旅立ち決定!
「とにかく一旦村へ戻ろう。ええと……待て。ベリーはどうすればいいんだ?」
顔を上げた俺は、我に返って今の状況を考えて頭を抱えてしまった。
だって、落ち着いて考えてみると、どう考えてもこんなの連れて帰ったら駄目だろう。絶対、大騒ぎになるよな。
ケンタウロスを連れて歩くなんて、そんなのマックスやニニの比じゃ無いぞ。大注目どころの騒ぎじゃ無いよな。どうすりゃいいんだよ、この状況。
困ったように俺がベリーを見ると、ベリーは苦笑いして肩を竦めた。
「貴方にご迷惑はかけません。どうかご安心を」
そう言って両手を広げた瞬間、ベリーの姿が俺の目の前から不意にかき消えたのだ。
「おお! 消えたぞ。どうなってるんだ?」
しかし、よく見るとさっきと同じで、目の前に奇妙な揺らぎが見える。
「成る程。要は魔法で姿を隠している訳だな」
感心したような俺の言葉に、またベリーは姿を現した。
「はい、普段はこうやって、隠れてご一緒させて頂きます。こんな姿になってしまいましたが、まだ魔法の腕には少々自信がありますのでご安心を」
初めて見たけど、この世界には魔法があるんだ。へえ、良いなあ、俺も魔法だったら使ってみたいぞ。
小さく笑ったベリーは、俺を見て、そして背後にいるマックス達を見てため息を吐いた。
「正直申し上げて、私が姿隠しを見破られたのは貴方が初めてです。その後ろにいるのは、貴方の従魔なんですよね? いったい貴方は何者なんですか? どう考えても、ただの人間にそんな事が出来るなど、有り得ません」
子供らしからぬ口調のベリーに問い詰められて、何と答えるべきか考えていると、俺の肩に現れたシャムエル様がベリーに向かって大きな声で話し掛けた。
「ケイローンの末子ベリーよ。其方ならば私が見えるだろう?」
俺に話す時とは違う、妙に偉そうな口調でそう言って手を上げた。
その声に驚いたベリーは、俺の肩に座っているシャムエル様に気付いて、呆気にとられて固まってしまった。
おお、すごいぞ。シャムエル様が見えてるじゃん。
「ええ、まさか……シャムエルディライティア様! 何故このような所においでなのですか? しかも……一体何事でございますか。その愛らしいお姿は!」
それを聞いた瞬間、俺は堪える間も無く吹き出した。
愛らしいお姿ね……うん、確かに可愛いよな。
しかし、俺が吹き出したのを見てもベリーは笑わなかった。
慌てて前足を器用に畳むようにして折り曲げ、深々とこっちに向かって頭を下げたのだ。
「彼の名はケン。彼が来た事により、この世界は救われた。この意味が其方なら分かるな? ああ、彼の今の姿は、私がこの世界に合わせて作り直した。どうだ? 中々上手く出来ただろう?」
はい、ドヤ顔いただきました! しかも、何その普段と違う偉そうな喋り方は?
シャムエル様! キャラ作り過ぎてますよー! 脳内で突っ込んだよ。さすがに口に出す勇気は無いけどね。
「……異世界人」
呻くようにそう呟くと、もう一度深々と頭を下げた。
「我らの世界をお救いくださり、心から感謝します」
自分が何をしたか全く自覚のない事で、そんな有難そうにお礼を言われてもなあ。
無言で困っていると、シャムエル様は俺の肩から不意に消えて、次の瞬間ベリーの肩に現れた。
「それにしても、貴方はどうして一人でこんな所にいるのだ? 仲間達はどうした?」
その言葉に、ベリーは見るからにしょんぼりとして悲しそうな顔になった。
「貴方様にこのような事を申し上げるのは……」
「良いから言え! 谷で何があった?」
心配するようなシャムエル様の言葉に、ベリーは泣きそうな顔になった。
それから、ゆっくりと立ち上がったベリーは、俺を見て小さなため息を吐いた。
「マナの力が弱り、大地は力を失いました。我らの郷の者達も、次々と弱り倒れました。中には小さくなり動けなくなる者まで出る始末でございました」
「まさか! 誰か消えたのか?」
初めて聞くシャムエル様の焦ったような声に、俺も思わず緊張したよ。
「いえ、それは大丈夫でございます。ですが、あのままではもう時間の問題でした。私はその……口減らしのために、自ら郷を出たのです。私は特に身体が大きかったので、私一人分でもかなりの助けになった筈です」
「無茶するなあ。ケンタウロスは、とりわけ強いマナを必要とするんだよ。それなのに、そのマナが強く残る郷から出るなんて自殺行為だよ。じゃあ、自分でここまで来たのかい?」
シャムエル様の呆れたような声に、ベリーはさらに小さくなったように見えた。
「他に、強い地脈の吹き出し口が無いか探しておりました。途中、人間に見つかってしまい……」
「うわあ、よく逃げられたね」
