忘れていた頼まれ事
先に、ハンプールへ行く事にした部分が、丸ごと抜けていましたので、訂正しました。
ハンプールから、西アポンへ移動予定になってます。
「それではまた、いつでも呼んでくれたまえ。良い旅を」
ここまで運んでくれた大鷲達がそう言って飛び去るのを見送り、ファルコはいつもの大きさに戻って定位置の俺の左肩に留まる。
「それじゃあ行くとするか」
マックスの背中に飛び乗った俺は、ハスフェルの言葉に頷いた。
大鷲とファルコが降り立ったのは、ハンプールの南西にある深い森の中だ。
とは言っても、下草はそれほど深くは無いので従魔達ならそれほどの時間もかからずに街道に近い場所へ行けると聞き、安心した。
それなら予定通りに、昼過ぎには街に到着出来るだろう。
しかし、そこで事件が起こった。
全員が騎乗して、さあ出発しようとしたその時、突然足元の地面が波打つように揺れたのだ。
慌てて全員がその場に留まって身構える。
「今の、地震か?」
しかし揺れたように感じたのは一瞬で、その後、特に何も変化は無い。
従魔達に乗ったまま警戒して、揃って地面を凝視する。
何だかよく分からない事態に、いつもは冷静な従魔達も戸惑っているみたいに見える。
その時、いきなり足元の草が中からむくむくと盛り上がり始めた。
従魔達が、一斉に大きく下がって身構える。
「な、何だ?」
左手で手綱を掴み、右手は剣の柄に手を掛けたまま奇妙に盛り上がった地面を凝視する。
「あれ、これって……」
何だか見覚えのある展開に戸惑いつつ地面を見ていると、パカって感じに盛り上がった地面が割れて、予想通りに、あのイケボの巨大ミミズのウェルミスさんが頭を出したのだ。
そのまま身をくねらせて、身体の半分くらいまで地面から出て来た。
蛇みたいに頭(?)をもたげると、ゆっくりと目も鼻も口もない顔……と言うか、先っぽががこっちを向いた。
「あれ、ウェルミスじゃないか。どうしたの?」
右肩のシャムエル様が、驚いたようにそう尋ねる。
「ようやく人のいない場所に来たな。全く其方らは、せっかく苗木の移植を頼んだのに、忘れてそのまま飛び地を出て行ってしまっただろう。我が気づいた時には、飛び地からいなくなっていて驚いたぞ」
やや拗ねたような咎める声が、あまりにもイケボだったもんでうっかり聞き惚れそうになったが、言われた内容を考えて手を打った。
「ああ! 確かに。あの新芽を外の世界に持って行って植えてくれって言われてましたね。うわあ……確かにすっかり忘れてそのまま出て来ちゃいました。申し訳ありません! ええと、どうしましょうか? 今からでも取りに行った方が良いですか?」
神様の頼まれ事を忘れるって、ちょっと本気で申し訳ない。
頭の中でレオにも謝って、俺はマックスに乗っていてさえはるか頭上にあるウェルミスさんの先っぽを見上げて謝った。
「其方らの予定は?」
「今からハンプールと西アポン行く予定だったんですが……」
「ふむ、ならその後で良い故、飛び地に寄ってくれるか。苗木を託す故、外の世界に植えてやって欲しい」
「了解です。それじゃあ後で寄らせてもらいます」
「すまんがよろしく頼むよ」
そう言うと、イケボのウェルミスさんは、大きな身体をくねらせてあっという間に地面の下に戻ってしまった。
そして、ウェルミスさんが潜った後は不思議な事に綺麗に元に戻ってしまったのだ。後にはもうなだらかな草地があるだけで、巨大な穴も土のかけらも何処にも無い。
さすがは土の神様だね。アフターケアーもバッチリじゃん。
「……そうなんだって、予定が追加されたな」
半ば呆然と、すっかり元に戻った草地を見ながらそう呟く。
「おっどろいたあ。こんな所まで出て来るって、実は相当困ってたんだね」
シャムエル様の言葉に、俺はふと思いついた疑問に首を傾げる。
「なあ。ウェルミスさんって、あんな見かけだけど大地の神様であるレオの眷属なんだろう? あの飛び地でも土を作るとか言ってたし。って事は、苗木を何処かに芽吹かせるのなんて、簡単なんじゃないのか?」
わざわざ俺達にやらせる意味はあるのだろうか?
