至高のもふもふタイム
抱きついていたマックスの大きな頭を離した俺は、我に返って困ってしまった。
ガーナさんにマックス達を紹介するつもりだったんだけど、他の人を追い散らしたすぐ後に、ここでガーナさんだけに触らせるのもなあ。
それに、また人が集まってきたらまずいよな。
無言で困っていると、ガーナさんがマックス達を見て、それから俺を振り返った。
「あの、群衆を散らしてくださってありがとうございます」
改まって真剣な様子でそう言うと、小さくため息を吐いて俺の横にいるマックスを見上げた。
「それに、申し訳ありませんでした。貴方が魔獣使いなのは知っていたのですから、先に従魔の存在を確認すべきでしたね。あの……店の裏側に、大型の荷馬車などでご来店頂いたお客様用の広い厩舎があるんです。従魔の方々は、どうぞそちらに」
深々を頭を下げて店の横にある門がある私道を示した。
これは要するに、他の人に見えない場所でマックス達をモフりたいので、是非是非こちらに来て下さい! ……って俺には聞こえたよ。
苦笑いした俺は、ガーナさんについて、開けてくれた門を通って横の道から裏へ回った。当然マックス達も全員ついて来る。
幸いな事に、今は誰も使っていなかったようで、地面に案内用の線が引いてあるだけの広い駐車場みたいな場所に来た俺は、立ち止まってすぐ側に来たニニの首を撫でてやった。
立ち止まったガーナさんは、何故だかそのまま立ち止まってる。
「ええと、ガーナさん?」
「あの! もう、後ろを向いてもよろしいでしょうか!」
「はあ? ええ良いですよ」
何やら、力一杯の声で言われて、ビビりつつ俺が返事をした瞬間、ガーナさんはもの凄い勢いで振り返った。
「凄い、凄い、凄い! 凄すぎます!」
拳を握りしめてそんな力一杯叫ばれても……俺にどうしろと?
予想以上のもの凄い反応にドン引きしている俺を置いて、ガーナさんはキラッキラに目を輝かせてマックスを見上げた。
「この子が噂のハウンドですね!」
「え、ええ、ヘルハウンドの亜種で、マックスです」
「それであの! 触らせて頂いてもよろしいでしょうか!」
今ここで断ったら、そのままショック死しそうな勢いだ。
「ええ、良いですよ。毛や耳を引っ張ったり、目の辺りを触るのはやめてくださいね」
念の為、マックスの首輪を掴んでそう言ってやると、何度も頷いたガーナさんは震える手を伸ばしてそっとマックスの首輪の横辺りを触った。
それはもう、壊れ物か赤ん坊に触るくらいの丁寧な触り方だ。
「うおお、これは素晴らしい……ハウンドに触っているなんて夢のようです……」
マックスを撫でながら、感動のあまり、まるでスライムのようにプルプル震えている。
その時、少し下がって面白そうに見ていたニニが動いた。
ガーナさんの背後から、背中に額を擦り付けるようにして頭突きしたのだ。
「うひょ!」
何とも奇妙な声を上げた彼は、後ろを向いて、自分のすぐ背後に、いつのまにかニニが近寄っていた事に気付いて目を見開いた。
そして、これまた、もの凄い勢いで俺を振り返る。
「あの! この子も、この子も触らせて頂いてよろしいでしょうか!」
「ええ、良いですよ。注意はさっきと同じです。嫌がるようならやめてくださいね」
そう言って、マックスの首輪を離してニニの側へ行く。
「この子はレッドリンクスの亜種です、名前はニニ」
首輪をそっと掴んでやると、ガーナさんはそれを見てから、これまたこれ以上無いくらいに優しくニニの頬の辺りを触った。
あ、そこは腹毛と並んで、ニニのもふもふ度最高値の場所だぞ。
内心そう呟いて見ていると、手が完全に埋もれたそれを見て、ガーナさんの目が、こぼれ落ちるんじゃ無いかってくらいに見開かれる。
「あの……この子、まさかと思いますが……中身がありませんよ?」
それを聞いた瞬間、俺は吹き出した。右肩では黙って見ていたシャムエル様も吹き出している。
「そこはニニの毛の中でももふもふな場所なんですよ。大丈夫ですからゆっくり手を突っ込んでみてください」
笑ってそう言い、マックスの首に向かって、手を垂直にして指先でそっと触ってやる。
恐る恐る、と言った様子で、人差し指がニニの頬毛に埋もれていく。
「あ、当たった」
ようやく身体に当たって止まったみたいだ。だけどそう言った時には、完全にガーナさんの手首までが、ニニの頬毛に埋もれていた。
「これはまた、最高ですね……本当に、どうしてこんなにも柔らかいんでしょうか……」
もう、夢見心地といった様子で頬を紅潮させてうっとりと呟き、なんとか手を引っ込めたが、手首まで沈んだ自分の手を嬉しそうに見つめている。
「どうぞ。この子ももふもふですよ」
笑ってマックスの背から降りてきた、中型犬くらいの大きさになったラパンとコニーを見せてやる。
「ふぉおおおお! これはまた。これはまた何事ですか! あの、よろしいのですか?」
またしても奇声を発したガーナさんは、笑った俺が差し出したラパンを震える両手で受け止めた。
「ああ、最高すぎる。もうこのまま昇天しても良いです……」
そう呟いて、ラパンの背中側のフワフワのモフ毛に顔を埋めた。
……沈黙。
「あの……ガーナさん? 大丈夫ですか?」
ラパンを抱きしめたまま微動だにしなくなったガーナさんに、俺は苦笑いしながら声を掛ける。
「大丈夫です。今、私……自分史上最高の幸せを噛み締めております」
どうやら、嬉しすぎて動けなかったらしい。
もうここまで喜んでくれたら、何だかこっちまで嬉しくなってきたよ。
しかもガーナさんは、どの子に触る時も必ず俺の許可を取ってくれるし、あの丁寧な触り方を見れば、ちゃんと従魔達にも気を遣ってくれているどころか、敬意を払ってくれているのが分かる。
めっちゃ良い人じゃん。
そう思ったのは俺だけでは無かったようで、ようやく大きな深呼吸をして顔を上げ、ラパンを下ろしたガーナさんに、今度は大型犬よりも大きなサイズになったコニーが飛びついて行った。
「ふわぉう〜@#$%&*〜〜〜〜!」
後半は全く聞き取れない奇声になり、巨大コニーに抱きついた直後、ニニとマックスが両側から優しく頭突きをして、さらにソレイユとフォールとタロンが三匹揃って、小さい猫サイズのままでガーナさんに飛び掛かってそのまま押し倒した。全員が、完全に面白がって飛び掛かっていく。
あっという間に、もふもふの中にガーナさんが沈没して見えなくなる。
「あぁ〜@#$%&*〜〜〜〜!」
先程よりも、更に意味不明な悲鳴を上げたガーナさんに、俺は堪えきれずに吹き出してその場にしゃがみ込んだ。
「ああ、もう最高です! 俺、今ここで死んでも良いです〜〜〜〜!」
もふもふの中から聞こえたその歓喜の叫びに、笑いが止まらなくなった俺は膝から崩れ落ちたのだった。