は……発情期?
食事の後、ハスフェル達から今日の外の様子を聞いた。
どうやら、大発生はもう本当に落ち着いたらしく、どこの地脈の吹き出し口も通常の出現率に戻っていたらしい。なので、明日はハスフェル達はもう一日休憩するらしい。
「じゃあ、明日もう一日、最終の買い出しと仕込みをして、明後日出発の予定で大丈夫だな」
「おう、それでいいと思うぞ。食材の在庫もかなり充実したしな」
「みたいだな。それじゃあその予定でよろしく」
「ご馳走さん。今日も美味かったよ」
汚れたお皿を回収して、スライム達に綺麗にしてもらう。
それから、ハスフェルが出してくれたブランデーと焼酎でちょっとだけ乾杯して、その日は解散になった。
「まあ、なんであれ大発生や大繁殖なんて、無いに越したことはないもんなあ」
冷やした麦茶を飲みながら、大きなため息を吐く。
「じゃあ、もう今日は休むか。明日は一通り見て回って、最後の買い物と料理の仕込みだな」
頭の中で何を作ろうか考えつつ、綺麗になった食器や調理道具をサクラに預ければ片付け完了だ。
「それじゃあ、今夜もよろしくお願いします!」
靴と靴下を脱いだ俺は、ベッドに転がってるニニとマックスの間に潜り込んだ。
ラパンとコニーが俺の背中側にいつものように巨大化して並び、フランマが一瞬早く俺の腕の中を確保する。
それぞれいつもの定位置についたのを確認して、アクアがランタンの火を消してくれた。
「おやすみ。明日もよろしくな……」
もふもふの腹毛に埋もれて目を閉じた俺は、気持ちよく眠りの国へ旅立って行ったのだった。
ううん、相変わらず、ニニの腹毛のもふもふの癒し効果、半端ねえっす。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
「うん、起きます起きます」
半分寝ぼけて返事をした俺は、胸元にいたフランマに抱きついてふかふかで柔らかな毛を無意識に撫でた。
「ふギャン!」
何やら奇妙な悲鳴が聞こえて、俺は眠い目を瞬いた。
「何だ?」
朝日が差し込みすっかり明るくなった部屋で目を開けると、胸元にいたフランマと目が合った。
その時の俺の体勢は、横向きになって、胸元にいるフランマと丁度向き合うような位置になっていた。
フランマは、俺の体に脚を突っ張るみたいにして俺がフランマの背中側に腕を回して抱っこしているような状態だ。
でもって、俺の右手はフランマの背中というか、尻尾の付け根からお尻の辺りを無意識にずっと撫でていたのだ。
いや、だってここめっちゃ触り心地良いし。
「ご主人、そこは今は駄目なの!」
いきなりそう叫んだフランマは、突っ張った両脚で勢いよく俺の身体を思いっきり蹴るみたいにして、あっという間に胸元からすっ飛んでいなくなってしまった。
寝起きの不意打ちで鳩尾と胸元に蹴りを入れられた俺は、見事に撃沈した。そのまま、ニニの腹の上から転がって、勢い余ってベッドからも転がり落ちる。
「ご主人ゲット〜!」
しかし床に落ちる衝撃は無く、瞬時に構成されたスライムベッドに受け止められた俺は二回弾んで上を向いた体勢でなんとか止まった。
「おお、助けてくれてありがとうな」
笑ってスライムベッドを撫でてから、腹筋だけで身体を起こした。
「おいおい、朝から乱暴だな」
誤魔化すようにそう言って立ち上がると、何故だかすぐ側でタロンが呆れたように俺を見上げていた。
「ええ、一体なんだよ?」
抗議するように叫んだが、何故だかタロンに鼻で笑われたよ。解せぬ!
