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厨房のスタッフさん達と作業の開始

 サクラに綺麗にしてもらって急いで戻ると、丁度マギラスさんをはじめスタッフさんが集まって来たところだった。

「ああ、来たね。紹介するよ。彼が今朝話した超一流の魔獣使いのケン。俺の昔の冒険者仲間の連れだ。ハンプールの英雄の噂は、お前らも聞いているだろう?」

 マギラスさんが俺の肩を叩いて、スタッフさん達に何とも有り難くない大層な紹介をしてくれる。

「ケンです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 一斉に頭を下げられ、俺も慌てて頭を下げる。

 見たところ、若いスタッフさんを含めると、二十人は余裕でいる。厨房に二十人もいるってすげえ。

 しかも全員が、俺を興味津々で見ているよ。



 うう、場違いな場所に素人が紛れ込んで申し訳ありませんって。



 なんだか居たたまれなくて困っていると、マギラスさんが満面の笑みで俺の肩を叩いた。

「それじゃあまずは、例のリンゴとぶどうを出してくれるか」

「ああ、了解です。ええと、どこに出せば良いですかね?」

 さすがにここまで大掛かりな厨房で働いた事は無い。どこにいれば良いのかさえわからなくて、なんだか落ち着かないよ。

「じゃあ、ここに出してくれるか」

 何も無い広い机を示されて、そこへ行く。背負っていた鞄を下ろして、俺はあの飛び地のリンゴとぶどうをとりあえず二十個ずつ取り出して見せた。

 何人かが、収納の能力だ、って呟く声が聞こえて、俺は苦笑いして指を口元に立てて見せた。

 一応、昨夜在庫をサクラに確認したら、それこそ万単位で譲っても余裕の数がある事が分かったので、これはあくまで味見用だ。しかも、ハスフェル達もそれぞれ相当数確保しているらしく、好きなだけ譲ってやってくれと言われている。



「これが言っていた新種のリンゴとぶどうだ。どちらも皮ごといけるからそのままとにかく食ってみろ」

 マギラスさんの言葉に、頷いた全員が一斉に小さなナイフを取り出す。



 おお、こういうのは個人装備な訳か。



 妙なところに感心していると、それぞれまずは大きなリンゴを一つ取り、順番に一切れずつ、マギラスさんがやったみたいにして切り取って口にした。

 そしてスタッフ全員が、まあ見事なまでに同じ反応になる。

 つまり、一斉に目を見開き、机の上に山盛りになったリンゴとぶどうを見て、それから俺を見た。

 まあそうだよな。料理人がこれを食べて無反応でいられる訳が無いよな。

 俺が小さく笑って、もっと鞄から取り出してやると、全員から拍手喝采が起こった。

 そのままひと房のブドウが取り出されて、また全員が味見をする。しかも今度は房の上の方と下の方の両方から一粒ずつ食べている。

「なあ、あれってどうしてわざわざ上と下から取ってるんだ?」

 小さな声で、隣にいるマギラスさんに尋ねると、逆に驚いた顔をされた。

「知らないか? ぶどうの房は枝に近い上側と房の先端部分では甘味が違うんだよ」

「へえ、そうなんだ。あまり気にせず食べていたよ」

「ちなみに、下側の房の先端部分に近い方が甘みは少ない。ぶどうは枝に近い部分から熟す為、先端部分は熟すのが最後になるから甘味が少ないんだよ」

「へえ、勉強になります」

 感心した様に聞いていると、手を伸ばしてぶどうを手にしたマギラスさんは、先端部分を一粒だけ取って口にした。

「だが、このぶどうは先端部分まで完璧に甘い。それなのに枝に近い部分は全く古くなっていないんだ。一体どうやればこんな熟し方が出来るのか、実っているところを見てみたいものだよ」

 嬉しそうにそう言い、もう一粒今度は房の上側を口にした。

 笑った俺も、手を伸ばしてマギラスさんの持っているぶどうの房の上と下から一粒ずつ取って順番に食べてみた。

「おお、確かにどっちも同じくらい甘いな」

「な、これは普通なら考えられない」

「へえ、面白い」

 感心して、もう一粒口に放り込んだ。

「ああ、駄目だ、いくらでも食えるよ」

 我に返ってそう呟くと、同じく黙々と食べていたスタッフさん達が同時に吹き出した。




 何と無く、場が和んだところでいきなりマギラスさんが一度だけ大きく手を打った。

 大きな音が厨房に響き、全員がマギラスさんに注目する。

「そこで、お前らに問題だ。俺は今からこいつにご希望のブドウジュースとリンゴジュースの作り方を教えてやるから、その間にお前らはこれを使って出来る新しいレシピを考えてくれ。どうだ?」

「やります!」

「やらせてください!」

 目を輝かせたスタッフさん達全員の勢いに、俺は思わずのけぞったね。

「よし、それじゃあ組み合わせはいつもので良いな。後で検証するぞ。しっかりやれ」

 マギラスさんの言葉に、若いスタッフさんも嬉しそうにしている。どうやら若いスタッフは、先輩と二人一組で作業しているらしく、それぞれ取り出した大きなカゴに、りんごとぶどうを取り分け、あちこちに分かれて行った。



 積み上げてあった、あれほどあったぶどうとリンゴはほぼ無くなってしまった。



「ええと、じゃあ後どれくらい出しておけば良いですか?」

 俺の言葉に厨房中のスタッフさん達が、全員揃って物凄い勢いで一斉に振り返った。

「何そのシンクロ率。怖いって!」

 思わず叫んで仰反ると、何人かがまた吹き出す音が聞こえた。

「待ってくれ。まだあるのか?」

 どうやら、追加で出した分で試作分は終わりだと思われていたらしい。

「ええもちろんです。まだまだ沢山有りますから、好きなだけお出ししますよ」

 鞄を抱えながらそう言うと、分かりやすく全員が笑顔になる。

「じゃあ、先程と同じくらい出していただけるか?」

 一番近くにいた年配の男性にそう言われて、頷いた俺はガンガン取り出していった。ついでにさっきよりも増量して取り出しておいたけど、まあ別に良いよな。



 笑顔のマギラスさんに手招きされて、鞄を抱えた俺は、期待に胸を膨らませつつ厨房の端にある一番小さな作業台に向かった。

 さあ、いよいよプロの指導の元、ブドウジュースとリンゴジュースを作るぞ!

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