不思議に思って聞いてみたら、シャムエル様が困ったように俺を見た。
「ウェルミスのお願いは……嫌? 迷惑だった?」
「へ? なんでそういう展開になる? いや、俺は別に頼まれる事自体は全然迷惑じゃないし嫌じゃないよ。これは単なる疑問」
すると、シャムエル様は明かにホッとしたように見えた。
「そうなんだ、良かった」
「いや、だから何が良かった?」
顔を上げたシャムエル様は、俺の頬をぺしぺしと叩いて嬉しそうに笑った。
「ごめんね、無理なお願いをして。あのね、大地の眷属って事は、彼の担当範囲は地下なの。ウェルミスが働いたり実際に影響を及ぼす事が出来るのは地面から下だけなの」
真剣なシャムエル様の言葉に目を瞬いて考える。
「ええとそれはつまり……ウェルミスさんは、土の中の種を芽吹かせる事は出来るけど、その、芽吹かせた種を持って、地上を移動する事は出来ない?」
「それで正解!」
「植えられたり落ちたりした種の位置を変える事も出来ない?」
「それも正解!」
シャムエル様は、律儀に小さな親指を立てたサムズアップで、正解! と、答えてくれる。
「つまり、あの飛び地から外に新種の苗を持ち出そうと思ったら、地上にいる誰かに実際に運んで貰わないと、ウェルミスさん自身で何処か別の土地へ運んで植え直す事は出来ない?」
「大変良く出来ました。大正解です!」
「成る程ね。それを俺達にやってもらおうとしていたのに、別の仕事をしている間に、俺達が飛び地から苗木を受け取らずに帰ったもんだから、困ってたわけか」
「そうそう、それにウェルミスは、人の見える所には出て来ては駄目だって、レオから厳命されているんだよね。だから私達が人目に付かない郊外に出て来るのを待ってたんだと思うよ。緊急の場合、彼は地下の中なら瞬時に何処へでも行けるからね」
ちっこい腕を組んでしみじみと言うシャムエル様の言葉に、俺はまた首を傾げる。
「厳命って、それはまたどうしてだよ。あんな見かけでも一応神様の眷属な訳なんだろう?」
「それじゃあ、逆に聞くけど、ケンは、何も知らずにウェルミスといきなり遭遇して彼が何か話し掛けてきたとしたらどうする?」
真顔のシャムエル様の質問に、思わず考える。
土の中から唐突に出て来る巨大なミミズ。しかもイケボだけどあの見た目……。
「うん、確実にモンスターだと思って斬りかかるな。もし武器を持っていないとしたら、即座にその場から逃げる。絶対振り向かないな」
「でしょう? つまりそう言う事」
「うん、理解したよ。確かに俺達以外の人に出会ったら、その瞬間戦いになるか、大絶叫と共に逃げられて、お化けミミズが出たって話題になって討伐隊が組まれるかのどちらかだな」
ため息と共にそう言うと、シャムエル様だけでなく、話を聞いていたハスフェル達までが一緒になって頷いていた。
「じゃ、状況を理解したところで、とにかくクーヘンの所へ行こう。このままだと森で夜明かしだぞ」
俺の言葉に、ハスフェル達も笑って頷き、それぞれの従魔達をいきなり走らせた。俺も慌てて続く。
「街道まで競争だ!」
ギイの声に、全員が笑って声を上げ、更に一気に加速する。
遥か先の地平線に向かって、俺達は思いっきり駆け抜けて行ったのだった。