問題の村と謎の足跡
ヘクター達と一緒にギルドの建物を出た俺は、彼らが外に留めていた二頭の馬に乗るのを見て、振り返ってマックスに声を掛けた。
「じゃあ、また乗せてくれよな」
おお、彼らよりこっちの方がかなり視界が高いな。
「じゃあ行こうか。と言っても、俺はその村の場所を知らないんだけど、ヘクター達は知ってるのか?」
……あれ? 返事がないぞ?
「どうした?」
もう一度声を掛けると、鞍上の二人は呆然としたまま二人揃って目を瞬いた。
「しかし、本当にいとも簡単にそいつに乗るんだな」
呆気にとられたようなフランツの言葉に、俺は思わず首を傾げた。あれ、初めて会った時や、街の中でもマックスに普通に乗ってたと思うけど、そんなに驚く事か?
「俺はそうやって乗るのを見るのは初めてだよ。何と言うか、もっと従魔は嫌がると思ってたよ。それに、さっきから気になってたんだが、前回は鞍なんて無かったよな? と言うか、よくそいつに乗せる大きさの鞍なんてあったな」
真顔のヘクターに、マックスの鞍のことを聞かれて、俺は笑って頷いた。
「だってほら、長旅をするなら鞍があったほうが楽だと思ってね。職人通りにあった革工房って店で聞いてみたら、丁度良いのがあったから、ベルトを作ってもらって買ったんだよ」
「革工房の作か。それなら納得だ」
二人が妙に感心して頷くのを見て、俺も頷いた。
「偶然入った店だったけど、良い店だったよ。おっさんの腕は確かだったね」
「まさか、お前さん。知らずに入ったのか?」
ヘクターの驚く声に、俺は思わず振り返った。
「え? どう言う意味だ?」
「革工房の店主は工房都市の出身でな。腕は超一流なんだが、とにかく気難しくて有名なんだよ。既存品は、金さえ出せばなんとか売ってくれるが、注文品は、今では全て断られている。店は開けてるが、もう引退する気なんじゃないかなって噂もあるぐらいなんだ」
ヘクターにそんな事言われてしまい、笑うしか無かった。ええ、俺は普通に別注を聞いてもらえたぞ?
「そうなのか? 俺は特に何も言われなかったけどな」
俺の言葉に、二人は顔を見合わせてマックス達を見た。
「まあ、彼ならなあ……」
「だよな。まあ彼なら店主も気にいるさ」
苦笑いして妙に納得する二人だった。俺がなんだって?
不思議そうにしている俺に、二人は笑って首を振った。
何となくそれでこの話は終わりになり、俺たちは並んで城門を抜けて街道へ出た。
人が多いうちは街道の端を並んでゆっくりと進み、人が切れてきたところで二人の馬が速くなった。当然遅れずについて行く。
「なあ、お前達腹は減ってないか? 昨日は結局、狩りに行ってないだろう?」
「別に、まだ大丈夫ですよ」
「私もまだ大丈夫だよ」
二匹がそう言ってくれた。
「とにかく、今は目的の現場へ行きましょう。余裕があれば、明日は狩りに行きたいですね」
「そうね。じゃあそうしましょう」
何やら二匹の間で、明日の予定が決められたみたいだぞ。おい。
ヘクター達が、街道から離れて脇道を一気に加速して駆け出す。俺も後ろを遅れずについて走った。
細い道をしばらく行くと、明らかに人の手が入っている林へ出た。下草は刈られ等間隔に植わっているその木は、明らかに植林されたものっぽい。
そしてその林を抜けた先には、果樹園が広がっていた。数は少ないが小ぶりなリンゴらしき果樹が実っている。
「ここが代表してギルドに依頼をして来たヒスターの村だ。まずはここで話を聞くぞ」
頷いた俺は、マックスに乗ったまま彼らの後について行った。
「おお、連絡をいただき、おまちして……ひ、ひええ! 村の中に、魔獣が! も、もう終わりだ!」
