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ジュース作り

「それじゃあ、こっちへ」

 笑顔のマギラスさんに頷き、俺はマギラスさんと一緒に厨房の端にある一番小さな作業場へ向かった。

 そこは宿泊所の半分くらいの大きさしかない、二段になった小さな水場と、大小4個のコンロが並んでいるだけの小さなキッチンだ。だけど横には大きな机があり、しかもその半分は大理石製の様だ。

 おお、プロのキッチンって感じだ。



 促されて、まずは二人揃って手を洗う。



「ええと、材料ってどれくらい要りますか?」

 使う量が分からないので、取り敢えず二十個ずつ取り出しておく。足りなさそうなら、追加で出せば良いよな。

「ああ、それだけあれば充分だよ。じゃあケンは、この鍋を使ってくれるか」

 そう言ったマギラスさんが、机の下から分厚い片手鍋を取り出して渡してくれた。

 おお、これは間違いなく銅製の鍋だ。これもプロ用って感じがする。

 渡された片手鍋を、思わずマジマジと見てしまう。



 良いなあ、これ。

 こんな感じの如何にもプロ用って感じの道具って、なんだか憧れる。



「じゃあ、まずはご希望のぶどうジュースだな」

 嬉しそうに鍋を見ている俺に小さく笑い、手を伸ばして、別に取り出した金属製のザルにブドウの粒を取り外していく。

「この大きさなら、一度に作る量は五房もあれば充分だな。じゃあここに外して入れてくれるか」

 そう言われて俺も渡されたザルにぶどうの房から粒を外して入れていった。どうやら調理実習状態で、俺にも一からやらせてくれるみたいだ。

「外した実を綺麗に洗ったら、軽く水を切ってそのまま鍋に入れて火にかける。この甘さなら砂糖は要らないからな」

 そう言って、ぶどうの入った鍋をそのまま火にかけた。頷いて隣のコンロに、俺もぶどうの入った鍋をかける。火はやや強め。

 鍋をゆすりながら加熱していると、だんだん全体に水分が出てきてぶどうがクッタリとしなびたみたいになってきた、それから加熱された皮があちこちで弾けて剥がれ出している。

