西アポンのギルドでも特価価格で大騒ぎ
「よっしゃあ〜!二連勝だぞ!」
いきなり始まった二回目の本気の駆けっこは、まさかのオンハルトの爺さんのエラフィの二連勝だったよ。おいおい、マジかよ。
しかも、スタートダッシュに一瞬出遅れた俺は、今回はなんと僅差だったとは言え最下位だったよ。
「うわあ、これは悔しい。マックス。次は必ず勝とうな!」
尻尾をブンブン振り回しているマックスは、もの凄い勢いで振り返って頷いた。
「ええ、もちろんです。何となくエラフィの走り方が解ってきましたので、次回はもっと果敢に攻めますよ!」
前脚で地面を掻きながら、大興奮状態のマックスが答えてくれる。
「分かった分かった。分かったから落ち着けって」
宥めるように首輪の横を軽く叩いてやる。
その時いきなりガサガサと足音がして慌てて振り返ると、ニニを始めとする猫族軍団が、呆れたように俺達を見ているのと目があった。
その後ろには、大小の揺らぎが見えるのでベリーとフランマもいるみたいだ。
どうした? 今のは、明らかにわざと音を立てたよな?
「ご主人、いきなり私達を置いて先に行かないでよね」
「そうよそうよ。いきなり駆け出すから、何かと思ったじゃない」
「ね〜!」
「ね〜!」
ニニの言葉に背中に乗ったタロンが同意して、その隣ではソレイユとフォールも一緒になって頷いている。
あれれ、猫は短距離走者らしいから、もしかして途中で脱落したのか?
マックスの背から降りてニニの大きな顔を抱きしめてやる。
「ごめんごめん。だけど駆けっこは楽しいんだぞ」
「何かを狩るためじゃ無しに、わざわざ疲れるだけの事をするなんて変なの。理解出来ないわね」
素っ気なくそう言われてしまい、俺だけでなく、ハスフェル達三人と、それぞれの従魔達までが苦笑いしていた。
残念ながら、猫族には駆けっこの楽しさは理解してもらえないみたいだ。
そのままゆっくり進んで、そろそろ西の空が赤くなり始める頃に街道に突き当たった。
「そっか、この前はスライム集めで東アポンに船で来たんだっけ」
小さくそう呟いて、揃って街道に入って行った。
俺達の周りには相変わらず空間が出来ているが、あちこちからハンプールの英雄とか、早駆け祭りの勇者、なんて声が聞こえてきて、俺達は笑いを堪えるのに必死だった。
いやあ、やっぱり早駆け祭りの知名度すげえ。
到着した西アポンの街でそれぞれにギルドカードを見せて、開いたままの城門から中に入る。
「どうする。まずはギルドへ行って宿を取るか?」
「そうだな。大丈夫だとは思うが、従魔達と泊まれる庭付きの宿は確保しておくべきだな」
ギイの言葉に、俺も頷きそのままギルドへ向かった。
「おお。ハンプールの英雄のお越しだな」
丁度カウンターの中にいたマッチョなレオンさんが、俺達に気付いて手を振っている。
「ようこそ」
「ああ、お久しぶりです。ええと一泊だけ宿泊所を借りたいんですが」
「なんだ、一泊だけなのか」
笑いながら手続きをするカウンターを指で示してくれて、順番に一泊分の手続きを済ませた。
「それで、今はどんな感じなんだい? 少しでも売ってくれるジェムがあるなら、何でも買うよ」
にっこり笑ったレオンさんの言葉に、思わず俺はハスフェルと顔を見合わせる。
『なあ、ここでも例の一割引セールって、やっても良いかな?』
『お前が良いなら構わないぞ』
笑った念話が届き、ギイとオンハルトの爺さんも笑って頷いてくれたよ。
「ええと、実は大量のジェムや素材が有りましてですねえ……」
「それは素晴らしい。それじゃあ、奥へどうぞ」
にんまり笑ったレオンさんに腕をがっしりと確保されて、俺は引きずるようにしてそのまま奥の部屋に連行されて行った。
何だかこの展開も、もはやお約束になりつつあるぞ。おい。
奥から見覚えのある大柄で年配の人達が出て来て、手分けして机の後ろにトレーを山積みにしたよ。
そうそう、ここは副ギルドマスターのうちの二人が小柄で年配の女性なんだよな。
あの大柄な爺さん達は、如何にも冒険者出身ですって感じだけど、一緒にいる女性二人は絶対違うっぽい。手も小さくてスベスベだし、もしかして、事務系の人なのかも。
などとぼんやり頭の中で考えていたら、レオンさんがあの大きな手で机を叩いている。
「ほら、ここに何でも出してくれたまえ」
笑って肩を竦めた俺は、背負っていたアクアゴールド入りの鞄を足元に置いた。
「ええと、実は今大量のジェムと素材が有るので、数量限定の割引価格でお渡ししているんですよね」
「数量限定の、割引価格だって!」
レオンさんがそう叫んで身を乗り出して来た。近い近い!
