クーヘンのペンダント
「ええと、とりあえずの追加はこんなもんかな?」
最後の巾着の口を縛りながら、そう言った俺は小さなため息をついて顔を上げた。
前回、開店前にジェムの整理をした時に使っていた空になった巾着に、今回の委託分のジェムを数を数えながらひたすら詰め込んだのだ。
って事で、前回と同じく細く切った布に中に入れた新しいジェムの名前を書き、数を数えては書き、巾着の紐にくくりつけてはせっせと引き出しに押し込んでいった。
今回は、かなり減っていた定番の昆虫や小動物系のジェムを中心に、中級までのジェムを大量に用意したよ。後は、例の飛び地で手に入れた珍しいジェムと、あの地下迷宮で手に入れた、最初の頃の恐竜達のジェムも少しだけ入れておいた。
後でリストを見たクーヘンが卒倒するかもしれないけど、少しでも在庫の数を減らす手伝いをしてもらおう作戦だ。
ただ、クーヘンのところでは素材は売ってもらえないので、これはギルドへ売る分と、後はバイゼンで大量に売り捌く予定だ。
口座の残高が何だかとんでもない金額になってきているが、これも預けておけば世の為人の為、運用してもらえるんだから、無駄じゃない……よな?
そんな感じで、大量のジェムが金庫に収まった頃。足音がしてクーヘンが倉庫に入って来た。
「お待たせしました。ようやく片付けが終わりましたよ。そこまでにして夕食に行きましょう」
「あれ、持っている材料で何か作るつもりだったんだけどなあ?」
顔を上げると、クーヘンの手にあったのは、あのホテルハンプールのお食事券だ。
「ああ、そこか。行く行く」
ホテルハンプールの料理なら、もちろん食べたい!
って事で、片付いた金庫はクーヘンに閉じてもらって、戸締りをして皆で食事に行く事になった。
「ああ、マーサさん。お久しぶりです」
一階の休憩室にはお兄さん一家だけでは無く、笑顔のマーサさんが待っていたのだ。
「ああ、相変わらず元気そうだね。ヘイルが血相変えて呼びにくるから何事かと思ったよ」
おお、お兄さん一家の双子の片割れのヘイル君が、マーサさんをわざわざ呼びにいってくれたんだ。
揃って外に出た俺達は、それぞれの騎獣と馬に乗って、ホテルハンプールへ向かった。
マーサさんだけでなく、お兄さん一家も全員小柄な馬に乗っている。ポニーよりも小さいくらいの可愛らしい馬達だ。まあ、小柄なクライン族の人達は、普通サイズの馬には乗れないだろうからな。
到着した久し振りのホテルハンプールでも、スタッフの方々にまで笑顔でおかえりなさいと言われてしまい、またちょっと涙腺が緩みかけたのは内緒だ。
相変わらずの豪華なメニューを思いっきり頼み、大いに飲んで食べたよ。
街を出てからどこへ行ったかの話で、地下迷宮で何度も本気で死にかけた話をしたら、クーヘンだけじゃなくマーサさんやお兄さん一家全員が本気で目をまん丸にしていた。
「よ、よく無事でしたね」
気を取り直すように、ワインを一気に飲んだクーヘンが、そう言いながら俺を上から下までマジマジと見つめる。
「何処にも怪我はありませんね?」
「おお、大丈夫だよ。これ以上無いくらいに元気ですって」
心配そうなマーサさんの言葉に、笑ってガッツポーズをして見せた。
「それでさあ……実は俺、クーヘンに謝らなきゃいけない事があるんだよ」
俺もビールを一息に飲み干して、クーヘンの方へ向き直った。
「ええ、一体何事ですか?」
驚いたクーヘンがそう言い、こちらも慌ててグラスを置いて俺の方に向き直る。
「ええと……ほら、クーヘンが作ったって言うドラゴンのペンダントを貰っただろう?」
「ああ、あれですか。拙い出来ですが気に入って下さいましたよね……あ、まさか……?」
目を瞬くクーヘンに、俺は思いっきり頭を下げた。
「そのペンダント、地下迷宮で無くしちゃいました! 気がついたら無くなってたんだよ。何処で落としたのか分からなくて、探しようが無かったんだよ……せっかく作って貰ったのに、本当に申し訳ありませんでした!」
「気が付いたら……無くなっていた?」
小さな声でそう聞かれて、俺はグリーンスポットでの災難の一部始終を報告した。
いきなり床を踏み抜き、地下にあった水路に落っこちた事。そのまま相当下層の滝壺まで落っこちて、何とか生き延びた事。その後、水路を従魔達が追いかけて来てくれたおかげで、何とかハスフェル達と無事に合流出来た事などを詳しく話した。
この場にはクーヘンだけで無く、マーサさんやお兄さん一家もいたので、ベリーの事は話さずに従魔達と一緒に逃げた事にしたけどね。
「そ、それはまあ……良く生きてたね。貴方の強運を称えて乾杯するよ」
半ば呆然とマーサさんがそう言い、飲みかけていたワイングラスを捧げてくれた。
「いやあ、強運……なんですかねえ。俺はもうちょっと平穏無事が希望なんですけどねえ」
誤魔化すようにそう言うと、マーサさんは小さく吹き出した。
「まあ、叶うかどうかは別にして、希望を持つのは何であれ良い事だよ」
腕を組んだマーサさんにしみじみとそんな事を言われて、ハスフェル達が揃って吹き出し、俺も思わず一緒になって笑ったよ。
「ケン、どうか気にしないでください」
クーヘンが、ワイングラスを捧げるように挙げて、笑顔で俺の顔を見つめている。
「以前にも話したと思いますが、贈り物が無くなる時は、厄災を取り除いてくれた時だと言われているんです。私が作ったあの拙いペンダントが、本当に貴方の命を僅かでも守れたのだとしたら、私は……過去の自分の仕事を誇る事が出来ます。あ……ありがとうございます」
何故だか半泣きになっていたクーヘンが、小さな声でそう言い、いきなり机に突っ伏してしまったのだ。
「ええ、どうしたんだよクーヘン!」
良く見ると突っ伏した肩が震えていて、しゃくり上げるような乱れた息が聞こえて来た。
ええと……もしかして……これは、泣いているのか?
何故クーヘンが泣くのか意味が分からなくて戸惑っていると、いきなりクーヘンのお兄さんのルーカスさんと奥さんのネルケさんが立ち上がった。それだけでは無く、マーサさんまでが立ち上がり、揃って俺に向かって深々と頭を下げたのだ。
「ケンさん、ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
ルーカスさんが大きな声でそう言い、ネルケさんとマーサさんまでが揃って俺にお礼を言ったのだ。
「あの、待って下さい。一体どうして貰った物を無くした俺が、お礼を言われるんですか?」
この展開が全く理解出来なくてそう叫んだけど、俺は間違ってない……よな?