とにかく水場で顔を洗い、いつものようにサクラに綺麗にしてもらってからスライム達を順番に水槽に放り込んでやる。ファルコとプティラも一緒になって水浴びしていたので、ちょっとだけで水をかけてやってから、部屋に戻っていつものように出かける準備をする。
フランマが俺の側に来て、こっちに背中を向けてわかりやすく自己主張して座っている。
「なあ、何を怒ってるのか知らないけど、こっち向いてくれよ」
胸当ての金具を締めた俺は、そっと手を伸ばしてフランマの頭を撫でてやった。
甘えるように手に顔を擦り付けて来たフランマは、両手を広げる俺の胸元に飛び込んできた。
「あのねご主人。これだけお願い」
「おう、何?」
「背中側の尻尾の付け根部分とその周り」
尻尾を妙に膨らませながら真剣な声で言うもんだから、思わず頷いて背中に手をやった。
一応、今まさに言われた場所を撫でそうになったのは、必死で我慢したよ。
「今、そこは触っちゃ駄目な場所なの」
「駄目?」
「そ。駄目なの!」
何やら尻尾を振りながら力説する。
「ええと、理由を聞いても良い?」
「駄目。駄目なものは駄目なの!」
「ええ、そんな理不尽な。ここって絶対、無意識で撫でやすい場所じゃんか」
「駄目なものは駄目なの!」
尻尾で俺の背中側に回った手を叩き落として、スルッと腕からすり抜けて離れてしまった。
「ええと……反抗期?」
呆気に取られて庭に出るもふもふの尻尾を見送った。
「ケン、相変わらずですね」
呆れたようなベリーの声が聞こえて、俺は力一杯振り返った。
「なあ、お願いします! 今の、何がどうなんだか解説してください!」
これ、絶対にまた、この世界の常識と俺との間で認識のズレがありそうだ。
しかし、俺を見たベリーの顔は完全に笑いを我慢している顔で、ちょっと泣きたくなった。
「おやおや、分かりませんか?」
「全然!」
必死になって首を振る俺を見て、ベリーは腕を組んで困ったように黙ってしまった。
「何? そんなに悩むような事?」
「ケン、失礼を承知で質問しますが、貴方、女性との恋愛経験は?」
真顔のベリーに聞かれて、俺はもう一回撃沈した。
朝から何の苛めだ? これ。
しかし、顔を上げた俺は不意に思い出した。
ああ! あの場所って……発情期の猫が触ってやると喜ぶ場所じゃんか!
って事は、もしかして……ええ、そう言う事か?!
慌ててフランマを見ると、庭で日に当たって気持ち良さそうに転がっている。
確か……発情期の猫も、あんな風に地面に身体を擦り付けて悶えてたよなあ……。
遠い目になった俺を見て、ベリーは小さく吹き出した。
「失礼しました。ご理解頂けたみたいですね。聞けばごく一時的なものらしいので、すぐにおさまるそうですよ。どうか放っておいてやってください」
ため息を吐いて頷いた俺は、何か言いたげに面白そうに俺を見ている従魔達を一通り見て、ベリーを振り返った。
「じゃあ、他の子達にも来る訳? その……発情期……」
最後はものすごく小さな声になったが、苦笑いしたベリーは従魔達を振り返った。
「ジェムモンスターは生殖活動をしません。貴方の従魔達で可能性があるのは、ニニちゃんとマックス、それからタロンとフランマですね。まあ基本幻獣の発情期は一瞬ですから心配はいりませんよ。それに、言われてみればこの子達は全然そう言った兆候は有りませんね」
そう言ったベリーは、ニニとマックスをそっと撫でた。
それは、元いた世界でマックスは去勢手術を、ニニは避妊手術をしているからだと思うんだけど……この世界ではどうなんだろう?
思わず、助けを求めて右肩の定位置にいるシャムエル様を見た。
すると、シャムエル様は笑ってマックスとニニを見ながら首を振った。
「元の身体を参考に再生してるからね。組織としては再生しているけど、多分、自分にそれがあるって自己認識がなされていないんだと思うよ」
困ったように笑ってそう言い、一瞬でニニの額に現れて座った。
「この子達は、ケンの事を自分の伴侶だと思ってるからね。だけど種族の違いは認識している。つまり、この場合は、繁殖行動に移行しないって意味。解る?」
「ええと、つまり……俺の事は家族だって認識してくれてるけど、そもそも種族が違うからそっち方面のやる気は起きないって事?」
「まあ、そう言う事だね」
笑って軽く言われてしまい、わりと本気で俺は困ってしまった。
ううん、これってどう考えれば良いんだ?
ニニやマックスには、お嫁さんやお婿さんを探してやるべき? それとも、そんなの要らぬお節介か? それに、フランマやタロンにとっては、ここは仲間がいない世界じゃん。それって滅茶苦茶可哀想なんじゃね?
しかし、そんな俺の心配をよそに、マックスとニニは俺の側に来て二匹揃って頭を擦り付けて来た。
「大好きですよ。ご主人」
「そうよ、大好きだからねご主人」
「俺も大好きだよ」
どう答えるのが正解か解らず。それだけを言って二匹をしっかりと抱きしめてやったのだった。
「ううん。これは、今後も気を付けて様子見だな。もしも同種の子に興味を示すようなら……無理してでもテイムしてやるか。ニニやマックスの子なら、ちょっと欲しいかも……」
小さくそう呟き、ノックの音に顔を上げた。
「あ、ハスフェル達が来たみたいだ。サクラ、鍵開けてくれるか」
剣を手にした俺は、朝飯の為に出かけるので立ち上がって大きく伸びをしたのだった。