ベリーとフランマの仕事
「ご馳走さん。それじゃあ部屋に戻るよ」
「美味かったよ。それじゃあまた明日」
「ご馳走さん。それじゃあお休み」
笑顔の三人がそう言って部屋に戻って行き、俺は深呼吸を一つしてから静かになった部屋を見渡した。
「あ、いた。ベリー、果物はいるかい?」
庭に揺らぎを見つけて声をかけると、ふわりと姿を現したベリーとフランマが揃って嬉しそうに頷いた。だけど、なんだか二人とも昨日のハスフェル達みたいに疲れてるように感じた。
ベリーの動きが、なんだかいつもよりゆっくりだし、フランマに至っては、いつもフカフカの毛が情けないくらいにボソボソになっている。これは由々しき事態だ。
「ええと、そういえば今日は全然朝から……いや、俺が起きた時にはもういなかったよな? 何処かへ行ってたのか? それに、なんだか疲れてるみたいに見えるんだけど……」
すると、ベリーは小さく笑って肩を竦めた。
「昨日、ハスフェル達が妙な事を言っていたでしょう?」
「妙な事? ああ、パープルバルーンラットの大繁殖?」
「ええ、そうです。さすがにこの大穀倉地帯で、しかも人の生活圏に近い場所で大繁殖が起こるのは洒落になりませんからね。フランマと手分けして発生源になりそうな地脈の吹き出し口を調整してきたんです」
なんでもない事のようにさらっと言われて、聞き流しそうになったが思わず振り返った。
「ええと、今なんつった? 地脈の吹き出し口を調整して来たって、何それ?」
俺の言葉に、ベリーとフランマは顔を見合わせて揃って笑った。
「基本的にシャムエル様は、本当の非常事態以外は人の世界には干渉出来ません。ですが今回の大繁殖が人の世界に直接影響を及ぼすような事があれば、まずここの穀倉地帯が甚大な被害を受けます。それはつまり、世界を揺るがしかねない食糧危機に直結します。つまり大飢饉が起こるかもしれないという事になります。万一にでもそんな事態になれば、とんでもない大惨事になりかねませんからね。それで、フランマと相談して、私達が影からお手伝いする事にしたんです」
「ええと、そのお手伝いって?」
「今申し上げた通りです。地脈の吹き出し口を探して、そこを先回りして調整して来たんです」
「ええと、そんな事って可能なの?」
もしもそんな事が可能なんだとすれば、それってつまりジェムモンスター取り放題! って事じゃん。
それどころか、これだけジェムに依存している世界である事を考えたら、世界征服〜! なんてのだって十分可能だろう。
まあ、そんな面倒くさいのは、俺は絶対にごめんだけどね。
恐る恐るベリーを見ると、彼は苦笑いして頷いた。
「ただし、出来るのは出過ぎている地脈をいわば出し尽くさせて普通の流れに戻すって事です。逆は、誰にも出来ませんよ。地脈の吹き出しは、あくまでも自然現象です」
まるで俺の考えを読んだかのような言い方に、俺は小さく笑って首を振った。
「つまり、今ある出過ぎている、もしくは緩みそうになっている出口を閉めることは出来るけど、逆に、勝手に出口を作って開ける事は出来ないって意味だな?」
「上手い事言いますね。まあ、そう考えてもらって間違い無いでしょうね」
「へえ、なるほどね。だけど、簡単に言うけど実際にはどうやるんだ?」
大きなヤカンに水を入れながら質問する。
寝る前に、麦茶を沸かしておこうと思ったからだ。
「私やフランマには、地脈の流れが見えるんですよ。なのでちょっと詳しく探れば、吹き出し口自体は容易に見つかります、今まさに吹き出しそうになっている大繁殖が起こりそうな箇所なんかもね。それで、フランマと協力して、大きな吹き出し口を発見次第マーカーを付けておき、そこが開いた瞬間に一気に攻撃して力を相殺させたんですよ。おかげでまたジェムが大量に収穫されてますので、まとめてアクアちゃんに渡していますから、後で確認しておいてくださいね」
「おおう。そっか、地脈が吹き出した時点でジェム化するんだ」
「まあ、ちょっと他とは違うんですけれど、砕いて貰えば問題有りませんから」
「へえ……ええと……ちなみに、何処が違うか……聞いても良い?」
何やら物凄い嫌な予感がした俺は、恐る恐る質問する。
「貰ったのはこれだよ。他にもまだ沢山あるよ、数を数えようか? あ、まだ別のジェムのも沢山あるよ」
俺の言葉に。アクアが何やらとんでもないものをサラッと取り出して見せてくれた。
「はあ、ちょっと待て! 何だよこれ!」
叫んだ俺は、悪く無いと思う……多分。
アクアが差し出したそれは、いつものジェムとは全く違っていた。
それは、直径が2メートルくらいは余裕でありそうな、巨大な透明の塊だった。
しかし、よく見るとその表面は滑らかでは無く、ジェムっぽい模様や一部水晶のようなごく小さな六角柱の先が突き出していたりする歪な形をしていた。
例えて言えば、透明なジェムを半溶かしにして、ギュッと圧力をかけて無理矢理まとめて固めたみたいな感じだ。
「これは、言ってみればジェムの卵です。これが地脈の影響を受けてどんどん巨大化して、ある状態を超えると一気に分割してその瞬間に実体化します。つまりジェムモンスターになるんですよ。このバルーンラットなら数時間もあれば成体になりますね。特にこれはまあ、大繁殖の兆候のあった場所から採集したものですから、特に数も多いし密度も濃いですね。こんな状態のジェムは、まあ普通では決して見られないですね」
開いた口が塞がらないってのは、きっとこれの事を言うんだろう。
頭を抱えてしゃがみ込んだ俺は、念話で三人に助けを求めた。これは俺一人の手には余る。
「この一塊りで、だいたい一万個分くらいのジェムになります。今回は恐らく、全部でこんなのが、二、三十万個あったと思いますね」
またしても爆弾発言をいただき、俺は本気で気が遠くなった。
『なあ、頼むからちょっと大至急部屋まで戻って来てくれないか。ベリーが、なんだかとんでも無いものを出して来たんだよ』
慌てたような三人の返事が聞こえて、すぐに駆けつけて来てくれた。
三人共、装備を解いて剣だけ持った身軽な状態だ。
「ベリー、お願いだから……さっきの説明を、もう一度お願いします」
そう言ってソファーに倒れる俺を見て、立ったままだった三人の視線がアクアが持っている巨大な塊に釘付けになる。
「おい、何だそれは」
真顔のハスフェルは、仲間の俺でも怖いって。
ギイとオンハルトの爺さんもいきなり真顔になった。
「ご心配無く。もう大丈夫ですよ。大繁殖の心配はありません。これはいわば、その副産物です」
これまた平然と答えるベリーに、俺はもう完全に虚無の顔になって、すっかり忘れられてぐつぐつ沸いたヤカンを呆然と眺めながら、倒れ込んだソファーで大人しく聞いているしか出来なかったよ。