スパイスと見物人達
「じゃあ、まずは業務スーパーだな。ええと、なんて名前だっけ?」
もう、俺の中ではあの店の名前は業務スーパーで固定されていて、店の名前が出てこない。
苦笑いしてそのまま見覚えのある通りを抜けて、目的の業務スーパーに到着する。
「あ、そうそうミンク商会だった」
大きな木彫りの見事な看板が目に入って、ようやく名前を思い出した俺は、小さく笑って店の前で立ち止まった。
「ううん。マックス達は入れないな。ここは細かい商品が山盛りだから、もし棚の商品を落としたりしたら、絶対まずいよな」
腕を組んで考えた俺は、横で大人しくお座りしているマックス達を振り返った。
「悪いんだけど、ここで待っててくれるか。さすがにお前達が店の中に入るのは、ちょっと無理があるだろう?」
首を伸ばしてごちゃごちゃした店の中を覗いたマックスとニニは、揃って頷いた。
「そうね、さすがにこの店に入るのは無理そうね」
「そうですねでは我々はここで待っていますから、ご主人はお買い物してきて下さい」
そう言って、ワゴンが並んでいる店の横に移動して大人しく座った。
ファルコも、マックスの背中の鞍に移動してやり、俺はモモンガのアヴィと、鞄の中で待機しているアクアゴールドと一緒に店の中へ入って行った。
まあ当然だけど、シャムエル様は俺の右肩の定位置に座ってるよ。
「いらっしゃいませ!」
俺に気付いたガーナさんが、満面の笑みで駆け寄って来る。
「ああ、ガーナさん、ちょうど良かった。ええと、ちょっと有るかどうか教えて頂きたいものがありまして」
「はい、何をお探しでしょうか?」
予想通りの言葉に、俺は店の中を見回す。
「ええと、豆板醤と甜麺醤を探しているんですが、ここに有りますか?」
「ええ、もちろんです。こちらになりますね」
当然のように答えてくれたその言葉に、俺は無言で拳を握った。
値段はそれなりだが、全然問題ありません。予算は潤沢にあります。
って事で、これもガーナさんお勧めの大きな瓶を大量購入。
「これがあれば、麻婆豆腐だけじゃなくて回鍋肉とか、肉味噌炒めとか出来るもんな」
頭の中で何が作れるかメニューを考えながら、棚から撤去される瓶を眺めていた。
「あ、それとカレー粉って有りますか?」
「……カレー粉?」
急に不思議そうな顔になるガーナさんを見て、俺はカレー粉を諦めかけた。
「もしかして、配合スパイスのカリーの事でしょうかね?」
あ、発音がちょっと違うのか?
「あ、それかもしれませんね。ええと、どんなのか見せてもらっても構いませんか?」
「もちろんです。それならサンプルをお持ちしますので、こちらでお待ちください」
別の通路に案内してくれたガーナさんは、そう言って一礼して奥に下がっていった。
「へえ、これは凄いな。棚全部スパイスじゃん」
案内された目の前の棚は、他とは違っていて小さな引き出しがぎっしりと並んでいる。書類入れくらいの幅で、深さは10センチくらいだ。
一つ開いてみると、スパイスが入った瓶や包みがぎっしりと詰まっている。
「カレー粉って何が入ってるんだっけ? ターメリックとウコンと後は何だ?……止めよう、俺には無理だ」
これだけのスパイスがあれば、一瞬、自分で作れんじゃね? って気分になったが、これは絶対駄目なパターン。
カレー粉って、自分でスパイス混ぜて作ると意外に簡単にそれっぽい物が出来るらしいんだけど、どれだけ頑張っても、普通に売ってるカレールウの方が絶対美味しいって聞くもんな。
苦笑いして引き出しを閉めた時、奥からいくつかの瓶を乗せたワゴンを押したガーナさんが出て来た。
「配合カリーは、今有るのはこの六種類ですね。一番人気はこちらになります」
瓶の蓋を開けて見せてくれたそれは、紛う事なきカレー粉だった。しかもめっちゃ良い香り。
他も一通り見せてもらい、お勧めの一番人気のと、辛さ控えめってのをもらう事にした。
まあ、俺はカレーにそれ程辛さは求めないので、これで充分。
思っていた物が全部あって、ちょっとテンション上がったよ。さすがは業務スーパー!(違う)
前回よりは少ないとは言え、それなりの金額になった合計金額を今回は即金で支払い完了して、倉庫から持って来てくれたスパイスの瓶をまたしてもガンガン鞄に詰めていく。
最後のひと瓶を鞄に入れたところで、ふと思いついてガーナさんを振り返った。
実を言うと、俺が店に入った直後から彼の視線は、俺の左腕にしがみついているモモンガのアヴィにずっと釘付けだったのだ。
笑った俺は、アヴィを撫でさせてやる。
「ああ、可愛い! やっぱり可愛すぎる!」
ガーナさん、アヴィを触る度にちょっと引くレベルに悶絶してるよ。
これ、外の従魔達を見せたらどうなるんだろう?
