村での相談と初めてのテント生活
「ええと、まずは村へ帰って、問題は片付いたからって言っておくべきだな」
大きなため息を吐いた俺は、とにかく全員揃って村へ戻った。もちろんベリーは隠れて付いてきている。
村へ戻ると、俺が頼んだ通り外には誰もいない。がらんと静まり返った村の中を、俺は最初に来た大きな建物へ向かった。
「へクター。ここにいるんだろう?」
扉を叩きながら大きな声でそう言うと、突然ものすごい勢いで扉が開いた。
「ふぎゃっ!」
外開きの扉に跳ね飛ばされて、後ろに吹っ飛んだ俺は 背後にいたマックスに当たって止まる。そのまま鼻を押さえてしゃがみ込んだ。
いきなり何するんだよ、本気で目の前に星が散ったぞ。
「す、すまん……」
鼻を押さえた俺を見て、申し訳なさそうなヘクターはそう言い、顔を見合わせた俺達は堪える間も無く吹き出したのだった。
「扉を開く時は、気を付けろって子供の時に教わらなかったのかよ」
何とか立ち上がった俺がそう言い、もう一度笑い合った。
「無事で何よりだ。それでどうなった?」
真剣な声のヘクターに、俺は片手を上げて止める。
「その前に質問だが、村長は何て言ってた?」
「まあ、お前さんのことを聞かれたから、信用出来るすごい奴だって言っておいたよ」
「そりゃどうも。で、結論からいうと脅威は去ったからもう心配はいらない。それと、ちょっと相談があるんで中に入れてくれるか?」
玄関先で立ったまま話をしていた事に気づいてそう言ってやると、また謝られた。
当然のようにマックスとニニも入って来る。良いのかね?
やや青い顔をしている村長だが、とにかく座った俺にカップに入ったものを入れてくれた。
あ、これってもしかして……。
一口飲んで嬉しくなった。これは紅茶だよ。よしよし、あとで村長に聞いてどこで茶葉が手に入るか教えてもらおう。
向かい側に座った村長に、もう心配はいらないから安心するように言ってやる。
「あの、こんなことをお聞きするのは失礼かと思うのですが、一体どうやってその……ケンタウロスを倒したので?」
それについては、考えていた答えを言っておく。
「正確にはケンタウロスではなく、別の魔獣でした。ですが、知能の高い奴だったので、説得して山へ帰らせたんです」
フランツは何か言いたげだったが、俺を見て口を噤んだ。
「それでちょっと質問なんですが、農作物の被害ってこの村だけですか?」
「はい、今のところは」
「ちなみに、どれくらいの金額になりますか?」
すると、村長は立ち上がって戸棚から何か持って来た。紙の束を紐で閉じたもので、どうやら売上の台帳みたいだ。
「被害のあった畑は三ヶ所。売り上げで言えば、金貨三十枚分ぐらいは確実に被害にあっていますね」
「大金だな」
ヘクターの言葉に、村長も頷いている。
「出稼ぎに行かなくてはどうしようもない、と言った意見も聞こえます。何とか残った分だけでも出荷しなければ、下手をすれば村から人がいなくなります」
それを聞いて俺は決心した。
「サクラ、金貨四十枚出してくれるか」
立ち上がって彼らに背を向けて。小さな声でサクラに頼む。
そっと取り出してくれた革の巾着を受け取り。俺は振り返った。
「ここに金貨が四十枚入ってます。これで村に残った出荷出来るリンゴを全部引き取りますから、とにかく収穫してもらえますか」
「おい、お前さん、それは一体……」
呆気にとられるヘクターに俺は笑って肩を竦めた。
「まあ、こっちにも色々と事情があってね。今はとにかく果物が大量に必要なんだよ。せっかく目の前に新鮮な果物があるんだから、買わない手は無いだろう?」
だって、戻る途中にベリーから聞いたんだが、この村の果実はとてもマナの量が多くて美味だったらしい。どうやら近くに少ないが地脈の吹き出し口があるかららしく、味がとても濃厚なんだそうだ。
「それより、今夜はどうするんだ、もうそろそろ日が暮れるぞ」
「それなら、客間をお使いください! 明日、村中の人に声を掛けて全て収穫いたします!」
叫ぶような村長の声に、苦笑いした俺はマックス達を振り返った。
うん、客間はヘクター達に譲って、俺たちは今夜はテントかなあ。
「あ、それからもう一つ質問なんですが、この今頂いたお茶の葉ってどこかに売っていますか?」
俺の質問に、村長は破顔した。
これは一緒にギルドに依頼した山側の村の特産品らしい。場所を教えてもらったから、明日にでも見に行ってみよう。もし無くても、どこに出荷してるか聞けるだろうしね。
結局、客間は二人に譲って、村長の家の横に許可を貰ってテントを張らせてもらい、俺はそこで寝る事にした。
当然、張るのは四本柱の大きい方のテントだ。張り方の説明は聞いていたから、段取り良くテントを張る。
四方には壁代わりの幕が下げられるようになっているので、寝る時はちゃんと閉めれば外からは見えないようになっている。
「おお、いいテントじゃないか。そいつらがいるとこれぐらいの大きさがいるんだな」
固定用の大きな釘を打ち込んでいると、家から出て来たヘクターが、テントを見て笑っている。
「どうぞ、机も椅子もあるぞ」
「収納の能力者は初めて見たよ。凄いんだな。こんなものが運べたら旅も楽だろう」
二人は、俺が取り出した机と椅子を見て苦笑いしている。
少し迷ったんだが、彼らには、俺が収納の能力を持っているって言っておいた。だって、明日果物を全部引き取ったら。見せない訳にはいかないだろうからさ。
食事は用意してくれると言われたので、先にテントを張る事にしたのだ。
マックスとニニは、平然と俺の足元で転がって休んでいる。
「なあ、本当はどうなったんだよ」
椅子に座ったフランツの真剣な言葉に、俺は彼を見る。
「ケンタウロスだったよ。とりあえず保護した」
「保護したって、お前さん……」
絶句する二人に、ケンタウロスが弱っていた事、果物が主食な事、そしてこの後そのケンタウロスを故郷まで連れて帰る事を話した。
「今は俺が指示した場所で大人しくしてるよ」
まあ、実際にはそこで座って聞いてるけどね。
「本当にとんでもない話だよ。帰ったらギルドマスターに報告するのが大変そうだな」
頭を抱える彼を見て、俺は笑って誤魔化した。
すみませんね、話をややこしくしちゃって。
ささやかな夕食を頂いた俺は、テントに戻って早めに休む事にした。四方の幕を下ろして紐でくくっておく。
それから防具と靴を脱いで、いつものニニの腹に潜り込んだ。隣にマックス、横には巨大化したラパンがくっついてくれる。
ああ、この幸せパラダイス空間もう最高だね。このもふもふがあれば、明日も頑張ろうって思えるよ……。
俺は知らなかったんだが、ニニの背中側に、ベリーがこっそりくっ付いて寝ていたらしい。
どうやらベリーも、もふもふ大好きだった模様。
何だよ、同志だったのか。それなら仕方がないから、ベリーはもふもふじゃないけど、一緒にくっついてても良い事にするよ。