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様々な想いと大切な物

「あの、待ってください。一体どうして貰った物を無くした俺が、お礼を言われるんですか?」



 困った俺がそう言うと、顔を上げた三人は、顔を見合わせて頷き合った後、俺に向き直ったルーカスさんが口を開いた。

「実を言いますと、クーヘンの奴も以前は郷で細工師として頑張っていたんです。若い職人達の中では一歩抜きん出た存在で、定番のブローチやペンダントなどは、かなり良い物も作っておりました。ですがある時、とある珍しい素材を使わせて自由に作品を作らせてみたところ、彼は全く作れなかったのです」

 お兄さんの言葉にネルケさんも横で頷いている。

「どうやら彼は、決められた工程通りに決められた物を作るのは巧かったのですが、自分独自のデザインを考えて作る事が、全くと言っていいほど出来なかったのです。頭の中には考えはあるようなのですが、それが思った通りに作れない事に彼は苛立ち、散々格闘した挙げ句、最後には見るからに中途半端な物を作って、これで出来上がりだと言って持って来たんです。それで……俺ともう一人の年配の職人が彼を酷く叱ったんです。よく考えろ。一つ一つの作業を面倒くさがるな。中途半端な気持ちで物を作るな、と。ですが、挫けかけていた彼にはその言葉が最後のとどめになったらしく、その時以来彼はプッツリと工房に立たなくなりました」

 驚いてクーヘンを見たが、彼は机に突っ伏したままだ。

「その半年後、いきなり彼は誰にも何も言わず郷を出奔しました。数年後にマーサさんからクーヘンを縁あって保護したと知らせを受けた時には、それはもう、どれだけ安堵したか……」

 お兄さん夫妻の横では、涙ぐんだマーサさんまでが何度も頷いているのを見て、俺は天井を見上げた。



 うわあ、いきなりクーヘンの辛い過去を聞いちゃったよ。

 彼は、必死でやっていた細工師の仕事に挫折して、それで外の世界へ出たんだ。

 なんと言って慰めようか戸惑いつつ振り替えると、いつの間にかクーヘンは泣き止んでいて、まだ赤い目をしたままだったがしっかりと顔を上げて俺を見ていた。



「ええ、そうです。当時の私は自分に出来ない事があるというのが、どうしても認められませんでした。それを認めてしまったら、自分には何の価値も無くなってしまうんだと、この世の終わりのように感じていました。だから……逃げたんです。自分が認められない現実から」

 自重気味のその言葉に、俺はなんて言ったら良いのか分からず、必死になって首を振った。



「心配かけて申し訳ありません、もう大丈夫ですよ。家出して放浪の旅をするうちに、私は自分がやるべき事を見出したんです」

 驚く俺にクーヘンは、今度はゆっくりと笑って頷いた。

「ある時、立ち寄った街の装飾品を売る大きな店で、懐かしい、郷の髪飾りが売られてるのを見つけたんです。とんでも無く安い値段が付いていました。その店の主人は、これは付き合いで中古で手に入れた品物だが、作者も出どころも分からない安物だって、そう言って馬鹿にしたんです。郷一番の細工師の作品を!」

 突然、大きな声でそう叫んで拳を握ったクーヘンの言葉に、全員の視線が集まる。

「その時、思ったんです。自分には、残念ながら物を作る才能は無かった。だけど、今の自分には郷の外の人の世界に出て、大きな人間達と対等に渡り合えるだけの度胸がある。だから決心しました。郷の細工物を必ず、世界中の人達に見せてやるって。クライン族には、これだけの物が作れる高い技術があるのだって思い知らせてやる、ってね」

 強い決意を秘めたその言葉に、俺は思わず拍手を送った。

「その後、マーサさんの所に転がり込み、まあ色々あって、またひとり旅を続けるうちにこいつに出会ったんです」

 小さく笑って、胸元に潜り込んでいたスライムのドロップをそっと撫でてやる。伸び上がったドロップは、嬉しそうにそのクーヘンの手に、擦り寄っていたよ。

「それで、その後に俺達と出逢ったんだな」

「そうですね。その頃にはもう立ち直っていましたから、郷にも私から連絡をして自分の夢を兄に話していました。兄は感激して、その時には必ず力になると言ってくれたんです」

「それで、こんな立派な店を持てたんだから、凄いよ。本当に凄いって」

「貴方に以前差し上げたあのドラゴンのペンダントや、ハスフェル達に差し上げた縄模様のペンダントは、まだ迷いも無く、自分には何だって出来るって無邪気に信じていた頃の作品です。私にとっては……未熟な自分の象徴でもありました」

 また自重気味にそんな事を言うもんだから、俺はまたしても必死になって首を振った。



 だって、あれにはとても綺麗な想いが詰まってるって、シャムエル様が言ってくれた品物だぞ。

 ハスフェル達だって見事な品だって言っていたのに。



「ですから、あれが偶然とは言え、貴方が命に関わるほどの災難にあった際に失くしたと聞き、本当に嬉しかったんです。おかげでようやく……私は……出来ないと言う事実から逃げた過去の自分を許す事が出来ました。貴方は単に貰った物を無くした報告に来てくださったのでしょうが……」

 そこでクーヘンは言葉を区切ってお兄さん達を振り返った。

 ルーカスさんが大きく頷く。

「ケンさん。貴方はご存知無かったのでしょうが、貴方がそうやってわざわざ訪ねてきてくださり、無事な姿を見せてくださった。これは我々クライン族の間では、最高の感謝を示す行為になるんです。お守りのおかげでこうして無事に生きていると、それを作り手に見せてくださった事で、無くなった品は昇華します。どうかもう、失くした物を惜しまないでください。あのペンダントは立派に役目を果たしたのですから」



 驚きのあまり、俺はすぐに反応出来なかった。



 ルーカスさんの言う通りだ。

 俺は単にクーヘンに直接、貰った物を無くした事を謝りたかっただけなのに、それがまさか、クライン族の間では最高の感謝を示す行動だったなんて。

 そしてその行為そのものが、クーヘンの傷付いた過去を癒したなんて。

 目を潤ませてそんな事を言われたら、俺までちょっと視界が歪んできたよ。

「知らなかったけど、気に入っていたからさ。それにすぐに失くした事に気付かなかったから、本当に申し訳無かったんだ。だけどこれで安心した。うん、ここへ来て良かったよ」

 あえて軽い口調でそう言い、握った拳をクーヘンの目の前に突き出す。

 笑ったクーヘンが拳をぶつけてきて、俺達は泣きながら笑い合った。

 黙って見ていたハスフェル達が揃って拍手をしてくれ、その場は温かな笑いに包まれたのだった。

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