いたくなるくらいに突然始まった物凄い勢いの大激論に、ビビった俺達は四人揃って涙目になって部屋の隅で並んで小さくなっていたのだった。
はっきり言って俺達なんてそこらの石ころ扱い。勝手に動きまわっても絶対気付かれないレベル。
「おいおい、これは何処かで見た様な光景だぞ」
そう言っていきなり笑い出したハスフェルに、俺達三人の視線が集まる。
「ほら以前、東アポンでクーヘンがテイムしたイグアノドンのチョコに鞍を作ってやった時に、俺の知り合いの馬具屋に行っただろう。これって、あの時と全く同じなんだよ。注文主の俺達を置いて、職人同士でああでもないこうでもないって大激論だったからなあ。クーヘンなんか、本気で彼らが喧嘩していると思って相当ビビってたからな」
「ああ、確かそんな事を言ってたな」
俺も思い出して笑って頷いた。
プロフェッショナル怖い。
己の専門分野には妥協と言う言葉は無いらしい。
しばらくすると、どうやら大激論は激論レベルに落ち着き、最後には普通の話し合いになった。
そして、あちこちでレシピを書き始めている。
「お、終わったみたいだぞ」
振り返ったマギラスさんが、苦笑いしながら俺達のところへ来る。
「悪かったな、すっかり放りっぱなしで」
「もう終わりか?」
笑ったハスフェルの言葉に、頷いたマギラスさんは持っていたレシピを書いた束を見せた。まだ書いている人達も沢山いる。
「まあ、この中で実際のメニューに使えるのはせいぜい一つか二つだよ、思ったよりも手堅いところばかりで面白味が無かった。もっと新しい革新的なレシピを期待したんだがな。素材に頼り過ぎでちょっと残念だったよ」
「ええ、あれで使えるのは一つか二つ? 俺、全部使うんだと思ってた」
思わずそう叫んだ。だって、どれも本当に美味しかったし綺麗だったのに。
「ありがとうな。だけど、そう簡単に新しいレシピは出来ないよ。これだってまた何度も作り直してもっと洗練させてからでないと、店には出せないよ」
当然の様にそう言うマギラスさんの後ろに後光が差して見えたよ。マギラスさんのプロフェッショナル魂、半端ねえっす。
「それよりケン。さっき言ってた例の肉ってどれくらい譲ってもらえるんだ?」
いきなりの真顔のその言葉に、俺だけじゃなくハスフェル達まで揃って吹き出す。
「ああ、例の肉ね。ええと、グラスランドブラウンブルとブラウンボアなんですが……」
「どれくらいある?」
「ってか、何頭要りますか?」
「……何頭?」
「ええ、相当あるので」
「それなら五頭! ブラウンブルは五頭分頼めるか!」
「ええ良いですよ。グラスランドブラウンボアはどうしますか?」
「……これも五頭分、あるか?」
「ありますよ。あ、両方とも亜種もありますよ」
「両方、二頭分ずつ頼めるか?」
「大丈夫ですよ。ハイランドチキンと、グラスランドチキンはどうしますか? あ、これの亜種もありますけど」
「数があるのか?」
「ありますよ。どうしますか?」
「じゃあ、普通種は十匹分ずつと、亜種は五匹分ずつ頼んで良いか?」
「大丈夫ですよ。じゃあ出しますね」
そう言いながら、机の上を見てあのデカブツを丸ごとここに出して良いのか考える。
だって、俺が持ってる状態って、狩って来たのそのままだもんな。衛生第一の厨房にあれをそのまま出すのは、どう考えてもまずい気がして、俺は困ってしまった。