新作はおやつか軽食
宿泊所の部屋に到着した俺は、まずは装備を外して身軽になった。もう今日は出掛けないから脱いでも問題無い。
それから水場で手を洗ってからサクラに綺麗にしてもらった。
本当なら手を洗わなくてもサクラが全部綺麗にしてくれるんだけどね。なんとなく習慣で手を洗ってます。手洗い大事だよな。
「さてと、ちょっと腹が減ってるんだけど……夕食までまだかなりあるしな。何か食っとくか」
キャベツサンドって、食った時は案外腹いっぱいになるんだけど腹持ちはあんまり良く無いみたいだ。スルッと消化しちゃった気がするぞ。
正直言ってちょっと小腹が空いてきている。
「ううん、何か……あ、あれを作ろう。今なら材料は全部ある。それに、あれなら余っても問題無いからな」
手を打った俺は、足元で分解して好き勝手に転がっているスライム達を見た。
「サクラ、料理するから、今から言うものを出してくれるか」
「はあい、何から出す?」
ぽ〜んと跳ね飛んで机の上に上がって来たサクラは、何だかやる気満々だ。
「まず、普通のコンロと大きくて平たいフライパン、それからフライ返しも頼むよ」
「まずは道具だね。一個ずつ?」
「ああ、それで良いよ。大きいボウルが一つと……」
まずは調理道具を一通り出してもらい、備え付けの大きな机に並べて行く。
「小麦粉と砂糖。あ、三温糖の方な。それからおからA、豆乳A、オリーブオイルとサイコロバターも頼むよ」
「はあい、順番に出しま〜す」
ご機嫌で答えるサクラから、取り出してくれた食材をこれも机の上に並べて行く。
ちなみに、あの老夫婦の店で買った豆腐などにA、後からの量販店っぽい店で買った方をBって名前を付けて分けて管理している。別に、AランクBランクとかって意味じゃ無い。単なる分ける為の記号だよ。
まずは、大きい金属製のボウルに、計量カップに使っているマグカップに一杯分の薄力粉を入れ、オカラも同じくマグカップ一杯分を計って入れる。そこに三温糖をマグカップ三分の一くらい入れる。
「そして、これを使います!」
取り出したのは、いわゆる泡立て器だ。
硬い針金を真ん中から丸く曲げて、柄の部分でまとめてある。さっき道具屋で見つけて買ってきた。これがあれば、ちょっとしたお菓子も作れる……多分。
とりあえず、今から作るこれは、定食屋の賄いで何度か作った事があるから大丈夫だ。
ボウルに入れた材料を泡立て器を使って丁寧に混ぜ合わせる。綺麗に混ざったら豆乳もマグカップ一杯、これは、ダマにならないように少しずつ混ぜながら入れていく。
滑らかになったら、少し置いておき、その間にフライパンを中火にかけて温める。
「温まったら、ここにオリーブオイルを入れて伸ばすっと」
独り言を呟きつつ、綺麗にフライパンに油が回ったら、さっき作った種をおたまでたっぷりすくってフライパンに落とす。
「火は弱めの中火っと」
もう少し弱くして大きめの蓋をする。
待つ事しばし。
「そろそろ良いかな?」
そっと蓋を開けると、一気に湯気が上がって慌てて逃げる。
「おお、良い感じになった」
表面に大きな穴がプツプツと空いてる状態だ。タイミングバッチリ!
