おかえりなさい
「一番取った〜!」
いきなり始まった従魔達の競争で、シャムエル様が決めたゴールの大きな木の根本に一番先に駆け込んだのは、歓喜の雄叫びを上げたオンハルトの爺さんだった。
タッチの差で俺が駆け込み、そのすぐ後をハスフェルとギイが並んで駆け込んだ。
「よしよし、すごいなあお前は」
オンハルトの爺さんが、嬉しそうにそう言ってエルクのエラフィの首を叩いてやる。
「エルク速え〜!」
思わず呟いた俺の言葉に、ハスフェルとギイも揃って頷いている。
いやマジで、マックスの全力疾走に勝つって、どんだけ速いんだよ。
「これは、意外な伏兵現る、だな。おい、秋の早駆け祭っていつだったっけ?」
「確か、11の月だったはずだからまだ先だよ」
「忘れないように戻らないとな。これはまた一段と面白くなるぞ」
目を輝かせて子供みたいにそんな事を言っている二人を振り返って、俺も笑って手を挙げた。
「もちろん、二連覇を狙わせてもらうぞ!」
「何を言ってる。次回は俺様の勝利だよ」
「馬鹿言うな。俺が勝つに決まってるだろうが」
「ほう、お前ら。たった今エラフィに揃って負けていたくせに、寝言は寝て言えよ」
俺達を振り返ったオンハルトの爺さんが胸を張ってそう言った瞬間、全員揃って大爆笑になった。
「いやあ、これは面白かったな。是非またやろう」
嬉しそうなオンハルトの爺さんの言葉に、俺達は揃って頷き笑って拳を突き上げた。
その後は、のんびりと鼻先を並べて早足程度で街道を目指した。
頂点にあった太陽が少し動きはじめた頃、無事に街道に行き当たることが出来た。
街道脇の植え込みを飛び終えて俺達が街道に入ると、それを見た通行人達が、驚きの行動に出た。
いつもなら悲鳴を上げて逃げるか、武器を構えるかのほぼ二択だが、ここの人達はそのどちらでも無かった。
街道にいた人達、ほぼ全員から一斉に拍手と歓声が上がる。
「おかえり!」
「おかえりなさい!」
皆、そう言って笑顔で手を振ってくれる。
おお、さすがはハンプールへ続く街道。
前回の早駆け祭りの勝者を覚えてくれてるみたいです。
「なあ、また新しい仲間が増えてるぞ」
「うわあ、あの角って……エルクか? エルクを騎獣にしている奴なんて初めて見た」
「すっげえ。あの角を見ろよ」
冒険者と思しき一行は、目を輝かせてオンハルトの爺さんが乗るエルクをガン見している。
同じような囁きがあちこちから漏れ聞こえて、俺達は久し振りにあの文字通りのお祭り騒ぎを思い出して、こっそり苦笑いしていたのだった。
城門でも、受付担当していた兵士達全員から満面の笑みで、おかえりって言われたよ。
何この大歓迎っぷりは。
街へ入った途端に更なる大騒ぎになり、当然のように大勢の人達が俺達を見て笑顔で手を振ってくれる。そしてあちこちからかけられる言葉は、ほぼ全部が、おかえりなさいだった。
「へえ、こう言うのも悪くないな」
この世界に来てからずっと、思いつくままにあちこち漂流生活して来たけど、確かに帰る場所があるのは良いかもしれないと、そう思わせてくれる光景だった。
「ええと、どうする? このままクーヘンの店へ行くか?」
一応、俺達の為の部屋はあるって言ってくれているけど、何の連絡も無しだし、ギルドの宿泊所に泊まった方が良いのだろうか?
判断が付かずに困っていると、笑ったハスフェルは、そのままクーヘンの店へ向かった。
「取り敢えず挨拶だけでもして来よう。ギルドへ行くのは後で良かろう」
って事で大注目の中、一列になってパレード状態でクーヘンの店まで進んで行ったのだった
当然だが、店に到着するまで俺達の周りから人が途切れる事は無かったよ。
「おお、相変わらず繁盛しているな」
到着したクーヘンの店は、開店当時ほどではないが、充分繁盛していると言って良いほどの人で埋まっていた。
忙しそうに接客している彼らを見て、俺達は顔を見合わせる。
「営業中は邪魔しちゃ悪そうだな」
「そうだな。じゃあ先にギルドに行くか」
俺の呟きに、ハスフェルが同意するように呟いた時、おそらくお客の誰かがクーヘンに言ったようで、血相を変えたクーヘンが店の外へ飛び出して来た。
「お帰りなさい!」
満面の笑みで両手を広げてそう言ってくれた瞬間、俺は柄にもなく本気で泣きそうになったよ。
「た、ただいま〜」
誤魔化すように、ふざけた風でそう言い、マックスの背から飛び降りた。
駆け寄って来たクーヘンとしっかりと握手を交わして、笑って肩を叩き合った。
クーヘンはハスフェル達とも同じようにしてから、最後にオンハルトの爺さんの前に進み出た。
「おや、他の方々はどうされたんですか?」
周りを見て、四人だけな事に気付いたらしく、心配そうにオンハルトの爺さんを見る。
「ああ、彼らはそれぞれの仕事に戻ったよ。また気が向けば顔を出すんじゃないかな」
何でもない事のようにそう言って、握手を交わす。
「うわあ。これはまた、すごいのをテイムしたんですね。こんな間近でエルクの亜種を見たのは、私も初めてです」
小柄なクーヘンからすれば、エラフィの大きさは尚の事大きく見えるだろう。
しばらく目を見開いてエラフィを見上げていたが、我に返ったように慌てて俺達を振り返った。
「ああ、こんな所ですみません。どうぞ中へ。従魔達は裏の厩舎へ」
当然のようにそう言って、中へ案内してくれる。
顔を見合わせた俺達は、笑顔で頷き合ってクーヘンの後に続いた。
奥の厩舎にマックス達を入れて鞍や手綱を外してやる。それから水桶に新しい水を入れてもらった。
全力疾走した後だったこともあり、皆大喜びで飲んでいたよ。
「それじゃあ、お前達はここにいてくれよな」
順番に思いっきり撫でてやり、マックスとニニ、それからシリウスとデネブ、エラフィ、それからファルコとプティラもここで休んでもらい、それ以外の小さくなってる従魔達は建物の中に一緒に入って良い事になった。
その後は店が閉まる時間まで、俺達は邪魔にならないように、地下の倉庫で追加のジェムを取り出してリストに記入しておく事にした。
「ううん、しかしこれはまた……凄い事になってるなあ」
今の手持のジェムを何となく確認したら、何だかとんでも無い数と種類になっている事を改めて確認する事態になり、正直に言うとちょっと虚無の目になったよ。
気を取り直して、普通に売っても大丈夫なジェムを中心にガンガン取り出し、クーヘンが開けておいてくれた例の五万倍の金庫に袋に詰めてはひたすら押し込んでいった。
「各自の名前を書いた袋がこれだけ余ってるって事は、それだけジェムが売れてるって事だよな。すげえな」
俺の呟きに、同じくジェムを取り出していた三人も、苦笑いして頷いている。
まあ順調に売れてるんだから、良い事にしよう。
ジェムの整理をしつつ、俺は頭の中でせっかくの貰ったあのペンダントを無くした事を、なんて言って謝ろうか必死になって考えてたのだった。