「他の従魔達も見ますか? 今なら全員揃ってますよ」
単なる好奇心だったのだが、ようやくアヴィから手を引いてくれたガーナさんを見て、それから外を指さした。
「ふえ? あの、従魔って……噂のハウンドやリンクス……ですか?」
「ああ、いますよ。他にも……」
「お願いします! お願いしますから会わせて下さ〜い!」
両手を握りしめて、もうこれ以上大きくならないだろうって位にキッラキラに目を輝かせて、今にも食いつかんばかりに顔を寄せて来る。
「近い近い! 落ち着いて下さいって」
思い切り仰け反って叫ぶ俺の声に。ガーナさんは我に返って慌てている。
「ああ、申し訳ございません。噂を聞いて、なんとかひと目でも会ってみたいと思っていたもので」
照れたようにそう言うガーナさんに、俺は笑って外を指した。
「じゃあ、一緒に行きましょう」
嬉々としてついて来るガーナさんと一緒に、俺は外に出た。
「……何、これ」
そう言った俺は間違ってない。断言!
店を出ると、すぐ前の道路いっぱいに人があふれていたのだ。
しかも、その全員が店の前で大人しく座っているマックス達に釘付けだ。
恐らく、俺がいない間に見学者が増え、それを見て何事かと更に人が集まってこんな状況になったらしい。
一応、マックス達から1メートルくらいは離れているが、逆に言えば、俺がいない状況でこんなにすぐ近くまで取り囲まれて、従魔達のストレスは相当だったろう。
「ええと、さすがにこれは困るな。よし」
意を決した俺は、大きく手を一度だけ打って全員の注目を集めた。
「はい、皆様、聞いて下さい! こいつらの主人である魔獣使いです」
ざわめきがピタリと止まり、一斉に俺に視線が向けられる。
「申し訳ありませんが、どうかお引き取り下さい! こいつらは見せ物では有りませんから!」
やや強めの口調でそう言ってやると、明らかに人混みに動揺が走った。
「従魔達も、この状況を嫌がって戸惑ってます。このままでは危険ですのでどうぞお引き取りを!」
怒ったように、これもややきつめの口調で言ってやると、ざわめいた人混みがあっという間にバラけていなくなった。
うん、蜘蛛の子を散らすってこんな状況を言うんだろうね。
ようやく静かになって、俺はマックスとニニを順番に撫でてやった。
「偉いぞ、よく我慢したな。それからごめんよ。まさか、あんな状況になるなんて思っていなかったよ」
「はあ、出て来てくださって良かったです。あれ以上近寄られたら、毛を毟られていたところです」
ため息と共にマックスがそう言い、もう一度謝った俺は、大きなマックスの頭をシッカリと抱きしめてやった。
俺の後ろでは、そんな俺達を目を輝かせてガーナさんが見つめていたのだった。