揚げ出し豆腐と弁当作り
「それじゃあ、揚げ出し豆腐を作って行きましょうかね」
そう呟いてまず取り出したのは、大きな大根だ。
正確には大根じゃ無いのかもしれないけど、少なくとも俺の知る大根と同じだから良い事にする。
「サクラ、これ全部すりおろしてくれるか」
とりあえず、二本渡して大根おろしを作ってもらうようにお願いする。
「アクアは、この豆腐をこれくらいのサイズに切り分けてくれるか」
一丁分だけ切って見せて、残りはお願いする。
次々と豆腐を飲み込むアクアを見て、俺は買ったばかりの金属製のバットに片栗粉を取り出す。
「ええと、アクアが切ってくれた豆腐に、この片栗粉を全体に満遍なくまぶしてくれるか。こんな感じな」
一つだけ取り出して、片栗粉の中に入れて転がして見せる。
別のバットにまぶした豆腐を取り出すと、元気に返事をしたレインボースライム達が、先を争うようにして作業を開始してくれた。
「それで、こっちの鍋にお出汁を作りますよ」
そう言いながら、大きめの鍋にたっぷりの濃いめに出した一番出汁を入れて火に掛ける。
別のコンロには、深めのフライパンを乗せて揚げ油をたっぷり入れて、こちらも火を付けておく。
「お出汁の味付けは、いつもの醤油とみりんとお酒と砂糖。うん、本当に、これで全部の味付けが出来るんだよな。和食って凄え」
定食屋で作っていたのを思い出しつつ、それぞれお玉で計って入れ、味をつけていく。
「ん、美味しい」
味を見て軽く一煮立ちさせたら、一旦火から下ろして蓋をしておく。
「お、そろそろ油が暖まったな」
油の加減を見て、レインボースライム達がやってくれた片栗粉をまぶした豆腐を、ゆっくりと油の中に入れていく。火は中火だ。
「サクラ、中サイズのお碗を出しておいてくれるか」
「全部出す?」
机の開いたところにお椀を並べながら、肉球マークが振り返る。
「とりあえず、それくらいあれば良いよ。足りなかったらまた出してくれるか」
「はあい、いつでも言ってね」
「あ、ネギも出して刻んでくれるか」
そう、今回、朝市で九条ネギ、いわゆる青ネギを見つけたのだ。
「やっぱり和食にはネギは必須だよな」
なので、これはたっぷり刻んでおいてもらう。
じっくり揚げたお豆腐がパチパチ音を立て始めた。
「お、そろそろかな?」
綺麗に色づいて揚がっているのを見て、揚げ物用のザルに一旦取って、軽く油を切ってからお椀に並べる。
「で、ここにさっきのお出汁をたっぷり入れる。そして山盛りの大根おろしとネギを散らせば完成だ」
出来上がった揚げ出し豆腐は、お椀ごとサクラに預けておく。
「さあ、どんどん作るぞ」
お出汁も冷めないように時々弱火に掛けて温めながら、豆腐をガンガン揚げていく。
「ああ、早く食べたい!」
作りながら、思わずそう叫んだ。
机の上では、シャムエル様も目を輝かせて、出来上がった揚げ出し豆腐を見つめている。
「ちょっと食べるか?」
そう尋ねた瞬間に、大きなお椀が差し出された。
「あ、じ、み! あ、じ、み!あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! ジャジャン!」
俺を見ながら、ちょっとだけ定番の味見ダンスを踊ってクルッと一回転。
「はいはい、格好良いぞ」
笑ってもふもふの尻尾を突っついてから、お箸で豆腐を半分に切って入れてやる。スプーンでお出汁もすくってたっぷりかけてやり、大根おろしを乗せてからネギもちょっとだけ散らしてやる。
「はいどうぞ。揚げ出し豆腐だよ。熱いから気を付けてな」
「うわあ、美味しそう!」
目を細めてそう言ったシャムエル様は、両手にお椀を持って顔面から揚げ出し豆腐にダイブしていった。
「おお、また豪快にいったな」
笑いながら、俺も一切れだけ小皿に取って、手早くお出汁と大根おろしとネギを入れて味見用揚げ出し豆腐を作った。
「うん、我ながら上出来。今回は木綿豆腐でやったけど、絹でやっても良さそうだな」
お出汁まで残らず完食して、小皿は待ち構えていたアルファに綺麗にしてもらって、残りの豆腐を全部揚げていった。
「あ、お皿がちょっと足りないな。サクラ、あと5枚お椀出してくれるか」
「はあい、これだね」