「何があるか、教えてくれたら、ディアマントも呼んでくるよ!」
「待てレオン、俺が呼んでこよう」
爺さんが一人。そう言って足早に部屋を出て行ってしまった。
「ええと、どうします? 先に出して良いですか?」
満面の笑みで頷くレオンさんにちょっとビビりつつ、定番の小動物と昆虫、それから爬虫類系のジェムと素材を一通り取り出してずらっと並べた。
「この辺りは全色揃ってます。評価価格の一割引でお譲りしますので……」
「い、一割引だって!」
今度は、全員の声が重なる。
「ハリー、大至急船舶ギルドのナフティスを呼んで来てくれ。カティは商人ギルドのスレイを、同じく大至急だ!」
「了解した!」
叫んだ爺さん二人が、あっと言う間にいなくなる。
「それにしてもこれは素晴らしい。本当に良いのかい?」
「いやあ、冗談抜きでもの凄い数なんですよね。なので、数量限定とは言いましたが、今のところ余裕があるので好きな数で買っていただけますよ」
目を見張るレオンさんに苦笑いして頷き、また鞄に手を突っ込んだ。
「それでもってですねえ、実は、こんなのも有るんですよ」
そう言って、俺は地下洞窟と地下迷宮の恐竜やアンモナイトのジェムと素材を見本で別の机に並べた。
「この辺りは、特価にはしてませんが、これも大量に有るんですよ。特にこれ」
そう言ってトライロバイトのジェムを突っつく。
「ちょ……全員集まったら相談するから、そこで座って待ってもらっても構わないかい……」
真顔のレオンさんの言葉に、俺は笑って肩を竦めてハスフェル達を振り返る。
「どうする? 時間がかかりそうだし、先にマギラスさん所へ行くか?」
これは絶対、話し合いを待っていたら下手したら食いっぱぐれる展開だと思う。
俺はマギラスさんの店の料理が食いたいんだよ!
「確かにそうだなあ……なあレオン。その見本は置いていくから、俺達はちょっと出てきても構わないか?」
「ええと、宿泊所で待ってるのかい?」
「いや、実はマギラスの店へ行くつもりだったんだよ。全員集合して話し合いが終わるのを待ってたら、せっかくの豪華な夕食の予定が夢になりそうなんでな」
笑ったハスフェルの言葉に、レオンさんも笑って頷く。
「そりゃあ大変だ。了解したよ、どうぞ行って来てくれたまえ。夜になっても構わないから、帰りに寄ってくれるかい」
「ああ、じゃあそれで行くよ」
ハスフェルがそう言って俺を振り返る。
「って事なんで、それじゃあ先にマギラスの店へ行こう。腹が減って来たよ」
「だな、それじゃあすみませんが、ちょっと行って来ます」
俺の言葉に、レオンさん達は笑って手を振ってくれた。
一礼して部屋を出て、そのまま外に出る。
「この前来た時は、夜でも暑かったのにな。日が暮れると、何だかひんやりして来たよ」
すっかり暗くなった空を見上げて深呼吸をする。
それじゃあ、今回の訪問の目的地、マギラスさんの店へ行こうか!