向かっていたと思われる大きな建物から、中々に恰幅の良いおっさんが出て来たのだが、ヘクター達に話しかけている最中に、後ろにいるマックスとニニに気付いて腰を抜かしてへたり込んだ。
「ど、どうかお助けを……」
頭を抱えて蹲るおっさんを前にして、俺は遠い目になったよ。うん、ここまでのリアクションは初めてだね。
「村長。大丈夫ですから顔を上げて。あれは彼の従魔ですよ。安心してください」
ヘクターが、馬から降りておっさんの背中を叩く。
へえ、あれが村長でしたか。ごめんね、驚かせて。
「ええ、そうなのですか。私はてっきり……ああ、失礼いたしました。私はこのヒスターの村の村長を務めております、ブライアンと申します」
ようやく起き上がったおっさんは、笑顔で名を名乗って俺達に右手を差し出した。
ヘクターとフランツが手を握るのを見て、俺もマックスの背から降りて握手を交わした。
「ケンです。どうぞよろしく」
チラチラと背後のマックスとニニを見ているので、マックスとニニの首に、順番に抱きついて見せてやった。
「魔獣使い……これは心強い! ありがとうございます」
本気で礼を言われて、俺は笑うしか無かったよ。まだ何にもしてないって。
「ええと、その足跡がついて果樹が盗難にあったっていうのは、何処なんですか?」
俺の言葉に、村長は大きく頷いた。
「村の奥にある果樹園です。ご案内します」
二人の馬は、村長の家の前に繋ぎ、俺達は歩いて問題の果樹園へ向かった。当然、マックスとニニは俺の後ろをついて来る。
村中からやっぱり大注目だったけど、一応助けに来てるんだからね。って事で、いつも通りに気にしない、気にしない。
「こちらです。まだ足跡はそのまま残っております」
案内されたそこも、先ほどと同じくらいの広さのリンゴの果樹園だった。赤く色付いたリンゴが、まだいくつも実っている。
「収穫は今ようやく半分ぐらいですね。被害にあっているのは、南側の一番日当たりの良い樹々です。どれも、収穫直前の一番良い状態で盗られているので、明らかに知識のある者の犯行だと考えています」
村長が指差す問題の足跡のある場所を見ると、確かに蹄の跡がいくつも残っていた。
「あれ? これ、蹄鉄……じゃ無いのかな」
しゃがみ込んでよく見ると、地面に残ってるのは、どれも綺麗な丸いUの字になった足跡だ。これは、チケットをもらって乗馬体験に行った時に見た足跡にそっくりだった。野生の馬だとこんな風にはならないと、その時に聞いた覚えがある。
蹄鉄を打っているのかは判らないけれど、これは明らかに手入れされた蹄の跡だ。
「あれあれあれ、変だな? どうしてこんな所にいるんだ?」
いきなり目の前に現れたシャムエル様が、蹄の跡を覗き込みながら妙な事を言い出した。
「おい、何が変なんだよ?」
ヘクター達に聞こえないように、小さな声で尋ねる。
振り返ったシャムエル様は、困ったようにとんでもないことを言ったのだ。
「だって、この足跡の主はケンタウロスだもん。こんな所に居るはずが無いんだけどなあ」
「はあ? ケンタウロスだと!」
思わず大声で聞き返してしまい、俺は慌てて口を押さえた。
しかし、時すでに遅し……。
恐る恐る横を見ると、呆気に取られたヘクターとフランツ、そして村長の三人が揃って口を開けて、全く同じ驚愕に固まった表情で俺を見ていた。
ええと、これって……どうしたらいいんでしょうかね?
思わず、地面にいるシャムエル様を見ると、こちらも困ったように俺を見ている。
ええ? 一体、俺にどうしろっていうんだよー!
心の中で叫んだ俺は、多分、間違ってないと思う。