冷蔵庫を買う
「さてと、次は冷蔵庫だな」
教えてもらった店を探しながら通りを歩く。
雑貨屋に花屋、服屋もあるな。本当にこの街の店の並びは他とは違うよ。
何だかまたおかしくなって来て、必死で笑いを誤魔化しながら歩いた。
「あ、ここだ。ユーロン商会。へえ大きな店じゃん」
品数はそれほど無いが、どうやらここは俺の感覚でいうところの電気屋だ。しかも、量販店じゃなくて、田舎の町とかに有る、しっかり頑張ってる個人経営の電気屋さん。
開いた扉から中を見ると、店内にもジェムを使う道具が色々並んでいる。
「これはちょっと他にも見たいのもがありそうだ。あ、冷風扇が有る」
店の一番見えるところに並んでいて、しかも特価の値段が付いているのは、もうそろそろ夏が終わる時期的な事を考えると当然だろう。
開けっ放しの扉から中に入る。チリンチリンと奥で鈴みたいな音がしたから、ちゃんと誰か来たら分かるようになってる模様。
まあ、防犯面ではかなり大らかな気もするが、大丈夫なんだろうか?
他人事ながら、若干心配になるレベルだ。
突き当たり奥に、大きな冷蔵庫が並んでいる。
「ううん、さすがに持ち歩くには大き過ぎるだろう。これは」
俺の感覚では、これは子供のいる家庭向けの大容量冷蔵庫だ。
「一人暮らしサイズで良いんだけどなあ」
小さく呟いて、店内を見て回る。
「あ、これだよこれ!」
冷蔵庫を展示してある一番端っこに、申し訳程度に小さめの冷蔵庫が数個並んでいた。
触ろうと手を伸ばした時、背後から声が掛けられた。
「なんだい兄さん、そんな小さいので良いのか? 大して入らんぞ」
振り返ると、小柄な男性が俺を見て小さな冷蔵庫を見る。
うん、おそらく彼もドワーフなんだろう。
「俺は冒険者なんでね。そんな大きいのは要らないんだよ」
「冒険者なのは見りゃあ分かるさ。だったらなおさらだろうが。家でも買ったんでなけりゃあ、冒険者が冷蔵庫なんか買ってどうするんだよ。それとも、それを担いで歩く気か?」
多分、俺の事を冷やかしだと思ったんだろう。対応が若干、迷惑そうな感じだ。
まあ確かに、普通の冒険者はこんな大きな物は買わないだろう。
「大丈夫だよ。俺は収納の能力持ちなんでね。これくらいなら入るからさ」
その言葉に、ドワーフのおっさんは目に見えて慌てた。
「そ、そりゃあ凄えな、失礼した」
申し訳無さそうにそう言うと、おっさんは側に来て、さっき俺が見ようとした冷蔵庫を開けてくれた。
ポータブル冷蔵庫と、一人暮らしサイズの間くらいだ。
「ううん、ちょっと小さいか。これはさすがにビール瓶も入らねえぞ」
思わずそう呟いた通り、扉側にポケットは無く。真ん中に一段だけ棚があるがなんと動かせない仕様。奥行きもさほど無いので、本当にリンゴ数個入れたら終わりそうだ。
「じゃあこっちは?」
もう一回り大きいのを指差す。
「こんな感じだな」
どれも小さい割に2ドアに見えたが、違うみたいだ。どうやら上の段は、冷やす為の氷を入れるスペースらしい。
「案外、入らないんだな。ううん、どうするべきかなあ」
困ったように考えていると、おっさんがニンマリ笑って顔を寄せて来た。
「なあ、ちょっと聞くが、予算はどれくらいまで出せる?」
その顔には、それなりの金額が出せるんなら、もっと良いのがあるんだけどなあ。と書いてあるのが見えた。
「いくらでも出すよ、本当に良いと思ったらね」
そう言って、金貨が詰まった巾着を鞄から取り出して見せた。
ちなみに、もっと持ってるけどね。
すると、満足そうに頷いたおっさんは無言で手招きして俺を奥に誘った。
右肩に座っているシャムエル様もうんうんと頷いているので、俺は黙って後をついて行った。
店の奥の倉庫に案内される。
店員さんらしき人が出て来て、二つ同時に蝶番部分に取り付けられた鍵を開けて、さらに真ん中部分も同時に回して鍵を解除して、ようやく倉庫の扉を開いた。
