今度こそ西アポンへ!
「いやあ、本当にこれほど沢山のジェムと素材を提供してもらえるなんてね、感謝の言葉も無いよ。また、秋には来てくれるんだよね?」
俺が取り出した大量のジェムと素材の数を確認しながら、エルさんはさっきから何度も同じ言葉を繰り返している。多分、あれはもう無意識なんだろう。
「もちろん、秋には戻ってきますよ」
俺の言葉に、エルさんだけで無く、アルバンさんと船舶ギルドのギルドマスターまでが勢い良く振り返った。
「絶対だぞ」
アルバンさんの言葉に、俺たち全員が同時に吹き出す。
「もしかして、秋の開催は商人ギルド主催ですか?」
「そうだ、それで春が船舶ギルドだよ」
エルさんの言葉に、顔を上げた船舶ギルドのギルドマスターのシルトさんが笑って手を振ってる。
これまた、腹が立つくらいのいぶし銀のイケオジ。
「もちろん参加する気満々ですのでよろしく! 目指せ十連勝ですからね」
一応、前回の覇者なんだから、これくらいは言ってもよかろう。
そう思って、らしく無いけど偉そうに胸を張ったのだが、そんな俺の背中を誰かが叩く。
「何を言っとるか。そんな台詞は、俺に勝ってから言うんだな」
背後から聞こえたオンハルトの爺さんの笑みを含んだその言葉に、俺だけじゃ無く、ハスフェルとギイも揃って顔を覆う。
「ええ、どう言う事だい?」
エルさんの驚く声に、ハスフェルが先日の郊外の森での本気の駆けっこの話をして、その後、野生のエルクの亜種が、如何に速いかって話で思いっきり盛り上がってたよ。
検品はまだまだかかりそうなので、場所を借りて俺達は先に食事をする事にした。
「じゃあ適当に作り置きを出すから、好きに食べてくれよな」
俺はおにぎりが食べたかったので、あのご飯屋さんでもらった焼きおにぎりを取り出した。それからだし巻き卵と味噌汁、卯の花と唐揚げを取って、冷えた麦茶も用意した。
ハスフェル達の好きな、ガッツリ肉系も出してあるので、三人は好きにパンに挟んで食べ始めてる。
うん、それは良いけど、野菜も食おうな、お前ら。
手を合わせて食べ始めると、向こうで検品しているエルさん達が、チラリチラリとこっちを伺っているのが分かって、思わず吹き出したよ。
うん、後で適当に彼らの分も出しておいてやろう。
「あ、じ、み! あ、じ、み!あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! ジャジャン!」
お皿を持って飛び跳ねていたシャムエル様が、最後のキメのポーズで見事に素っ転んだ。どうやら、ここのテーブルは滑りやすかったらしい。
「えへへ、転んじゃったです」
起き上がって誤魔化すように笑っているシャムエル様の尻尾を突っつき、落っこちたお皿を拾って一通り取り分けてやった。
「はいどうぞ、焼きおにぎりとだし巻き卵定食だよ」
「わあい、美味しそう。このだし巻き卵って美味しいよね」
嬉しそうにそう言うと、両手で持ったお皿にやっぱり顔面から突っ込んでいった。
俺達の食事が終わって、のんびりと食後のお茶を飲んでいると、ようやく検品が終わったようでエルさんが束になった預かり伝票を持ってきてくれた。
「お待たせ。これで全部だと思うから確認しておくれ。一応、交代で三度検品したから数の間違いは無いと思うよ」
ざっと目を通してみたけど、俺が出した数と変わり無い。うん、完璧だね。
「大丈夫みたいですね、それじゃあ、もう俺達は出るんですけど、振り込みの明細ってどうしますかね?」
「ええ、もう行くのかい? そんな薄情な!」
エルさんの言葉に、アルバンさんとシルトさんも揃って頷いてる。
「一応、この後行く予定が詰まってるんですよ」
誤魔化すように笑って、預かり伝票の束を鞄に突っ込んだ。
で、相談の結果。検品した預かり伝票は貰ったので、これで口座に代金を振り込んでもらうようにお願いしておいた。それでもう、俺達はこのまま街を出る事にする。
どうせ秋にはまた戻ってくるんだし、詳しい振り込み明細は、その時にもらう事にした。
まあ、これはギルドが相手だから出来る事だよな。そうじゃなければ、こんなとんでもない金額になる品物を預けたまま、見積もりや振り込みの確認もせずに帰るなんて、絶対駄目だって。
「ま、そこのところは信用してますので、よろしくお願いします」
笑って手を振る俺に、エルさんは真剣な顔で右手を差し出した。
「信用してくれてありがとう。出来るだけ早急に処理する事を約束するよ。もしも、何か困ったことがあれば、その時はいつでも頼ってくれたまえ」
「ありがとうございます。あ、これは皆様の分ですので、良かったら食べてください」
取り出して並べておいたのは、グラスランドチキンのクラブハウスサンドと、ブラウンボアのカツで作った味噌カツサンドだ。一応、副ギルドマスター達の分も足りるように用意してある。
「うわあ、これは嬉しいね。ありがとう、ありがたく頂きます」
嬉しそうなエルさんに俺も笑って、差し出された右手をシッカリと握り返した。
「また会おう。絆の共にあらん事を」
エルさんの言葉に驚き、破顔する。
「ええ、また会いましょう。絆の共にあらん事を」
満面の笑みのエルさん達に見送られて、俺達はそのまま街を出て行った。
街道から離れて、森の中に入った時点で、ハスフェルが大鷲を呼び、俺達は大きくなったファルコに乗せてもらって、そのまま空路で西アポンへ向かった。
俺がクーヘンのペンダントの事を気にしていたので、彼らも気を使ってくれて、今回は先にハンプールへ向かわせてもらったんだ。そのせいでちょっと遠回りになったけど、夕方になる前には西アポンの郊外の森に到着する事が出来た。ううん、いつも思うけど、空路って早い。
「それじゃあ、このまま西アポンへ行くか」
マックスの背に乗って、大きく伸びをする。
「そうだな。今夜は西アポンで一泊して、明日マギラスの店へ行くか」
ハスフェルの言葉に頷きそうになったが、不意に思いついて慌てて手を挙げた。
「あ、それなら今夜の夕食をマギラスさんの店で食べて、その時に頼んで彼の予定を聞けば良いんじゃ無いか? もしも店に大型の予約とかが入ってたら駄目だろうからさ」
「ああ、確かにそうだな。じゃあそれで行こう。久しぶりのマギラスの料理も良いな」
「美味かったもんなあ」
思い出したら早く食べたくなり、ちょっとよだれが出かけて慌てて拭ったよ。
「それじゃ出発だな」
ゆっくり歩き出したマックスの背の上で周りを見回した時、右肩に座っていたシャムエル様がいきなり叫んだ。
「あの双子の大木まで競争!」
その瞬間、一斉に放たれた矢みたいに物凄い勢いで走り出し、油断していた俺はもうちょっとでマックスの背中から振り落とされるところだったよ。
慌てて手綱を掴んで伏せ、とにかく落ちないようにするのに必死だったね。
競争するにしても、心の準備ってものをさせてくれよな!