ギルドからの依頼
「じゃあな。ごちそうさん」
「悪いな、奢ってもらって」
店の前で、申し訳なさそうにそう言って手を振るヘクターとフランツに手を振り返し、俺は大きな欠伸をした。
ヘクターとフランツはあちこち渡り歩いているらしく、俺は持っていた地図を取り出して、かなり詳しい話を教えてもらった。
とにかく今の俺は情報が不足してるから、知り合いがいるのは有難いよね。
お礼がわりに今夜も俺が三人分支払ったよ。今のところ資金は十分あるからね。
それに、あのカエルの買い取り金額は幾らになるのか、ちょっと楽しみだよ。
ぼんやりとした街灯の付いた通りを、ゆっくり歩いて宿泊所へ戻る。
うん、別に俺は酔ってなんか無いぞ。ちょっと世界が回ってるだけで……。
ようやく到着した宿泊所の部屋で、まずはマックスの鞍をはずしてやる。それから自分の防具を脱いでサクラに綺麗にしてもらって、早々にベッドに潜り込んだ。
もちろん、ニニとマックスとラパンの豪華もふもふトリオの真ん中でね。
「ああ、このもふもふ……幸せすぎるよ……」
ニニの腹毛にもふられつつ、俺は気持ち良く眠りの国へ急降下したよ。
ぺしぺしぺし……。
「はいはい、起きます起きます……」
薄眼を開いた俺の目に飛び込んできたのは、呆れ顔のシャムエル様だった。
「うう……おはよう」
挨拶をして、上を向いてなんとか起き上がる。ちょっと頭が痛いのは、気のせいだと思いたい。
無言でそのままもう一度転がる。
「まあそんなによく寝られるね。いい加減起きれば? もう昼近いよ」
それを聞いて、思わず飛び起きた。
「おはよう。やっと起きたね」
笑ったニニにそんなこと言われてしまい、俺はとりあえず笑って誤魔化したよ。
とにかく顔を洗って身支度を整える。
マックスの背中には鞍を乗せてベルトを締める。マックスも慣れたもんで、足を通すのに、ちゃんと自分で足を上げてくれる。本当に良い子だな。よしよし。
「じゃあ、飯食いに行くか」
大きく伸びをして体をほぐすと、とにかく外へ出ることにした。
いつもの広場の屋台で、まずはコーヒーをマイカップに入れてもらう。
「お、タマゴサンド発見!」
初めて見た屋台で、分厚く切った食パンに卵をたっぷり挟んだサンドイッチを見つけて即購入。広場の端にある椅子が空いていたので、そこに座ってのんびりと食べた。
「これ美味いな。ちょっとまとめて買って行っても良いかも」
塩味がしっかり効いたタマゴサンドは、なんだか懐かしい味がしたよ。
満足した俺は、もう一度屋台に戻って並んでいるパンを見た。
「いらっしゃいませ。あれ、先程買って頂いた方ですよね?」
マックスとニニは、少し離れた所で待っているので、怖がる様子は無い。
「ええと、そのタマゴサンド、まとめて買わせてもらっても良いですか?」
「は、はい。もちろんです!」
喜ぶ店員のおばさんに、数えてもらったら、在庫分も合わせて25個あった。よしよし。
袋が無かったので、お金を払ってから、鞄から取り出したお皿に並べてもらった。袋にお皿ごと入れて、お店を後にした。
マックスの陰に隠れて鞄に袋ごと押し込む。後で整理しておこう。
それから、いくつかのお店を覗き、コーヒーを淹れて置いておくのにぴったりの水差しを見つけて、いくつかまとめて購入した。
「そう言えば、お茶って無いのかな?」
コーヒー豆のお店は何軒か見つけたが、お茶を置いている店は見当たらない。
「緑茶か麦茶とかがあったら嬉しいんだけどなあ」
探して回ったが、結局お茶の葉を売っている店は見つからなかった。残念。
冒険者ギルドまで戻って来たので、先に昨日のジェムの買取金額を引き取る事にする。
建物の中に入ると、相変わらずの大注目だが、もうだんだん慣れて来て平気になってきた。
人間って、何にでも慣れるもんだね。
