スライムを捕まえてみる
「いくら歩いても、やっぱり全然景色が変わらないんだけど……」
思わず愚痴る俺に、マックスが嬉しい提案をしてくれた。
「ご主人、よければ私の背中に乗ってください。その方が早いですし移動も楽でしょう」
「ええ! 良いのか?」
「ニニの背中にも乗れますが、彼女の毛は柔らかいですから滑りやすいです。私の方が乗りやすいと思いますよ」
ドヤ顔で自慢げに胸を張ったマックスは、そう言って伏せてくれた。
「ありがとう。じゃあ、遠慮無く乗せてもらうな」
カバンの紐を頭と右腕に通して、体に沿うように背中側に斜めにかけてしまう。こうすれば両手が空くので、マックスの毛に掴まる事が出来るだろう。
「しっかり掴んでくださって構いませんよ。ご主人が掴んだぐらいでは痛くありませんから」
「分かった。じゃあ遠慮なく掴ませてもらうよ、俺も落ちるのは嫌だからな」
そう言って背中によじ登って跨ると、首輪の下辺りのみっちりと詰まった毛を掴んだ。
「ええと大丈夫か? 本当に痛く無い?」
遠慮がちに聞いた俺に、マックスは嬉しそうに尻尾を振りながら答えた。だからなに、そのドヤ顔。
「はい、問題ありません。では行きましょう」
ゆっくりと起き上がったマックスの背の上で、俺は思わず歓声を上げた。
「うわあ、視界が全然違うぞ。あんなに遠くまで見渡せる! ……でも、やっぱりなんも見えねえよ」
「大丈夫です。すぐに街道に着きますよ」
自信ありげにそう言って、初めはゆっくりと、しかしあっという間に二匹は並んで走り出した。
驚く程に速い! これって、車に乗ってる時ぐらいの速さに感じるぞ。うん、ちょっと怖いかも。
若干ビビりつつ、あっという間に流れる景色を見ながらしがみ付いていて、不意にシャムエル様の言葉を思い出した。
慌てて、マックスに話しかける。
「待った待った! おいって、もう少しスピード落とした方がいいんじゃないか? ほら、シャムエル様が言っていただろう? スライムと戦って仲間にしろって」
「はい。ですがスライムがいるのは、もう少し先です。まずはそこまで行きましょう」
どうやらこいつらにはちゃんと分かっているようなので、任せる事にした。
暫く走っていたマックスとニニが、スピードを落として自転車ぐらいの速さになった。うん、これぐらいなら、余裕を持って周りを見回せる。
「ご主人、気を付けてください。そろそろモンスターの気配のする場所に近付いてきましたよ」
マックスの言葉に、俺は頷いた。
「俺も降りた方がいいかな?」
「そうですね。シャムエル様は、スライムを捕まえるのはご主人がやるように言ってましたからね」
止まってくれたので、俺は恐る恐るマックスの背中から降りた。地面の草丈は、先ほどよりもさらに高く深くなっている。
腿の辺りまである草地を、かき分けながら二匹と並んでゆっくりと進む。
緊張した俺は、少し離れた場所でガサガサと音が聞こえる度に飛び上がった。
確かに、この草原には何かいるみたいだ。それくらいは俺でも分かる。
しかし、全く襲ってくる様子が無いのはどう言うわけだ?
試しに、音のする方へ向かってみたが、明らかに相手がこっちを避けて逃げているようだ。
「どうする? もしかしなくても、どうやら向こうが俺達から逃げてるみたいだぞ」
全く変化の無い状況を見て、俺は考える。
「どうやら、我らに怯えているようですね。まあ、確かに我らはスライムから見れば恐ろしい魔獣でしょうし」
「そうよね。完全に怯えて逃げ回ってるわ」
ニニも困ったように周りを見ながらそんな事を言う。
「えっと、じゃあもしかして俺だけなら向かってきたりするかな?」
シャムエル様にスライムを捕まえろと言われている以上、何とかして自力で捕まえるしかない。正直言って一人で立ち向かうなんて滅茶苦茶怖いけど、このままではいつまでたっても、目的の、仲間にするスライム君に会えなさそうだ。
「そうですね。では、我らは少し離れてみます。何かあったらすぐに駆けつけますからご安心を」
「頑張ってね。ご主人。ちゃんと見てるから安心してね」
二匹にそう言われて、俺はこいつらの首を掻いてやり、背中を叩いて離れた。
深呼吸してから、ゆっくり腰の剣を抜いてみる。
中学の時に、剣道で竹刀だったら持った事はあるけど、正直言ってこんな剣、どうやって構えるのかすら分からんぞ。
しかし、手に持ってみて思った。
うん、なんて言うか……手にしっくりくる。