「おお、これってクーヘンが言ってた二重鍵だな。クーヘンの店以外で初めて見たよ」
感心したように呟き、続いて倉庫の中に入った。
そこには、木箱に入って厳重に梱包された製品が幾つも置いてあった。
聞くと店に並んでいたのは全てダミーらしく、仮に持っていかれても使えない代物らしい。
成る程ね。それで開けっ放しでも店に人がいなかったんだ。
笑って頷きおっさんが取り出した箱を見る。
「まあこれは見本なんだがこいつは上が開くタイプだ。しかも氷を入れて冷やす場合は、ここに直接入れて食材を冷やすんだが、それ以外に凄い機能が付いている」
大真面目に解説してくれるが、どう見てもそれは、いわゆクーラーボックスだ。
まあ、かなり大きいサイズみたいだから、家族でキャンプに持って行っても余裕のサイズだろうけど、氷の中に突っ込むのなら、ラップもビニール袋もないこの世界では、瓶に入ったものくらいしか冷やせねえじゃん。
まあ、ビールは冷やせたら嬉しいけどさ。
あ、考えたら冷えたビールが飲みたくなって来た……。
思考が脱線しかけたので、小さく笑って改めてクーラーボックスを見る。
最悪これでもいいかと思い始めた時、おっさんが驚くべき説明を始めた。
「このボックスの凄いところは、このまま冷蔵庫になるんだよ。しかも最新式で氷はこれだけで良い。
そう言って箱を縦向きに置き直して、扉になった蓋の部分を指差す。
開いた扉の内側が開くようになっていて、氷を入れる場所がある。だけど、どうみてもこれ全部を冷やすには足りないだろう量だ。多分牛乳パック二本分くらいのスペースしか無い。容量にしたら2リットル位しかないと思う。
「ここに氷を入れて、それでこれ全部冷えるって? ちょっと無理があると思うけどなあ」
思わずそう言ったが、おっさんは笑ってなぜだかドヤ顔になった。
「まあ、そう思うのは当然だよな。だけど、言っただろう。これは最新式なんだよ。うちもこれ一つしか仕入れられなかった」
そう言って、今度は扉を閉めて上側部分の端を開いた。クーラーボックスのように置いたら側面側だ。
そこにはまるで、電池を入れる場所みたいにやや大きめの空間が開いている。
「ここに中級以上のジェムを入れて貰えば、あの蓋兼扉の部分に入った氷の冷やす力が、何倍にもなる仕組みだ。強化能力は最大五十倍だよ。どうだ?」
「買います!」
値段も聞かずに叫ぶ俺を見て、おっさんは吹き出した。
「おいおい良いのか? そんなに簡単に決めて。こいつはジェムだってそれなりの物を入れないと効かないぞ」
「あ、ジェムなら持ってるからご心配無く」
俺の言葉に頷いたおっさんは、もうそれ以上何も言わずに奥から一回り大きな木箱を持って来た。
「一応、中を確認するからな」
そう言って、目の前で手早く木箱を開けていく。中から大きな布に包まれた、先程と同じ大型のクーラーボックスが現れた。
蓋を開けて中を確認した後、側面のジェムを入れる部分も確認してから大きく頷いた。
「大丈夫だな。どうする、もう一度梱包するか?」
「いや、そのままそれだけ貰っていきます。箱は申し訳ありませんが処分してもらって良いですか?」
現代人感覚でうっかりそう言ったら、目を瞬いたおっさんは呆れたように俺を見た。
「処分する訳なかろうが。返して貰えるんなら、箱代は代金から引いておくよ」
そう言って、伝票の金額を訂正してくれた。
どうやら、こう言った梱包に使う箱は使い回すらしく、後日、店に返すと箱代分が返ってくる仕組みらしい。
その場で代金を払い。俺は受け取ったクーラーボックスを鞄の中に収納した。
「目の前で見ても、どうやったらその鞄に入るのか分からんな」
感心したようにそう言われて、笑って誤魔化しておいたよ。
よし、これでまた作れるレシピが増えるぞ!