その後のガーナさんと豆腐屋での追加の買い出し
「大丈夫ですか? 気をしっかり持ってくださいよ」
ようやく笑いが収まった俺は、まだ従魔達に取り囲まれて埋れているガーナさんの救出に向かった。
彼的にはここで昇天しても本望かもしれないけど、それは俺が困る。
もふもふの海に分け入り、ラパンとコニーの隙間から、何かのアニメで見たような感じに突き出ていた右腕を掴んで引き起こしてやる。
起き上がったガーナさんは、それはもう凄い状態になっていた。
綺麗にセットしてあったやや長めのくせのある髪の毛は、それはもう見るも無残にぐちゃぐちゃになってるし、頬は興奮のあまり紅潮していて子供のリンゴのほっぺみたいに真っ赤になってる。
そして見なかったことにしたけど、若干、というか……かなりのよだれが……。
服も、ズボンからシャツが完全に飛び出しているし、そのシャツの前のボタンも半分以上開いてお腹が完全に見えている。
パッと見た感じ隙間から見える腹は、筋肉よりも脂肪の方が多そうだ、うん、腹筋はもうちょい鍛えた方が良さそうだね。
「ああ、ありがとうございます……ちょっと本気で昇天するかと思いましたよ」
ポケットから取り出したハンカチで汚れた口元を拭いながら、笑ったガーナさんは自分を見ているマックス達を振り返って、それから満面の笑みで振り返り、俺に向かって深々と頭を下げた。
「大切な従魔達を触らせてくださって、本当にありがとうございました。本当に、本当に人生最高の時間を過ごさせて頂きました」
すごく丁寧なお礼の言葉に、俺も笑顔で一礼した。
「楽しんでいただけたようで、よかったです。こいつらも、楽しんでたみたいですからね」
ハンカチをポケットの戻そうとして、ようやくガーナさんは自分の姿に気が付いたらしい。
気づくの遅っ。
さっきハンカチ出した時は、もしかして無意識だったのか?
慌てたように前髪をかき上げて俺に背を向けて、シャツのボタンを閉めて身支度を整えてる。
堪えきれずに笑っていると、乱れた髪以外はまあ元通りになったガーナさんが振り返った。
何となく顔を見合わせて同時に吹き出した。
もうガーナさんも大丈夫そうなので、そろそろ行こうかと思って鞄を持ち直すと、鞄の中から分解してソフトボールくらいになったアクアが出て来た。
「あれ、まだいたんですか?」
目敏くそれに気付いたガーナさんの視線は、鞄の肩紐のところから自分を伺っているアクアに釘付けだ。
「それは……もしかしてスライムですか?」
「ええ、そうですよ。こいつは俺の一番最初の従魔です。普段は鞄の中にいる事が多いんですけどね。どうやら、騒ぎを聞きつけて出て来たみたいですね」
笑った俺はアクアを手に乗せてガーナさんに見せてやる。
「さ、触ってもよろしいですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
差し出された掌に、そっとアクアを乗せてやる。
「おお、これまた何とも不思議な感触ですね。可愛い。硬いゼリーみたいだ」
左手でアクアの頭を撫でながら、これまた嬉しそうに笑っている。
しばらくガーナさんに撫でられていたアクアは、手の上からポヨンと飛び跳ねてそのまま地面に飛び降り、もう一度飛び跳ねて俺の腕に飛び上がって戻って来た。
「ああ、戻っちゃいましたね」
残念そうにそう言って笑ったガーナさんは、改めてもう一度深々と頭を下げた。
「本日はご来店頂き、誠にありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
「こちらこそありがとうございました。まだしばらくはこの街にいる予定なので、また来ますね」
笑顔で見送ってくれたガーナさんに手を振って、俺達は駐車場を後にした。
「ああ、面白かった。しかし、お前達も大騒ぎだったな」
飛びついて来たタロンを抱き上げてやり、小さな頭を撫でながら元来た道を通って、最初に豆腐を買った老夫婦が店をやってる豆腐屋へ向かった。
「おや、こんにちは。冒険者のお兄さん……」
丁度水槽の中に新しい豆腐を入れていたおばあさんが、近寄って来た俺に気付いて顔を上げた。
しかし、その笑顔は俺の背後にいる巨大なマックスとニニを見てそのまま固まってしまった。まあ、いきなり見たらこうなるか。
「ああ、こいつら全員俺の従魔ですから大丈夫ですよ」
慌てたようにそう言って、目の前で手を振ってやる。しかし反応無し。
「おおい、戻ってきてくださ〜い」
困ったように俺が声を掛けるが、おばあさんは微動だにしない。
「おい、どうした。大丈夫か? うわあ、そいつは一体何だ!」
店の奥から声がして、大きな桶を抱えた小柄なおじいさんが出て来た。ザ、職人! って感じの頑固そうなおじいさんだ。
しかし、威勢良く出て来たのはいいけど、やっぱりマックス達を見て、見事に固まった。
……沈黙。
「あの、豆腐が欲しいんですけど!」
爺さんの耳元で、大きな声でそう言ってやる。
その瞬間、見事なまでに二人はその言葉に反応した。
「ああ、申し訳ありません」
二人揃って我に返って慌てて頭を下げる。
「いや、こちらこそ驚かせたみたいで申し訳ありませんでした。こいつらは皆俺の従魔ですから、大丈夫ですよ。いきなり毛を毟りでもしない限りね」
最後の一言は、背後から近寄って来てニニに触ろうと、手を伸ばしていたおばさんに向かって言ってやる。
慌てたように走って逃げるのを、俺だけでなくお二人までが呆れたように眺めていた。
「触りたくなる気持ちは分かるが、人の飼ってる動物を、許可も無く勝手に触っちゃならんだろう。馬だって知らん人にいきなり触られたら、怒って背中の人を振り落とすぞ」
真顔のおじいさんの言葉に、おばあさんも真顔で頷いている。
「皆がそう思ってくれてると良いんですけどねえ」
苦笑いした俺の言葉に、じいさんは慰めるように背中を叩いてくれた。
「それで、何にするね?」
「ああ、一通り全部ください、ええと……二十個ずつもらっても大丈夫ですか?」
前回来た時よりも全体に量が多い。これなら前回の倍もらっても構わないだろう。
「ありがとうございます。何か入れ物は有りますか?」
おばあさんの言葉に、空の大鍋を取り出してそこに種類ごとに分けて入れてもらった。
おからは沢山あると聞いたので、お願いして大量に鍋に入れてもらった。
そして、前回聞き損なったので改めて聞いてみたら、有りましたよ豆乳。これも量り売りしてくれるらしいので、お願いして空いた牛乳瓶に大量に詰めてもらった。
一応、仕込みに影響ない範囲で、って言ったよ。
「それじゃありがとうございました。また来ますね」
見送ってくれた二人に手を振って、俺は前回も買ったもう一軒の豆腐屋に向かった。
あそこも決して不味いわけじゃない。どちらかと言うとスーパーで売ってるちょっと高級な豆腐って感じだ。普段食べるなら、値段も安いし充分有りだよ。
こちらでも、改めて大量購入。
それからここでも量り売りしていると聞き、豆乳を空いていた牛乳瓶に入れてもらって、こちらも大量購入。
よしよし、これでしばらく豆乳オーレが楽しめるぞ。
頭の中で、何から仕込むか考えながら、途中に見かけた店でも足りなさそうな物をちょくちょく買い足し、のんびりと宿泊所へ戻ったのだった。