試しに軽く振ってみたが大丈夫そうだ。多分、シャムエル様が何かしてくれたんだろう。
何度か振ってみて納得した時、耳元でまたあの声が聞こえた。
「大丈夫だよ。言ったでしょう。君は強いよ。だから、安心して戦ってみてね」
俺の肩が定位置らしい。笑って手を振るリスもどきの姿のシャムエル様に俺も笑った。
「お、おう。そうなのか。じゃあ頑張って死なないように戦ってみるよ」
ビビりつつも頑張ってそう言うと、シャムエル様はにっこり笑ってとんでもない事を言った。
「安心してね。今はチュートリアルの途中だから!」
「はあ? 何だって?」
とりあえず聞き返した俺は、多分間違ってないと思う。
Tutorial……チュートリアル、個別指導とか家庭教師って意味の英語だけど、基本操作を教えるプログラムって意味で使われてる言葉。
転じて、最近ではゲームなどを始める際に、基本操作を教えるための言葉としても使われています。
脳内で、言葉の意味を確認する。
それからもう一度、肩に座ったシャムエル様を見る。
「エエトチュートリアルッテナニ?」
なんか変な言い方になったけど、意味は通じたみたいだ。
「知らない? 基本操作を教えるって意味で……」
得意満面で説明しようとするリスもどきの前に、手を差し出す。
「分かった、大丈夫だ。俺が知ってるチュートリアルと一緒の意味みたいだな」
って事は、万一怪我したりしても、何とかなりそうだな。
ちょっと安心して、俺は改めて周りを見回した。
左前方、ガサガサと草が揺れている箇所発見! もう一度深呼吸をして息を整えて、ゆっくりと剣を抜いたまま近付いて手前の草を軽く払う。
その瞬間、その茂みから何かが飛び出してきた。
「うわっ!」
咄嗟に振った剣が、そいつを直撃した。
見事にすっぱりと、飛び出して来たスライムを真っ二つにぶった切った。
おう、やるじゃん、俺。
その時、真っ二つになったスライムの片方から、光る石が現れて落ちた。
拾ってみると、1センチほどの透明のガラスみたいな石だ。これが言ってたジェムってやつか?
その石を手にシャムエル様を見ると、両手を頬に当てて叫んでいる。
「ああ、切っちゃったら駄目だよ。弱らせて捕まえないと」
「それを先に言えって!」
思わず怒鳴り返して、周りを見渡す。
またすぐ近くでガサガサと音がして、飛び込んできた別の奴を剣の横面でバットでボールを打つみたいにぶっ叩いた。
本当にゴムボールを打ったみたいな手応えがあって、打たれたそいつは、茂みの中に勢い良くぶっ飛んでいった。
……沈黙。
「ええと、死んだかな?」
小さく呟きながら、問題のスライムが飛び込んだ辺りを剣先でかき分けてみる。
すると、草の間に縮こまって震えているスライムを発見した。
良かった、死んでなかったよ。しかしこれ、どうすりゃいいんだ?
俺に気付いて慌てて逃げようとするので、もう一度剣を横にして面で上から軽く叩いてやる。
「こらこら、逃げるなよ」
そいつは何度か跳ね回った後、突然震えるをのやめてじっとして動かなくなった。
「なあ、捕まえるってどうするんだ? スライムって、手で掴んで大丈夫なのか?」
「うん、もう大丈夫だよ。それじゃあ『仲間になれ』って言ってみて」
シャムエル様の言葉に、俺はスライムを掴んだ。
うん、掴んだ感じはぷよぷよしてて、まさしく柔らかいゴムボールみたいだ。
「お前、俺の仲間になるか?」
目の高さまで掴み上げて、そう言ってやると、突然そいつが光り出した。しかし、別に熱くも何ともない。
見ていると、また唐突に光が収まった。
「はい! よろしくですー! ご主人!」
子供みたいな甲高い声で、突然そいつはそう叫んだ。
単なる好奇心だが……お前、今どこで喋ったの?
まじまじと掴んだそいつを見ていると、シャムエル様が腕に登ってきた。
「そのまま掴んでてね」
リスもどきのちっこい手を伸ばしてそのスライムを叩いた。
「収納と保存、それから浄化の能力を付与する。主人に尽くせ」
聞いた事が無いくらいの厳かな声で、シャムエル様がそう言った。おお、なんか神様っぽい。
すると、もう一度光ったスライムが、ひと回り大きくなったのだ。
バレーボールより小さいぐらいのサイズだったのが、バスケットボールよりデカくなった。
色は相変わらず無色透明だが、なんか知らんが強くなった? レベルが上がったのか?
そいつは俺の手からするりと抜け出ると、ニニの横に行って並んで止まった。なんだか得意げに見えたのは気のせいだろうか?