「おお、お前さんか。待っていたぞ。こっちへ来てくれ」
爺さんが奥から出てきて、いつもの部屋に俺を引っ張って行った。
「ほれ、用意出来とるぞ」
革の巾着が目の前に置かれる。
「買取金額だが、どれも素晴らしい状態だったよ。って事で、一つ金貨2枚を付けさせてもらった。合計は金貨100枚だよ」
おう、これまた高額買い取り来たね。
手にした巾着は、どっしりとした重さがあった。うん、これで当分の間資金の心配はいらないね。
鞄に巾着を入れて立ち上がろうとした時、爺さんが慌てたように俺を止めた。
「なあお前さん。ちょっと聞くが、いつまでこの街にいてくれる?」
昨日のヘクターと同じ事を聞いてくる。
「ええと、あと二日は宿を取ってるんでいますけど、その後はまだ決めてません。何故ですか?」
爺さんの話の予想はついたが、とりあえず知らんふりをしておく。
「だったら、ギルドに依頼が来てるんだよ。もし良かったら話だけでも聞いてくれんか」
真剣な顔の爺さんに頷いて、改めて坐り直す。
聞いた話は、ヘクターから聞いたのと変わらない内容だった。報酬は爺さん曰く、何も無ければ高額報酬だが、万一魔獣と戦いになるなら、まあこれでは正直割りに合わない安い金額だと言われた。
「三つの村からの合同依頼だが、正直言ってどこも裕福な村では無いからな、これでも精一杯の金額なんだと思う。出来れば受けてやってもらえないか?」
ちょっと考えて爺さんを見た。
「あの、その話なら、昨夜ヘクターから聞きました。彼とフランツにも話が来てるって聞きましたけど、報酬ってそうなると……」
「まあ、三等分だなぁ」
苦笑いする爺さんに俺も笑うしか無かった。つまり、何もなくても三分の一なら、大した金額じゃ無いって暗に言ってくれてるわけだ。
「成る程ね。ヘクター達はどうするって言ってました?」
俺がそう聞くと、爺さんはなぜかドヤ顔になった。
「彼らはこう言った依頼も嫌がらずに受けてくれるんだよ。有難い話さ」
それを聞いて俺は頷いた。
「分かったよ、じゃあ手伝う。で、どうすれば良いんだ? 俺はヘクターがどこにいるのか知らないんだけど」
よほど俺の返事が意外だったらしく、爺さんは文字通り飛び上がった。
「ほ、本当か? 本当に行ってくれるのか?」
縋るように俺の腕を掴んでくる。
「まあ、ちょっと気になる事があるんで、とりあえず現場を見てきますよ」
「感謝する。それならこっちからヘクターに連絡する。ちなみに、お前さんの今日の予定は?」
「まあ、今日は街にいる予定だったんで、急いだ方がいいならすぐにでも行けますよ」
「だったらここで待っててくれ! すぐに連絡する!」
慌ててそう言うと、爺さんは立ち上がって部屋から走って出て行ってしまった。
ええ、今日は部屋で作り置きのコーヒー淹れる予定だったんだけどなあ。
仕方がないので、座って大人しく待っていると、ヘクターとフランツが一緒に来た。
爺さん仕事早いな、おい。
「受けてくれるんだって。有難いよ」
「じゃあ早速ですまないが、もう出発する。構わないか?」
部屋に来るなり、二人が揃ってそんなことを言う。
「構わないけど、随分と慌ててるんだな。昨夜の話では、そんな緊急性は無さそうだったのに」
苦笑いする俺に、ヘクターも笑っている。
「こう言うのはとっとと片付けるに限る。時間をおいて被害者が出ても困るからな」
納得した俺は、鞄を手に立ち上がった。
「じゃあ、もう行くか?」
「ああ、よろしくな」
差し出された手を順に握り返し、顔を見合わせて笑い合った。
「本当にありがとうな、事務手続きはこっちでしておくから。早いとこ行ってやってくれ」
じいさんに言われて、俺達は揃ってギルドの外へ出た。
さて、一体何が出るのかね? 行ってみてのお楽しみってか?