金属製のフライ返しで、そっとひっくり返す。
「おお、我ながら完璧な焼き目じゃん。美味そう」
綺麗な薄茶色に付いた焼き目に、思わず嬉しくなる。
「あ、サクラ、蜂蜜の瓶も出しておいてくれるか。小さい方の瓶で良いぞ」
さっき、言うのを忘れていたのを思い出して、俺はまた蓋をしたフライパンを持ったままサクラを振り返った。
「了解、ここに出しておくね」
「それから平たいステーキ用のお皿を二枚出してくれるか」
「はあい、ここで良い?」
取り出したお皿は、蜂蜜の瓶の隣に置いてくれる。
「一枚だけこっちにくれるか。後はそこで良いよ」
「はいどうぞ」
サクラの触手がニュルンと伸びて、コンロの横にお皿を置いてくれる。
「さて、そろそろかな」
そう言って、今度は最初から少し離れて蓋を開ける。
「おお、完璧」
綺麗に焼き上がったそれを、もう一度フライ返でひっくり返す。真ん中を軽く押さえて、火が完全に通っている事を確認してからそのままお皿に乗せる。
「ここにバターを一欠片。よし完成だ」
一旦コンロの火を消してから、俺は出してあった、いつも使っている折り畳み机の大きい方にそれを置いて座りかけた。
「あ、ちょっと待てよ。これは絶対好きそうだな」
持ったままのお皿を見て小さく呟き、小さい方の折り畳み机に、サクラに頼んで出してもらった祭壇用の布を、スライム達にも手伝ってもらって敷いてから、そこにパンケーキの乗ったお皿を置いた。カトラリーと蜂蜜の瓶も一緒に置く。
「ううん、こうなるとやっぱり飲み物も欲しいな。サクラ、片手鍋の小とマイカップ。それからホットコーヒーを出してくれるか」
渡されたマイカップに、まずは豆乳を半分ほど入れそれからコーヒーを注ぐ。それをそのまま片手鍋に移して、火をつけたコンロにかけておく。
すぐに温まったので、そのままマイカップに注いで祭壇のお皿の横に置く。
それからそっと手を合わせて目を閉じた。
「新作の、おからパンケーキと豆乳オーレです。これは食事って言うより、おやつか軽食だけど、きっと気に入ってもらえると思うよ」
そう呟いて一呼吸してから目を開くと、丁度、俺の頭を撫でてくれたいつもの半透明な手が、パンケーキを撫でている所だった。
それから、横に置いた蜂蜜の瓶と豆乳オーレの入ったカップも撫でてから消えていった。
「さて、それじゃあ俺もいただこう」
収めの手を見送ってから、手早く大きい方の机に持って来て座る。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! ジャジャジャン!」
いつもよりも、やや激しい味見ダンスのシャムエル様が、お皿を振り回して飛び跳ねている。
「は、や、く! は、や、く! は〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っやく!!」
いきなり俺の右肩にワープしたシャムエル様が、お皿を俺の頬に水平に押し付けてまた踊り出した。
だからそれ、地味に痛いからやめてくださいって。
「分かったから落ち着け。ちゃんとあげるって」
笑ってお皿を受け取り横に置くと、おからパンケーキを半分に切って、バターがたっぷり染みた真ん中の部分を大きく切ってやる。
その上に蜂蜜をたっぷりかけてから、待ち構えているシャムエル様の前に置いてやった。いつもの盃には、マイカップからスプーンですくって豆乳オーレを入れてやる。
「はい、お待たせ。新作のおからパンケーキと豆乳オーレだよ」
「うわあ、美味しそう!」
目を輝かせたシャムエル様は、蜂蜜の乗ったパンケーキに、いつものように顔面から文字通り飛び込んでいった。
「後で綺麗にしておけよ」
あっという間に蜂蜜まみれになったその顔を見て小さく笑った俺は、自分の分には蜂蜜を少しだけ回し掛けてから食べ始めた。
「ううん、これを焼いたのって久し振りだけど、我ながら完璧な焼き具合だな」
大満足でそう呟き、後はもう黙々と食べた。時折、豆乳オーレも飲みながら半分くらい平らげた時、いきなり頭の中に三人の声が響いた。
『おおい、何一人で美味そうなもの食ってるんだよ! シルヴァ達からめっちゃ自慢されたぞ!』
それを聞いた瞬間思わず吹き出してしまい、口に入れかけたパンケーキをあわや取り落とす所だった。シルヴァ達、神様なのに何してるんだよ。
『いきなり驚かせるなよ。ちょっと小腹が空いたから、簡単なおやつを作って食べてるだけだよ』
『俺も小腹が減ったからそれを焼いてください! お願いします!』
これまた三人同時の叫びに、もう笑いを堪えられなかった。
『じゃあ来いよ。まだ種はたっぷりあるから焼いてやるよ』
『お願いします!』
これまた仲良く叫ぶ声が聞こえて、プッツリと気配が消える。
「じゃあ、あいつらの分も焼いてやるか。しかもこれって、冷えてももっちりしてて美味いんだよな」
笑ってカトラリーを置いた俺は、食べかけのパンケーキはそのままにして、サクラに頼んであと二組、コンロとフライパンを出してもらうのだった。