「ありがとうございます! 頑張ってご主人に気に入ってもらえるように働きます!」
お、ちょっと大人の声になってる。本当にレベルが上がったみたいだな。
「この世界では、明確な数字でのレベルは存在しないよ。だけど、戦ったり経験を積めば確実に強くなるのは実感出来ると思うから頑張ってね」
「了解です。 なあ、今のって何したんだ? 収納と保存って、言ってたモンスターの死体とかを運んでくれるってアレか?」
「死体だけじゃないよ。収納力は無限大にしておいたから、生き物以外は何でも入れられるから好きに使ってね。保存は、スライムの中にあると時間経過と切り離す能力の事、入れた時のままで保存されるよ」
「お、おう。時間停止ですね。有難や。でも、ご遺体と一緒に、食いもんとか自分の物を入れるのはちょっと……」
苦笑いする俺に、シャムエル様はニッコリ笑った。
「もう面倒くさいな。じゃあもう一匹捕まえて! ほら早く!」
そう言われて、もう一度草地に向かう。
探すまでもなく、あちこちにガサゴソとモンスターの気配がするので、手近な場所に向かう。
草をかき分けると、またスライムが飛び出して来た。
さっきの要領で、剣の横面でぶん殴る。
気持ちよくヒットして吹っ飛ぶスライム。うん、だんだん面白くなって来たぞ。
突っ込んだ草むらを探すと、また震えて縮こまってるのを見つけた。
あれ? こいつさっきのと色が違うぞ? 透明には違いないんだけど、なんだか薄いピンク色みたいに見える。
まあ良いや。とにかく掴んで引っ張り出す。
「俺の仲間になるか?」
さっきと同じように話し掛けると、そのスライムはまた光り出した。
「よろしくですー! ご主人!」
またしても、甲高い子供の声。しかも、ピンク色だったから一瞬期待したのに、女の子の声じゃ無かったよ。
「上手くいったね。そのまま捕まえててね」
またシャムエル様が俺の腕によじ登ってきて、スライムを叩いた。
「収納と保存、それから浄化の能力を付与する。主人に尽くせ」
するとまた同じようにスライムが光ってひと回り大きくなった。
「ありがとうございます! しっかり働いてご主人に尽くします!」
またちょっと、大人の声になってる。
「ちなみに、浄化は文字通り綺麗にしてくれる能力だよ。汚れたり濡れたりしたら、この子達が全部綺麗にしてくれるからね。汚れた食器もお鍋もあっという間に綺麗になるよ!」
「おおそれは良い。旅するには最高の素晴らしい能力だな」
思わずそう言って、腕からまた肩に戻ったシャムエル様を見る。……だから何、そのドヤ顔。
「あ、その子達に名前を付けてあげてよ。名無しは可哀想だよ」
そう言われて考える。
無色透明の奴は……うんよし! 水って意味のアクアでどうだ!
「お前はアクアだ。よろしくな、アクア」
そう言うとまたスライムが光る。だけど今度は一瞬だけで大きくはならなかった。
「ええと、じゃあお前はサクラ……男の子だけどサクラでも良いよな?」
すると、こっちも一瞬だけ光って元に戻った。
「ありがとうございます!ご主人!」
「わーい!名前もらった!」
二匹が嬉しそうに、そう言いながら跳ね回っている。
「じゃあ、アクアはモンスターをやっつけたら運んでくれるか。あ、これも渡しておくから預かっといてくれ」
そう言って、さっき拾った小さな透明の石を渡す。
ニュルンと細長い腕みたいなのが伸びてきて、俺の手から石を受け取って戻る。石はもうどこにも無かった。
「いつでも出すから言ってね!」
仕事を与えられて嬉しそうだ。
「じゃあ、これって、預けても良いのか?」
背中に背負っているカバンを下ろしながら、シャムエル様に質問する。
「構わないけど、逆に何も持っていないと、街へ入る時に不審に思われるよ」
おう、そんな事も有るのか。
少し考えて、鞄から鍋や食器の入った巾着と、水筒、食材の入った巾着をまとめて取り出す。それからランタンとパーコレーターの入った巾着もだ。
レインコートと金の入った革の巾着はそのまま入れておき、布は一番大きなハーフケットと手拭いっぽいのを数枚だけ残した。
これくらいなら、全然重くない。
順番に、サクラに渡して預かってもらう。
「まさかとは思うけど、溶けて無くなったりしないよな?」
不意に思いついてそう言ったら鼻で笑われた。
くそっ、拗ねるぞ!
「まあ、とにかく無事にテイム出来たね。おめでとう。あ、言ってなかったね。こんな風に、弱らせたモンスターを捕まえて仲間にする事を『テイム』って言います。それじゃあ次は、もうちょっと大きいのをテイムしてみようか」
お願いだから、満面の笑みでそんな恐ろしい事言わないでください!