「焦がさない様に、必ずこうやって鍋を回す様にして揺すること。そして、無理にかき混ぜない」

 頷く俺を見て小さく笑ったマギラスさんは、引き出しからお玉の様な物を取り出して渡してくれる。真ん中部分が細かい網状になっている。

「沸いてくると出てくるこの泡がアク、つまり苦味成分だ。なのでこれは丁寧に取り除いてやる事。ただし、無理に全部取る必要は無い。ある程度でいい」

 そう言いながら、丁寧に泡だけを掬い取っていく。おお、流石の手際の良さだね。

 アク取りは、煮込み料理の時にもやるので、やり方は知ってる。

 沸き立つ鍋を常に揺すりつつ、せっせとアクを取っては出してもらったボウルに入れていく。

「煮込む時間は、だいたい十砂(じゅっさ)から十五砂(じゅうごさ)くらいで良い。そろそろかな」

「十砂って、多分、今の感覚で言うと10分くらいだな」

「そうだよ。あれ、言ってなかったっけ?」

 今の説明を聞いて考えながら小さく呟くと、唐突に右肩に現れたシャムエル様が当たり前の様にそんな事を言う。

 密かに脱力した俺は、笑ってもふもふ尻尾を突っついておいたよ。相変わらず、大雑把な神様だな、おい。



「それで、煮出した煮汁を一度これで濾す」

 そう言って、漏斗の様に円錐形になった取手のついたザルを取り出す。

 ザルの下には別の鍋が置いてある。そうだよな、そのまま流したら肝心のジュースが全部流れていくぞ。

 俺も、用意してくれてあったそれに、煮出したぶどうを流し込んだ。

「これをもう一度、今度はこれで濾す」

 最初に使ったザルに、綺麗な布をしいて、もう一度そこに流し入れた。

「このまま置いておけば出来上がりだ。二度目に濾す際に、無理に絞らない事。時間をかけてゆっくり落ちるまで待つ。コツはそれくらいだ。な、簡単だろう?」

 コクコクと頷く俺を見て、ほぼ濾し終えたぶどうジュースを見る。

「今回は、色も鮮やかだったから入れなかったが、レモン果汁を少し入れても良い。甘みが足りなければ、砂糖を入れて煮込めば良い」

「おお、了解です。そっか、煮込めば良いんだ」

 感心して頷く俺をマギラスさんは面白そうに見ている。

 綺麗に濾せたぶどうジュースは、一旦冷ますために鍋に布を被せてから蓋をして置いておく。

 そのまま蓋をすると、湯気が蓋についてしまい、その水滴が中に入るから駄目なんだって。ほお、勉強になるなあ。

 水場で手早く俺の分まで洗ってくれた。手伝おうとしたが、手を出す間もないくらいに簡単にされて、お礼を言うしかなかった。

 いつもスライム達が簡単に片付けてくれるから、自分で洗うってのが逆に新鮮だよ。




 渡された布巾で洗った鍋やザルを拭いていると、マギラスさんが大きなリンゴを手にした。

「りんごも基本のやり方は同じだよ。芯を取り除いて乱切りにして鍋に入れ、浸るくらいの水を入れて火にかける。入れる砂糖の量は好みだが、まあこれだけ甘いリンゴなら今回は入れなくても大丈夫だろうな」

「皮はそのままで良いですか?」

「ああ、全部潰すからそのままで良いぞ」

 俺もりんごを取り、半分に切って短冊に切り分け芯を取っていく。

 一口大に切り分け、さっきの片手鍋に入れたら、りんご一個分でも余るくらいあったよ。

「ちょっとつまみ食い」

 そう呟いて、こぼれそうな鍋からいくつか取り出してボウルに入れておき、そこから一つ摘んで口に入れる。

「うん、やっぱり美味しい」

 横でマギラスさんが吹き出すのが聞こえたが、気にしない気にしない。

「まあ、味見は作者の特権だよな」

 そう言って笑いながら、マギラスさんも余ったリンゴを口に放り込んだ。



「レモンはこれを使え」

 そう言って、机の下から大きなレモンを出してくれた。

 あれ、それってもしかして……。

 覗き込むと予想通りで、机の下半分が冷蔵庫になっていて、残り半分が鍋などを入れて置ける様に引き戸付きの棚になっていたのだ。

 そうそう、これも厨房のお約束だよな。



 別のボウルに、半分に切ったレモンを軽々と握り潰して果汁を絞るマギラスさんを見て、この人も冒険者だったんだなあ、なんてのんびり考えていた。

 もちろん俺も、自力で握り潰してレモン果汁を確保したよ。これ位なら俺でも出来ます。えっへん。



「りんごが柔らかくなったらレモン果汁を入れて潰して濾せば完成だ」

 そう言って足元から見覚えのある道具を取り出した。

 これはどう見てもミキサーだ。取手のついたガラスの器の下側部分には、二枚の小さな刃が見える。

 ただし俺の知るミキサーと違って、胴体部分にもう一つハンドルの様なものがついている。その形状を見て、それを回すんだろうと思われた。

「出来るだけ細かくな」

 そう言って、鍋の中身をガラスの器に入れて蓋をするとハンドルを回し始めた。

 予想通り、底にある歯が回転して一気に中身が潰されていく。

「最近では、ジェムのミキサーも出回り出したがな。何となくうちでは、ずっとこれを使っている。なんだか楽しくて、手放しがたいんだよ」

 照れ臭そうに笑い、せっせとハンドルを回す。

 もう一つあったので、俺もミキサーを使わせてもらった。

 おお、確かにこれは楽しいぞ。

 ちょっとテンションが上がって、左手でしっかり押さえて右手でハンドルをせっせと回し続けた。

 ふと、男二人がミキサーのハンドルを楽しそうに回していると言う、若干シュールな絵面を想像して吹きそうになったけど、なんとか必死で我慢したよ。




 綺麗に潰れたら、さっきと同じ様にざるの上に敷いた布巾に潰したリンゴ液を流し入れる。

 下で受けたボウルに、綺麗な色のリンゴジュースが点々と落ちるのを俺は目を輝かせて見ていた。



「ええと質問しても良いですか?」

「ああ、どうした?」

 鍋やミキサーの器を洗いながら、マギラスさんが顔を上げる。

「ああ、またすみません。あの、さっきのぶどうの実や、この絞った残りのりんごの搾りカスって、もう捨てるんですか?」

 なんだかもったいない気がしてそう尋ねると、予想通りの答えが返ってきた。

「まさか、そんな勿体無い事はしないよ。次は、これを使ってジャムを作るぞ」



 ですよねえ、そうなりますよね!



 目を輝かせる俺を見て、笑ったマギラスさんはもう一度洗った鍋を渡してくれた。

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