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あっちもこっちも商談成立?

「おい! これはどこで手に入るんだ!」

 切り取ったリンゴを口に入れ何度か咀嚼したマギラスさんは、きちんと全部飲み込んでから物凄い勢いでリンゴを差し出したギイを振り返った。

「まあまあ、次はこれな」

 質問には答えず、平然と大粒のぶどうを一粒差し出す。

「皮も一緒に食べられるからな」

 ハスフェルの言葉に頷き、これは一粒丸ごと口に入れる。

 そして、無言のまま目を見開いた。

「おい……これは一体何事だ?」

 もの凄〜く不審そうな声でそう言い、改めて手にした巨大なリンゴを見る。

「飛び地で手に入れた代物だよ。どうだ?」

 絶句したマギラスさんは、そのまま固まっちゃいました。

 まあそうだろうな。元冒険者なら、飛び地へ行くのがどれだけ大変かなんて、十分過ぎるくらいに理解してるだろうしさ。

「……どこの飛び地だ」

 しばらくの沈黙の後、自力で復活したマギラスさんは真顔でハスフェルとギイに向かってそう質問した。

「カルーシュ山脈の近くだよ。ただし、俺達が全力で行っても死にかけた」

 その瞬間、マギラスさんはしゃがみ込んで頭を抱えた。

「お前らが死にかけるのなら……そんなの、この世界の誰にも行けない場所だろうが! ああ、俺が行くつもりだったのに!」

「いやまあ、死にかけたのは別の事情だ。今はもうその飛び地は安全だよ。だけどそこへ行くには、俺達の従魔ほどの足でないと絶対無理だ。馬では通る事は出来ない」

「何の慰めにもならない訂正をありがとうよ。結局、安全になってもお前らしか行けない場所って事なんだろ。ああ、悔しい!」

 ため息を吐いて本気で悔しがるマギラスさんに、俺達は苦笑いしながら顔を見合わせた。

「でな、ケンがこのぶどうでジュースを作れないかって言い出してさ。お前なら知ってるかと思ってわざわざ聞きに来たんだよ。まあ他にも、聞きたいレシピがあるらしいんだけどな」

「ジュース……この世紀の大発見とも言えるこれを使って、作りたいのがただのジュースって……」

 またしても別の理由で頭を抱えるマギラスさん。

 ごめんよ、俺の料理スキルって、経験した事のある限られた知識だけだから、製菓はほぼ守備範囲外なんだよな。喫茶店とかケーキ屋でバイトしてたら良かったんだろうけど、俺のバイト経験は定食屋ととんかつ屋だけなんです。



 しばらくして、またしても自力で復活したマギラスさんは、立ち上がって服を払いながら俺を振り返った。

「そんなの簡単に作れるよ。言っておくが、その材料だけで作ったら、おそらく世界一美味しいジュースが作れるぞ」

 大喜びで拍手をする俺達を見たマギラスさんは、またしても物凄いため息を吐いた。

「悪いが、もう厨房に戻らないと駄目だ。明日以降でよければ、一から実技付きで詳しく講習してやるぞ」

「お願いします!」

 思わず両手を握りしめて、乙女のようなお願いの仕方になり、途中で我に返って慌てて手を背後にやった。

「ただし! 代わりと言っては何だが、少しで良いからこいつを分けてくれ。冷凍保存して、材料として使わせてもらいたい」

「あ、それはもちろん」

 最初からそのつもりだった俺の言葉に、マギラスさんが嬉しそうに何度も頷いている。

「明日の午後からなら、少しくらい時間が取れるぞ。どうだ?」

「了解です。じゃ明日の午後から来ます」

 笑顔で握手を交わした俺達は、とりあえず一旦帰ることにした。

 今回は俺が払う気満々だったのにいつの間にか清算が済んでいて、またしても払わせてもらえませんでした。



「それじゃあ明日、また来ますね。よろしくお願いします!」

「おお、待ってるよ」

 笑顔で見送ってくれるマギラスさんに手を振り、別の人の案内で店の外に出る。そこにはこれまたピッカピカになったマックス達が待っていたのだった。

「お待たせ。何だよ、お前ら皆ピッカピカじゃないか」

 喉を鳴らすニニの首に抱きつきながらそう言うと、横で同じくご機嫌なマックスが尻尾を振り回しながら俺に頭を擦り付けて来た。

「全員に、ブラシをかけたり拭いたりしてくださいましたよ。綺麗な水も飲み放題だったし、良いところでしたよ」

「ここは裏方のスタッフさん達も、皆、良い人みたいだな」

 笑ってマックスの頭にも抱き付き、俺も額を擦り付けて戯れあった。



「さて、あっちは話し合いは終わったかね?」

「状況によって、明日もう一泊するかもだな」

「確かに、レシピを増やしてもらうのは、俺達にも大事な事だからな」

 ハスフェル達が揃ってそんな事を言いながら俺を見ている。

 ここは一泊だけして、すぐに次へ行くつもりだったけど、確かにマギラスさん次第では、もう一泊ぐらいしても良いかもしれない。

「そうだな。でもその前にレオンさん達の話し合いがどうなったのか、聞きにいかないとな」

 日が暮れてぼんやりと街灯が灯る道を、俺達はのんびりと話をしながらギルドへ向かった。

 相変わらずの大注目なのは、もう諦めてます。気にしない気にしない。






「ああ、おかえり。こっちもようやく終わったところだよ」

 カウンターの中にいたレオンさんが俺達に気付いて手を振っている。ここでもギルドにいた冒険者達に大注目されながら、レオンさんの案内でさっきの部屋に向かった。

「ああ、おかえり。待っていたぞ」

 部屋には、東アポンのギルドマスターであり、レオンさんの奥さんでもあるレディマッチョなディアマントさんと、船舶ギルドのギルドマスターの小柄なナフティスさん。そしてもう一人、俺と変わらないくらいの体格の初老の男性が揃っていて、部屋に入って来た俺達を見て笑顔になった。

「やあ、また良い話を持って来てくれて感謝するよ」

 ディアマントさんの言葉に、俺は一礼して肩を竦めた。

「初めまして、商人ギルドのギルドマスターを務めているシルトだ。噂は聞いているよ。魔獣使い」

「はじめまして、ケンと申します。どうぞお手柔らかに」

 笑顔で差し出されて握った手は柔らかだが、中指には大きなペンだこが出来ていたよ。

 ナフティスさん同様、彼もいかにも手練れの商人って感じだ。これも間違い無くうっかり下手な取引をしたら、俺なんて相手にもならずに易々と手玉に取られて転がされまくって丸裸にされるのが容易に想像出来るね。うん、これも絶対敵にしちゃ駄目なタイプだ。

 彼らはどうやらここで何か食べていたみたいで、部屋の端にはトレーに乗せたお皿の山がそのまま置かれている。

 そして机の上には、何故かお酒の瓶とグラスが置いてあった。だけどそれらは手早くトレーに乗せて片付けられ、机の上はあっという間にきれいになった。

 俺達が手前側に、レオンさん達は反対側に並んで座る。



 全員揃った満面の笑みが、何だかすごい圧に感じるのは、俺の気のせい……だよね?

「それじゃあ、各ギルドで分ける事が決まったので、全部まとめた数を言うね」

 レオンさんの言葉に、俺は密かに唾を飲み込んだ。

 さあ、どれくらいの数を言ってくれるんだろうね。ワクワク。

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