仲間って良いな!
どう考えても言い逃れの出来ない状況に遠い目になって黄昏ていると、小さく笑ったマギラスさんは何故だか一人で納得して頷いた。
「そうか。お前もするんだな。そのおまじない」
「へ? おまじない?」
俺の言葉に笑ったマギラスさんは、小さなため息を吐いて肩を竦めた。
「昔、ハスフェル達と旅をしていた時にな、たまに彼らがそんな事をしていた。何もない空間に向かって食べ物を少しだけ差し出すんだ。すると、突然それが消えて無くなる。初めて見た時は、見間違いだと思った。もしくは地面に落としたんだってな。だけどそんな跡は無い。無くなった食べ物がどうなったのか気になった俺は、何度目だったかにハスフェルに聞いた事がある」
「彼は……なんて言ったんですか?」
「俺が気付いていた事に驚いていたよ。かなり慌ててたな」
その時の事を思い出したみたいで、小さく笑う。
「彼らの故郷のおまじないなんだって言った。消える様に見えるけど、無くなった訳じゃないとも言ってたな」
思わず、机の上で俺を見ているシャムエル様を見る。
嬉しそうに頷くので、なんとなく事情を察した。
要するに、俺が作った物をあげているみたいに、ハスフェル達も食べてる物を時々シャムエル様にあげたりしていたわけだ。
まあ、確かに神様にあげてるんだから、無くなってる訳じゃ無いよな。
うん、嘘はついていない。
「ああ、まあそんなところ。気にしないでくれると嬉しい……かな?」
俺が誤魔化す様にそういうと、もう一度笑ったマギラスさんは頷いてくれた。
「確か、あいつらもそんな事を言ってたな。まあ久し振りに見たんでちょっと懐かしかったんだよ。悪かったな、変な事聞いて」
そう言うと、もう知らん顔でミキサーを片付け始めた。
そっか、こんな風に分からない事をさらっと流してくれる人だから、きっとハスフェル達もマギラスさんと仲間になれたんだ。
それは、一緒に旅をしていた時のクーヘンにも通じるものがあり、なんだか嬉しくなった。
「さて、ご希望のジュース作りは終わったが、まだあいつらの試作は続いてるな。どうする? 何か他に知りたい事ってあるか?」
粗熱の取れたジュースの入った瓶は、そのまま冷蔵庫に入れて冷やしておく。
そう言われて、俺はこの際とばかりに質問責めにして、気になっていた銅の鍋を売っている業務用の道具屋さんを教えてもらった。そこでなら、ケーキを焼く金型なんかも売っているらしいので、パウンドケーキ用の金型も買ってみよう。このジャムを入れて焼いたら、きっと美味しいケーキが焼けるぞ。俺は……1センチもあれば、十分だけどね。
そう言うと、それならと幾つか簡単に混ぜるだけのケーキのレシピを教えてくれた。これは、持ってきていたノートに、詳しく書き込んでおいたよ。
「あ、そうだ。実は別にお願いというか、頼み事というか……」
「ああ、どうした?」
「あの、ちょっとお聞きしますが、マギラスさんの店で野生肉って使います?」
「いきなりだな。ああ、もちろん使うよ」
「実はですね……こんなのが山ほどあるんですけど…」
そう言った俺は足元の鞄から、グラスランドブランブルとブラウンボアの肉各種、それから、グラスランドチキンとハイランドチキンの肉も各部位を適当に取り出して並べた。
それを見たマギラスさんが、また無言になる。
「それは、グラスランドブルと、グラスランドボア……だな?」
コクコクと頷く俺。
「で、そっちはどう見ても……グラスラントチキンと、ハイランドチキンの胸肉ともも肉だな?」
またしても、コクコクと頷く俺。
「これが……山ほどある?」
またしても、コクコクと頷く俺。
「それを、まさかとは思うが……卸してくれるのか?」
「いや、卸すってか、引き取っていただく代わりにレシピを教えていただけないかなあ、なんて考えていたりするんですけど? あの、俺でも作れそうな簡単レシピでお願いします!」
ホテルハンプールのあの意味不明のメニューを思い出して、慌ててそう叫ぶ。
いきなり吹き出すマギラスさん。
「ははは、了解だ。いくらでも教えてやるぞ。まず何からする?」
そこで俺は、今まで自分が作った料理を順番に思い出しつつ話した。
「ああ、上手く扱えてると思うぞ。特に猪肉は癖があるからそのまま焼くより、揚げるか濃い味付けで煮るのが良い。味噌スープで薄切りにして煮るのも良い考えだな」
おお、プロに褒めてもらえたぞ。
「それならあとは、煮込み料理かな。赤ワインでじっくり煮込むと旨いぞ」
そこで煮込み料理も教えてもらったが、まあこれはじっくりと時間をかけて煮込むだけで、特に難しくは無い。レシピを教えてもらって終了。
あとは、生姜と醤油とみりんとお酒と砂糖で煮る、いわゆる大和煮。
うんやっぱりここでも、使うのは砂糖と醤油とみりんとお酒。鉄板だね。
他に、味噌煮込みや佃煮風に甘辛くする方法。これもレシピを教えてもらって終了。
うん、あっと言う間に終わりそうだ。
ブラウンブルの方は、揚げるか焼く以外だと、やっぱり赤ワインなんかでじっくり煮込むのがお勧めだって言われた。これも、他にはミンチにして甘辛く炊くそぼろや、佃煮風のレシピなんかを教わった。
すごい、さすがはプロ。本当に次から次へと幾らでもレシピが出てくる。
鶏肉の方は、なかなか上手く使っているとお褒めの言葉をいただいた。
なので、俺の知らない骨付きの鶏肉をお酢で煮るやり方や、他にはカレースープのレシピなんかも教えてもらった。
よしよし、これでまた作れるレパートリーが増えたぞ。
ちょっと疲れたので、一息つこうとすると、何やらあちこちから甘い良い香りがしてきた。もしかして、そろそろ試作が出来上がってきたのか?
「ああ、そろそろ出来上がってきたみたいだな。せっかくだから、ハスフェル達も呼んで試食していくか?」
「やります! お願いします!」
目を輝かせて言うと、笑ったマギラスさんは頷いてくれて、別室でハスフェル達も呼んで試食会をする事になった。
準備するからしばらく別室で待つ様に言われて、四人で大人しく待機していた。机の上には、当然の様にシャムエル様も座っている。
「良い人だな。マギラスさんって」
小さく呟いた俺の言葉に、二人が驚いた様に顔を上げる。
「何かあったか?」
心配そうに言われて、笑って首を振る。
「何でもない」
誤魔化す様にそう言うと、何となく事情を察してくれた様で、それ以上何も聞かれなかった。
なんとなく沈黙が続き、俺は天井を見上げてため息を吐いた。
「最初は、一人で気楽に異世界を楽しむつもりだったけど。今はこう思ってるよ。仲間って良いな。ってさ」
苦笑いして小さな声でそう呟くと、両方からいきなり力一杯背中を叩かれて、俺は情けない悲鳴を上げて逃げ出した。
「痛いって。お前らの力と一緒にするなよな!」
俺の悲鳴の後、揃って大爆笑になったのだった。