おはようございます
その夜は、各自クーヘンの家に用意された客間を使わせてもらった。
マックスとニニが厩舎で寝ているので、代わりに大きくなったタロンとフランマと一緒にベッドに潜り込んだ俺は、二匹の隙間でいつものように横になった。背中側にはラパンとコニーが巨大化して並び、無言の場所取りの結果ソレイユが俺の胸元に潜り込み、フォールはベリーとくっ付いてベッドの横で丸くなった。
「それじゃあ消しま〜す」
サクラの声がして、部屋に灯されていたランプが消えて真っ暗になる。
「おやすみ。明日は西アポンだぞ……」
「あちこち忙しいわね」
面白がるようなタロンの声と、大きく鳴らすニニとは少し違う喉の音を聞きながら、いつもと違うもふもふに埋もれた俺は、あっという間に眠りの国へ垂直落下して行ったのだった。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
「うん……」
無意識に返事をした俺は、いつもと違うモーニングコールに寝ぼけた頭で考えた。
最初のはシャムエル様だよな。
あれ? その後のふみふみが二回あったぞ。しかも、なんて言うか……いつもとちょっと違う。
寝ぼけたまま薄目を開けると、俺の顔の横には、シャムエル様と並んでソレイユとフォールが目をまん丸にして俺を覗き込んでいたのだ。
「ああ、そっか、タロンは大きくなってたんだな……」
半分寝ぼけたままそう呟いて横に転がると、背中側にポヨンと柔らかい塊があってそこで止まる。
うん、これはラパンかコニーだな。そして、脇腹部分一帯に広がるいつもよりも柔らかでもふもふな毛。これ巨大化したフランマに間違い無い。
おお、朝からこのもふ度増し増しバージョンは、超幸せかも……。
「ご〜しゅ〜じ〜ん。お〜き〜て!」
二度寝の海に落っこちそうになった時、ソレイユとフォールの笑った声が聞こえた。
「うう、もうちょっとだけ……」
向きを変えて、ラパンとコニーとフランマのもふもふの海に顔を埋める。
ああ、幸せ……。
いつもよりも更にもふもふなの海に埋もれた俺は、気持ち良く二度寝の海に沈没し……。
ザリン!
唐突に襲い掛かった物凄い衝撃に、俺は一瞬で飛び起きた。
「待って! い、今、俺のほっぺたの肉、根こそぎ持っていかれたぞ! 何! 何が起こったんだ?」
慌てて頬を押さえながら叫んだ瞬間、従魔達とシャムエル様の揃って笑う声が聞こえた。
「お寝坊さん、おはよう。ようやく起きたね」
笑ったシャムエル様の言葉に、座ったまま俺は呆然と周りを見回す。
横で巨大化したままだったタロンが、わざとらしくゆっくりと俺の腕を舐めて見せる。
「痛い、痛い! そっか。さっきのはお前か〜!」
笑って飛びかかり、いつもよりもはるかに大きくなった顔を捕まえて両手で思いっきり揉んでやった。
「だって、ご主人が、全然、起き、ないん、だ、も〜ん!」
悪びれる様子も無く、全くの無抵抗で俺に揉まれながらタロンがそう言って大きく喉を鳴らす。
「全くうちの子達は、どの子もどうしてこんなに可愛いんだろうな」
笑いながら大きなタロンの首に抱きつき、ニニとは違うもふもふを満喫した。
『おはよう。もう起きてるか?』
その時、ハスフェルからの念話が届いて、ようやく起き上がった俺は慌てて返事をした。
『ああ、おはよう、今起きた所だよ』
『それじゃあ身支度が済んだら、昨日の居間に降りてこいってさ』
『了解、じゃあ準備が出来たら行くよ』
笑ったハスフェルの返事が聞こえて、すぐに気配が遠ざかる。
「さて、それじゃあ、まずは顔を洗って来よう」
そう言ってベッドから起き上がり、続きになった洗面所へ向かった。
小さいが綺麗な水が湧く洗面台があり、やや平たい水桶から溢れた水は、底の穴から細い管を通って床にある排水溝に流れる仕組みだ。
「へえ、普通の家の排水はこんな風になってるんだ。考えたら上下水道完備なんだから凄えよな」
そう呟きながら手と顔を洗い、口を濯いでから跳ね飛んできたサクラに綺麗にしてもらう。
「入るか?」
「入る入る〜!」
俺の言葉に、嬉しそうに伸び上がり、サクラがそのまま水桶の中に飛び込んで行く。
それを見て次々に跳ね飛んで来るスライム達を、俺は空中キャッチしてはそのまま水桶に放り込んでやった。
全員入るには、あの水桶はちょっと狭いんじゃないかと思って見ていると、全員入った時点で金色合成して嬉しそうにバシャバシャ遊び始めた。
「あはは、それなら大丈夫だな」
笑って部屋に戻り、手早く身支度を整えた。
「さて、それじゃあ行くか」
寝ていたベッドは、取り敢えず出来る範囲で整えて綺麗にしておき、忘れ物が無いのを確認してからアクアゴールドには鞄に入って貰って、廊下で待っていてくれたハスフェル達と一緒に、全員揃って居間へ向かった。
「おはようございます」
「おはようございます。うわあ、良い香り!」
掛けられた声に元気に返事をした俺は、机の上を見て思わず歓声を上げた。
そこには大きな鍋に入った暖かなスープが湯気を立てていたのだ。横には籠に入った焼き立てのパンが山盛りになって置かれているし、横にはハムの塊とチーズの塊も置かれている。
「お口に合うかどうか分かりませんが、良かったら召し上がってください。私達がいつも食べている食事ですよ」
笑顔のネルケさんの言葉に、俺は目を輝かせて頷き、人間用に用意された大きい方の椅子に座った。
大きなお椀によそって渡されたスープは、太くて短い大きなソーセージと、ジャガイモや人参などの具がゴロゴロと入ったポトフみたいだ。
ハーブとソーセージの良い香りがしている。
「このソーセージは、義姉さんの手作りなんですよ。美味しいので是非召し上がって下さい」
クーヘンの説明に、俺達は両手を合わせてから頂いた。
「うわあ、肉汁たっぷり、美味しい!」
齧ったソーセージは、言われた通りにめっちゃ美味しい。
スープも全体に優しい塩味で、ソーセージにはしっかりとスパイスとハーブが効いている。
「ネルケさん、これ、めちゃめちゃ美味しいです。朝からこんな美味しいスープを頂けるなんて、感激ですよ」
焼き立ての皮の固いフランスパンみたいなのを千切りながらそう言うと、ネルケさんは嬉しそうに笑ってソーセージを見た。
「料理上手のケンさんに、そう言って貰えると嬉しいですね。これは故郷の義母から習ったソーセージなんです。ルーカスも普段の料理はしませんが、このソーセージを作る時だけは手伝ってくれるんですよ」
「へえ、そりゃあ良いですね」
笑ってそう言い、残りを味わって頂きました。
仲良く、夫婦二人で作ったソーセージなんだってさ。
う、羨ましくなんか無いやい……くすん。