超貴重な素材達
「ケン……これはさすがに駄目ですよ……」
半ば呆然とそう言うクーヘンに、俺は苦笑いして背中を叩いた。
「良いからこれは貰ってくれ。でもって、これ以外にもものすごいのが山ほどあるんだけどさ。引き取ってもらえるか?」
何でもない事の様に平然と言ってやる。返品不可。これはもうクーヘンにあげたものなんだからな!
「ええと、何ですか? 貴重なジェムか何かですか?」
「いや、委託のジェムは地下の倉庫にまとめて置いてきたから、後で確認しておいてくれよな。今言ってるのは素材。なんでも、どれも装飾品の素材になるって聞いたからさ。職人さん達に使って貰おうと思ってるんだけど、どうだ?」
「アンモナイトですか?」
「アンモナイトも。だよ」
にんまり笑ってそう言った俺に、クーヘンだけでなくルーカスさんと息子のヘイル君までが戸惑う様に目を瞬く。
「あの、他に何があるのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
逆に改まって聞かれてちょっと考える。
『なあ、例の素材ってどこまでなら出して良い?』
この世界の一般常識をまだイマイチ理解していない俺は、ハスフェルに素直に助けを求めた。
『飛び地で手に入れたアイテムなら、そうだな……カメレオンロングホーンドビートルの触覚と前羽、カメレオンシケイダの翅、後は、カメレオンスキャラブの前羽辺りだな』
『了解。じゃあそれでいくよ』
念話で応えて、クーヘンに向き直る。
「ええと、まずはこれかな」
そう言って、鞄からカメレオンロングホーンドビートルの触覚と前羽を一匹分取り出す。つまり触覚が二本と前羽が二枚だ。
「ええ! ちょっと待てください!」
血相を変えたクーヘンとルーカスさんが、いきなりもの凄い勢いで取り出したアイテムを揃って覗き込んだ。
「ケン、こ……これを何処で、何処で手に入れたんですか!」
クーヘンの叫ぶ様な声に、大量にあると言うつもりだった俺は口籠る。
「これは素晴らしい。傷が一つも無い」
「まさかこれ程の素材があるなんて……」
「とても値段が付けられません。これは素晴らしい」
真剣な二人の会話を聞いて、次を出せなくなってしまった。
「いや、それで装飾品を作れるかと思ったんだけど……」
「それは、もちろん出来ます。ですが、我々ではとてもこれを買い取ることは出来ません。とんでもない値段になりますから、とても払えませんよ」
おお、まさかの買い取り拒否。ううん、これは困ったぞ。
しばし考えて、一つの案を思いついた。
「ちなみに、他にこんなのも有るんだよな」
そう言って、カメレオンシケイダの透明な翅と、カメレオンスキャラブの前羽もそれぞれ一匹分を取り出して並べた。
二人だけでなく、後ろで見ていたヘイル君とマーサさんも息を飲む。
「有り得ない……一体どうやって手に入れたんですか……」
マーサさんの言葉に、ハスフェルがわざとらしく笑って肩を竦めた。
「飛び地を見つけたんですよ。まあ、ちょっと本気で死にかけましたがね。おかげでこれらのアイテムを大量に確保したんです」
少々含んだ言い方だったが、元冒険者のマーサさんにはそれだけで意味が通じたらしい。
感心した様に何か呟き、いきなり俺達に向かって深々を頭を下げた。
「あの、頭を上げて下さいって。これらは俺達が持っていても何の意味もないただの素材です。ですが、貴方達ならこの素材の値打ちはお分かりですよね?」
ついでに、平たいアンモナイトも一つ取り出して並べる。直径1メートルぐらいのサイズだったけど、これでも小さめだって。
「どれ一つとっても、我々職人にとっては……一生一度でいいから手にしてみたい素材です……」
素材を呆然と見つめるルーカスさんの言葉に、ヘイル君やクーヘンも必死になって何度も頷いている。
「ですが、我々には到底手が出る素材ではありませんよ」
どうやら、相場で言ったら一つでも到底手が出ない値段になるらしい。
やっぱりここは、さっき思いついた案で行くべきだな。
小さく頷いた俺は、一つの提案をする事にした。
「じゃあこうしましょう。これらの素材はクーヘンに委託で預けます。素材ですからもちろんそのまま売っていただいてもいいです。ですが、出来たら職人さん達に渡してもらって、それで作品を作ってもらって下さい。王都でなら売れるでしょうから、売れた分は、ジェムの契約と同じ割合で俺の口座に振り込んでもらいましょう。どうですか?」
正直言ってもらい過ぎな気もするが、タダで使ってくれって言っても絶対受け入れてくれなさそうなので、逆に敢えてこう提案してみたのだ。
「よろしいのですか!」
予想通り、目を輝かせて食いついて来たルーカスさんとヘイル君に、俺は笑って親指を立てた拳を突き出した。
「じゃあ契約成立だね。どうか良い物を作ってもらってください」
深々と揃って頭を下げてくれた後、大きな布を持って来て丁寧にそれらを包み始めた。
「待って待って。だから山ほどあるんだって。どれくらい預けたら良い?」
もう一本、カメレオンロングホーンドビートルの触覚を取り出しながらそう尋ねると、またしても全員揃って固まったよ。だからいっぱいあるって言ったじゃんか。
背後で、黙って見ていたハスフェル達が揃って吹き出すのが聞こえて、俺も笑って振り返る。
「なあ、どれくらい渡せば良い?」
「そうだな。それぞれ二十匹ずつくらい。アンモナイトは十個もあれば良いんじゃないか?」
「あれ、そんなもんで良いのか?」
もっと渡す気満々だったが、ハスフェルがそう言うのなら、初回はそれくらいにしておくか。
出そうとしたら、後ろにいたギイとオンハルトの爺さんが手を挙げて自己主張している。
「何だよ」
無視するのも何なので、聞いてやる。
「お前だけ渡すのかよ。俺達だって持ってるんだから、ここは等分するべきだろう?」
横でオンハルトの爺さんも頷いている。
「そっか、じゃあ各自五匹ずつ?」
「良いんじゃないか」
ハスフェルも同意してくれたので、結局各自五匹ずつ渡す事になった。アンモナイトは俺が一番大量に持っているので、俺の分から渡す事になったよ。
ううん、もっと減らす予定だったんだけどなあ。
まあ、これはバイゼンヘ行った時の楽しみに取っておくか。
机の上に置かれた素材の山を見て、狂喜乱舞するルーカスさん達を見て、俺達は顔を見合わせて笑い合ったのだった。