ニュルンと触手が伸びて、机にお椀を並べてくれた。
「おお、もしかしてお出汁の量ぴったりじゃんか」
最後の豆腐を揚げ終わり、お出汁をかけてみると、まあ計ったかのようにぴったりだった。
「よし、これは何となく勝った! って気がするなあ」
自分の仕事っぷりに大満足して、最後の一皿をサクラに飲み込んでもらった。
「後は何を作ろうかな?」
後片付けをしながら考える。
「明日の弁当は何にしてやるかな……あ、ソースがあるんだからソースカツサンドにしてやろう! ええと、とんかつってまだあったっけ?」
「あるよ、これだけです」
山盛りのとんかつを見て、安心した俺はソースカツサンドを作る事にした。
「食パンもあるよな?」
「あるよ、はいどうぞ」
サクラが丸ごと一本、三斤分を出してくれる。
「あ、じゃあ一本分を全部八枚切りで切ってくれるか」
「はあい、了解です」
机に取り出した食パンを、アクアがぺろっと飲み込んであっという間に八枚切りにしてくれる。
「それからキャベツの千切りも出してくれるか」
大きなお椀に、職人芸かと言いたくなるくらいに綺麗に千切りにされたキャベツが取り出される。
これは、とんかつには定番の付け合わせだもんな。
「ええと、今日買ったソースを全種類出してくれるか」
とりあえず各種ソースを取り出してもらう。とんかつソース(濃厚ソース)、中濃ソース、ウスターソースそれぞれに、三種類ずつ買ってある。
どれにするかしばし悩んで、今回はガーナさん一番のお勧めのをそれぞれ使ってみる事にした。
大きめの鍋に、まずはとんかつソースと中濃ソース、ウスターソースもたっぷりといれる。
軽くかき混ぜてから鍋を中火にかける。
「そこに砂糖と蜂蜜、それからケチャップも少々」
水を入れてソースを薄めておく。鍋を大きめのスプーンでかき混ぜながら味見をする。
「もうちょい砂糖かな」
追加の砂糖を入れて、もう一度味見をする。暖まったら完成だ。
一旦ソースは置いておき、切った食パンにバターとマヨネーズ、マスタードをたっぷりと塗って千切りのキャベツを敷き詰める。
とんかつを一枚豪快にさっきのソースの中に入れて、たっぷりとソースを絡める。そのまま、さっきのキャベツの上に乗せてパンで挟んで置いておく。
「あいつらなら……三枚は余裕で食うだろう。三斤分で足りるかな?」
食パン一本分で足りなかったら困るので、念の為もう一本作っておく。
山盛りに出来上がったソースカツサンドはめちゃ美味しそうだ。
大きめの皿に、カツサンドを半分に切ったものを3セットずつ並べていく。
「じゃあこれに、レタスとトマトと……おからサラダだな。足りるかな?」
どうも、あいつらの胃袋の容量が未だに掴めない。
ちょっと考えて、別のお皿にタマゴサンドと屋台で買ってきたキャベツサンドを並べてやった。
「これだけあれば、いくらなんでも足りるだろう」
そう呟いた時、ノックの音がした。
「こんばんは、ご飯屋です。ご注文のご飯をお届けに参りました」
昨日と同じ男性の声に、俺は扉を振り返った。おお、もうそんな時間なんだ。
「ゼータ、扉を開けてくれるか」
扉の近くにいたゼータに鍵を開けてもらう。
昨日と同じく、人の気配にベリーとフランマの姿が一瞬で消える。
いやあ、何度見ても見事なもんだ。
密かに感心して、届けてもらった大量のご飯を受け取った。
約束通り、今日からの分は真新しい木箱に入ったまま貰う。
残りの代金は今日も多めに払っておいた。
「あの、賄いで申し訳ないんですが、よかったら夕食にどうぞ。焼きおにぎりです」
そう言って大きな包みを渡してくれる。中から醤油の香ばしい香りがしていて、受け取った俺は思わず笑顔になる。
「ええ、良いんですか?」
「はい、大したものじゃありませんが、どうぞ」
まだ温かいそれをもらい、もう一度お礼を言った。
笑顔で帰って行くご飯屋さんを見送り、姿を現したベリー達を振り返った。
「おまけ貰っちゃったよ」
「良かったですね」
笑って頷きながら、包みごとサクラに預けておく。
丁度その時、廊下で話し声が聞こえて来た。どうやらハスフェル達も帰ってきたみたいだ。
「さて、それじゃあ夕食にするか」
そう呟いて、シャムエル様と小さな手でハイタッチをした。