甘いお菓子と神様達の想い
「よろしくお願いします!」
部屋に来た三人が、嬉々としてサクラが出してくれていたお皿を手にそう叫んだ。
「おう、今焼いてるから座って待っててくれるか。あ、豆乳オーレも飲むか?」
「飲みます!」
これまた見事にハモって、それぞれマイカップを取り出す。
フライパンの様子を見つつ、取り出した片手鍋に、三人分の豆乳Aとホットコーヒーを入れて火にかけておく。
「それくらいならやるよ。沸騰しないように温めれば良いんだな」
フライパンが並んだ机の上を見て苦笑いしたギイが来てくれたので、豆乳オーレを温めるのは任せておく。鼻歌まじりに鍋をゆする彼を横目で見つつ、蓋を開けてかなり良い感じに火が通って穴が空いたパンケーキを順番にひっくり返した。
「おお、これまた良い感じに焼けてるな。よしよし」
もう一度蓋をして、じっくり火を通していく。
「こっちはもう温まったぞ」
得意気にギイがそう言って、差し出されたカップに温まった豆乳オーレを入れていく。
「お? ちょっと余ったぞ」
少し残った片手鍋を持って、ギイがそう言って俺を振り返る。
「ああ、残りは俺のカップに入れといてくれるか。もうちょい飲みたい」
「これだな、じゃあ入れておくよ」
そう言って、半分ほど残っていた俺の皿を見る。
「悪かったな。まだ食ってる途中だったのか」
「気にしなくて良いよ。冷めても美味しいんだよ。これ」
もう一度ひっくり返してから、順番にお皿に乗せてやった。
まだおからパンケーキの種はあと少し残ってるけど、とりあえず先に俺も残りを食べる事にした。
新作のおからパンケーキは、食べた三人から大絶賛を受けた。
まあ、これは混ぜ合わせるだけの簡単レシピだから、思いついた時にちょっと作れて良いんだよな。
それからシャムエル様も気に入ったらしく、席に着いた途端に目を輝かせて追加を要求されてしまった。笑ってもう一切れあげようとしたら、笑ったハスフェルが自分の皿から一切れ切り取ってシャムエル様のお皿に乗せてくれた。
しかも、彼はバターだけで蜂蜜をつけていない。
「あれ、蜂蜜は付けなかったのか?」
嬉しそうに貰ったパンケーキの欠片を両手で掴んでもぐもぐと食べ始めるシャムエル様を見て、俺はハスフェルを振り返った。
「甘いのは、あまり得意じゃなくてな。これはバターだけでも充分美味しいよ」
嬉しそうにそう言い、大きく切ったパンケーキをこれまた大きな口を開けて豪快に一口でいった。
「気に入って貰えて嬉しいよ。まだまだ材料はあるから、じゃあこれも作り置きメニューに入れておくよ」
「俺は、もうちょっと大きめでも良いぞ」
空の皿を見て何だか寂しそうなハスフェルの言葉に、俺は笑って肩を竦めた。
「じゃあ今度から二枚乗せてやるよ。俺は、もうちょい小さくして薄めに焼いたのを、段々に積み上げたのが好きだったんだけどなあ。それに蜂蜜をかけると、間に染みて美味しかったんだよ」
賄い担当だった時に、半分冗談でこれを直径10センチ弱位に焼いたのを何枚も重ねて出してやったら、店長と奥さんが、何故だか二人揃って大喜びになり、後日、店の隠しメニューになったんだったっけ。
そんな事を思い出して小さく笑って残りを平らげていると、突然頭の中に懐かしい声が聞こえて俺は飛び上がった。
『何それ可愛い。今度はそれをお願いします!』
思わず吹き出したその言葉に、ハスフェル達までが揃って吹き出す。
どうやら、今の声は彼らにも聞こえていたみたいだ。
「シルヴァ……何やってるんだよ」
笑いながらそう呟くと、ハスフェルとオンハルトの爺さんも笑いながら揃って頷いている。
「まあ、もともとあいつは甘いものが好きだからな。自分の知らないお菓子が出てきて喜んでたみたいだったぞ」
口元を押さえながらギイがそう言ってまた笑っている。
おからパンケーキって無かったんだ。誰か作ってそうなのにな。
「甘い物かあ。だけど俺が知ってるレシピって、これとカトルカールぐらいだな」
腕を組んで知ってるレシピを考えるが、定食屋の賄いで作ったこれと、ネットで見かけたカトルカールくらいしか思い付かない。
ちなみにカトルカールのカトルはフランス語の4って意味で、カトルカールでそのまま四分の四って意味だ。
つまりその名の通り、小麦粉と砂糖、それから卵とバターを同量混ぜて焼くと言う、恐るべきカロリーのお菓子だ。
基本的なレシピで、各100グラムだもんな。それにナッツやドライフルーツの刻んだのがこれまた大量に入るんだぞ。怖くてカロリー計算出来ねえよ……。
そのカトルカールが、一般にはパウンドケーキって名前の方が有名だって事を知ったのは、会社に入って初めての年に、同僚の女子達がくれた義理チョコ返しの品を探しにケーキ屋へ行った時だったな。
皆喜んでくれたから良いけどさ。あれ、カロリー知っても喜んでくれたか今だにちょっと気になってる。
ちなみに、パウンドケーキのパウンドの意味を調べると、元は1ポンドずつ使って焼いたからだって話も知り、これまたどれだけのカロリーなのか考えて、気が遠くなったんで詳しいレシピを覚えてるんだよ。
「じゃあそのうち焼いておくよ。お楽しみに」
空のままになっている祭壇を見ながらそう言うと、いきなりするりと収めの手が出て来て、俺に向かって親指と人差し指で丸を作って見せたのだ。いわゆるOKマーク。
で、そのまま消えてしまった。
それを見た俺だけじゃなく、シャムエル様を含めた全員が揃って大爆笑になった。
「収めの手に何させてるんだよ。あれってもっと神聖なものじゃないのか?」
机の上でまだ笑い転げているシャムエル様に、呆れたように言ってやると、何とか起き上がったシャムエル様は俺の肩に一瞬でワープして来た。
「シルヴァ達はずっとケンの事見ているからね。彼女達にしても、他の一般の人達からの捧げ物はもちろん有り難いんだけど、ケンのように直接彼女達を知っている訳じゃないでしょう。だから込められている想いには、やっぱり差が出るんだよね。だからさ、ケンから貰うのは、たとえビスケット一枚でも本当に嬉しいんだって、いつもそう言ってるよ」
「確かにそうだな。ありがとうケン。あいつらの事を忘れないでくれて」
改まったハスフェルの言葉に、俺の方が慌てたよ。
俺にしてみれば単なる自己満足。あれだけよく食べてた彼女達が、もう食べられないのは何だか寂しくて始めただけの事だ。
それなのにそんな風に喜ばれたら……ちょっと張り切っちゃうだろうが!
「分かった、じゃあこれからもガンガン供えさせてもらうよ。この後、また新メニューを作る予定だからな」
三人とシャムエル様が大喜びで拍手するのを見て、俺はちょっとドヤ顔になったよ。
さて、それじゃあ何から作ろうかね?