最後の買い出し
ハスフェル達と一緒に、全員揃って広場への道を歩きながら、俺は何となくマックスとニニを何度も振り返った。
「ケンったら、何だか挙動不審。ま、さっきの話なら、そんなに気にしなくて良いって」
呆れたようなシャムエル様にそう言われても、どうにも落ち着かない気分だった。
「そうだな。まあこればっかりは、今考えたところでどうこう出来るものじゃないよな」
「まあそうだね。私もそっち方面は考えてなかったね。ちょっと後で対策を考えておくよ」
「この場合の対策ってか、解決方法って何?」
大きなため息と共にそう尋ねると、シャムエル様は困ったように俺を見た。
「一応確認するけどさあ。ケンは子供って嫌い?」
「この場合の質問の主語は、マックスやニニの子供、って意味だよな?」
「まあ、そうだね」
苦笑いするシャムエル様の尻尾を突っついて、笑った俺は肩を竦めた。
「いや、嫌いじゃないよ、ってか、思いっきり好きだよ。もしも、本当にあいつらに子猫や子犬が生まれるとしたら、そりゃあもう絶対に可愛いと思うぞ。多分、もうデレデレになって何も出来なくなる未来しか見えないよ」
「あれ、そうなんだ?」
「ええ、何、俺ってそんな薄情な男だと思われてた?」
何故だか目を瞬いたシャムエル様に凝視されてしまって、俺は首を傾げる。
「そっか、じゃあ気にしなくて良いね。了解。それじゃあこっち方面は大丈夫そうだから任せておくね」
さらっと言われて頷きそうになって、慌てて振り返る。
「待った! 今の話は、何が大丈夫で、何を誰に任せるんだ?」
聞き返されるとは思っていなかったようで、シャムエル様は一瞬困ったように目を瞬いてから誤魔化すように笑った。
「まあ、本人達の自覚が出るまで、って事かな?」
「本人達の、ねえ……」
小さく呟いたところで広場に到着してしまい、何となくこの話はここまでになった。
いつものように適当に分かれて各自好きなものを買ってきて、広場の端で立ったまま食べた。
「それじゃここで解散かな。今日はゆっくりするんだろう?」
最後のコーヒーを飲みながらそう尋ねると、三人は顔を見合わせてから、揃って俺を振り返った。
「お邪魔じゃなければ、一度くらい買い出しに同行しても良いか」
ハスフェルの言葉に、今度は俺が目を瞬いた。
「別に構わないけど、面白くないと思うけど?」
「いや、あまりにも毎回任せっきりだし、どんな風なのか見てみたいってものあるかな?」
「あ、そうなんだ。まあ構わないよ。今日は朝市の後は豆腐屋へ行って、それからミンク商会って店へ行く予定。カレーが案外好評だったからさ、もうちょっといろんな種類を買っておこうかと思って」
それに、明日にはもう出発するのなら、もう一回くらいガーナさんにもふもふタイムを満喫させてやろうと思ってさ。
だって、あれは本当に見てて面白かったからな。
そのまま団体で朝市の会場へ行くと、従魔が増えた事もあっていつも以上に大注目を浴びた。
だけど、まあこの朝市ではもう俺の事は有名になってるみたいで、皆笑顔で俺を手招きしてくれてる。
よしよし、毎日通った甲斐があったね。
って事で、今回もまたガンガン買わせてもらいました。と言っても、いつもよりはやや控えめだったけどね。
その後は、また豆腐屋さんを二軒回って豆腐各種と豆乳も追加で購入完了。
そのまま業務スーパーへ向かった。
「さすがに買い慣れているな。俺達なんか、見ているだけで何が良いのかなんて全然分からないな」
苦笑いしながら三人が揃ってそんな事を言うもんだから、歩きながら俺はちょっと笑ったね。
「食材の良し悪しは、レオがいた時にかなり教えてもらったよ。後はやっぱり慣れかな。確かに、最近では買い物する時間が、かなり早くなってるもんなあ」