「檻に閉じ込められて、王都へ運ばれる途中に偶然にも僅かながら地脈の強い箇所を通ったのです。その際に何とか檻を破壊する事が出来て脱出しました。ですが、その際にかなりのマナを消費してしまい……そこからは彷徨い歩いてここに辿り着きました」
「それで、マナを失ってそんな姿になっちゃったんだね」
「恥ずかしながら……」
顔を見合わせて、二人揃ってため息を吐く。
そこまで黙って聞いていたが、話が分からなくなって、俺は手を上げた。
「はい! しつもーん」
こっちを見たシャムエル様が頷いてくれたので、俺は手を下ろした。
「ええと、例の世界崩壊事件でベリーの郷の仲間達が弱って、ベリーは自主的に郷を出た。そこまでは分かるよ。その後の、人間達から捕まって逃げるのに、力を使ってそんな姿になったって、何? ケンタウロスは、元々そんな姿じゃ無いのか?」
俺の言いたい事が分かったみたいで、シャムエル様はまた消えて俺の肩に戻ってきた。
「以前説明したと思うけど、マナとは、大地の地脈と連動している命の力の源の事だよ。ケンタウロス達は、主食が果物なんだ。一年に一度しか収穫出来ない果実には、植物の中では特に濃いマナが含まれているの。彼らはそれを食べる事で、マナを体に取り込んでいたんだよ」
確かに、さっきの食べっぷりは凄かったもんな。飢えてた、って感じだった。
「もうちょい食べるか?」
サクラに頼んで、イチゴとリンゴ、それからサクランボを山盛り出してやる。
「よろしいのですか?」
「沢山あるから気にするなって。腹が減ってるなら言ってくれないと」
皿を渡してそう言うと、ベリーは泣きそうな顔で何度もお礼を言って食べ始めた。
「美味しい、です……」
泣きながら食べるベリーを、シャムエル様も黙って見つめていた。
「だから、マナを取り込めなくなると、体を維持出来なくなってくる。そうなると、最悪の場合、自分が持つマナをもう一度使う事になる」
ん? どう言う意味だ? 既に体にあるものを使っても、意味無くないか?
「だから、あんなに子供になっちゃったんだよ」
その言葉の意味を考え、その本当の意味を理解した俺は全身総毛立った。
「待って!さっき言ってた、誰か消えたのかって、そういう意味かよ! それってつまり……」
「そう、それは本当の最終手段で、つまり早い話が身食いだからね。維持できる体はどんどん小さくなり、続けていれば、いずれは完全に消滅する事になる」
言葉も無くシャムエル様を見つめる。小さく頷かれて、俺は改めてベリーを見た。
さっきよりはゆっくりと落ち着いて食べるベリーは、俺の感覚では十代前半程度の子供に見える。小学校高学年レベルだ。だけど、今の話を聞く限り……。
「なあ、ベリーって何歳なんだ?」
恐る恐る尋ねると、最後のイチゴを飲み込んだベリーは照れたように俯いた。
「三百歳は超えております」
俺の頭の中は真っ白になったね。小学校高学年じゃ無くて、三百歳超えてるって?
「つまり、要するに……マナが足りなくて小さくなっちゃった?」
「……はい」
「なあ、それって、どうすれば元に戻るんだ?それとも、もうそのままなのか?」
焦った俺の質問に答えてくれたのは、苦笑いしているシャムエル様だった。
「大丈夫だよ。必要な量のマナをちゃんと取り込んでいたら元に戻るから」
「果物だったら、一日の必要量は? どれくらい食べれば良いんだ?」
「今食べた分の倍ぐらいは絶対に必要かな? もっと有れば、その分回復は早いよ」
「サクラ!果物の在庫って後どれくらいある?」
叫ぶような俺の声に、一瞬考えたサクラが答えてくれる。
「イチゴは、後籠に一つ分。リンゴは10個、サクランボは後籠二つ分があるよ。きれいに洗って、お皿に分けてある」
帰ったら、市場の果物をありったけ買い込もう。うん、そうしよう。
「あの、ご馳走様でした」
申し訳なさそうに返された空の皿を受け取る。
「腹はいっぱいになったか?」
そう聞いてやると、ベリーは俯いたまま頷いた。
「こんなにお腹いっぱい食べたのは、本当に久し振りです」
よしよし、腹一杯になったなら良かったよ。
「ええと、シャムエル様の願いだし、ベリー、お前を故郷まで連れて帰ってやるよ。場所は分かるか?」
どうせ始まる強制イベント。もうこうなったらとことん付き合ってやろうじゃねえか。
腹を括った俺は、もうすっかり旅に出る気満々だった。
「よろしいのですか?」
目を輝かせるベリーに、俺は笑って握った拳の親指を立ててやった。
「任せろ。じゃあ旅の仲間だな。よろしく。ベリー。俺はケンで良いからな」
そう言って俺は、新たな仲間になったケンタウロスのベリーとしっかりと握手を交わしたのだった。
まあ、この後の事は……うん、考えない事にするよ。
良いよな。どうせ旅立つ予定だったんだからさ!