「頼りにしてるよ」
笑って拳をぶつけ合い、到着した業務スーパーでは、そのまま裏の駐車場へ回ってマックス達をそこで待たせておいた。
「じゃあ俺が見張りを兼ねて留守番しているから、お前らは一緒に行ってこいよ」
オンハルトの爺さんがそう言ってくれたので、見張りをお願いしてハスフェルとギイと一緒に中に入った。
「へえ、ここは初めて入ったな」
「俺もだ。店があるのは知っていたけど、初めて入るよ」
金銀コンビが、まるで子供みたいに目を輝かせて店を見回している。
「何か欲しいものがあったら言ってくれよな」
俺の顔を見てすっ飛んで来たガーナさんと挨拶をして、ハスフェルとギイを紹介する。
「これはまた、まるで闘神の化身のような方々ですね。初めまして、ようこそミンク商会へ。担当をさせて頂いておりますガーナと申します。気になる品がございましたら、何なりとご相談下さい」
彼らを見て、あながち間違っていない感想をもらしたガーナさんに密かに感心しつつ、俺は欲しい物を順番に相談して、せっせと買い込んでいった。
ハスフェル達は最初のうちは後ろで大人しく俺達の話を聞いていたんだが、途中から飽きたみたいで、それぞれ好きに店の中をぶらつき始めた。
子供か。って内心突っ込みつつ、まあ無茶な事はしないだろうと思って好きにさせておいた。
だけど、気が付いたらハスフェルとギイはお酒のコーナーから動かなくなり、二人揃って頭を突き合わせて相談したかと思ったら、棚から品物を取り出して手にしつつ、真剣に物色し始めたよ。
「ねえ、あいつらも何か買うみたいですよ」
俺が注文したカレー粉を始めとしたスパイスの用意をしていたガーナさんは、振り返ってお酒の棚を端から端まで見て周り真剣に物色している二人を見て、慌てたように別の人を呼びに行った。
「あいつらの分も、ガーナさんの売り上げにしなくて良いのかね?」
営業経験者としては、月々のノルマがあったりしないのか心配になってそう呟いたけど、ガーナさんに呼ばれて出て来た販売員さんは彼と笑顔で話をして、一礼してからハスフェル達の所へ行くのを見て、もう任せる事にした。
こっそり戻って来たガーナさんにその辺りを聞くと、ガーナさんは実は売り場の販売員を統括する一番偉い人だったらしい。それに、この店は固定店舗向けの外商もやっているので、そっちはまた別の担当の人達が大勢いるんだって。へえ、ミンク商会って実は凄く大きな店だったようです。
なのでガーナさんは、俺みたいにいきなり入って来た新しい顧客を主に担当して詳しい話を聞き、大丈夫そうなら随時担当を振り分けているらしい。へえ、店によっていろんなやり方があるんだな。
感心しつつ、明日にはもうこの街を出る予定だと伝えると、ずいぶん残念がられた。
「まあ、この街でしか手に入らない食材なんかもありますからね。また来ますので、その時には相手をしてやってください」
「かしこまりました、またいつでもお気軽に立ち寄ってください」
笑顔でそう言いつつも、ガーナさんの視線は、やっぱり俺の左腕にしがみついてるモモンガのアヴィに釘付けだ。
今回も現金で支払い、倉庫から運んでくれた品物を確認しながら鞄にガンガン詰めていく。
少し離れた別の机では、ハスフェル達が何やらとんでもなくでかい瓶を大量に購入していたのが見えて、俺はちょっと気が遠くなったね。あれ全部飲むつもりかよ。そうだとしたら、あいつらの肝臓が本気で心配になるレベルの量だ。
「ケン、地元の工房が造ったクラフトビールが色々あったから、買っておいたぞ。今度飲み比べしてみよう!」
嬉しそうなハスフェルとギイの言葉に、俺だけでなく横で見ていたガーナさんまで一緒になって吹き出したのだった。