業務用の店はさすがです!
「ええと、確かこの通りだったよな」
道路横に立ててある通りの名前が書かれた案内板を見ながら、俺は教えてもらったソースを売っているのだと言う業務用の店を目指して歩いていた。
「ええと、店の名前は、ミンク商店……あ、ここだな」
店の名前を書いた大きな木彫りの見事な看板が、扉の上にドーンと飾られている。
その店の前には、ワゴンが並んでいて、いかにも業務用の大きな鍋やフライパンや、大きなコンロも置いてある。
「あ、これってカルーシュの街のアーノルドさんや、ハンプールの街のアルバンさんが持ってた業務用の移動式コンロだ。へえ、やっぱりデカいなあ……」
俺が今使っているのは、主に冒険者達がよく携帯している簡易のコンロだ。とは言えそれなりのジェムを入れているから火力は良いので問題無い。
「ちょっと欲しいけど、さすがにこれは大きすぎるなあ」
この大きさと重さを考えたら、出し入れするだけでも大変そうだ。潔くコンロは諦めて、隣に並んだ鍋を見る。
「うん、この業務用の鍋は良いな。いくつか買って行こう」
並んでいるいわゆる寸胴鍋を見て、思わず駆け寄った。
「いらっしゃいませ。鍋なら中にも有りますから、良かったら中へどうぞ」
「あ、そうなんですね。それじゃあちょっと見せてもらいます」
笑顔の店員さんの案内で店の中に入る。
入った右側は、いかにも業務用のサイズの鍋や、調理器具、それに何に使うのかよく分からない道具が文字通り山積みになっている。
そして、店の左側には棚が並んでいて、そこには様々な食材や調味料が並んでいた。多分、生野菜以外は全部ありそうだ。何しろ突き当たり奥の壁面を埋め尽くす大きな扉は、間違いなく全部冷蔵庫だろう。
「おお、すげえ。これはちょっとテンション上がるぞ」
これはまさしく業務用スーパーだ。
さっき、案内してくれた俺よりも少し歳下であろう若い店員さんが、背後で控えて満面の笑みで俺を見ている。周りを見ると、ほとんどの客に一対一で店員が付いている。
成る程、ここはセルフじゃ無いんだな。
「ええと、いろいろ買わせてもらいたいんですが、ここは初めてなんですけど、会員登録とかって要りますか?」
屋台のおじさんから、一般人でも売ってくれるとは聞いたけど、一応確認しておかないとな。
「この街に店舗をお持ちの方ならギルドカードでご登録をお願いいたしますが、そうでなければ特に必要ありません、あ、その場合は売り掛けは出来ませんので、ご了承ください」
「ああ、それなら大丈夫です。金は持って来てます」
うん、現金払いなら大丈夫って事だね。
「そっか、商人ギルドに登録してる場合は、そのギルドカードで店舗の登録をしたりするんだ」
「もしやご商売をお考えですか?」
身を乗り出すその男性に、苦笑いした俺は首を振った。
「俺は、ご覧の通り冒険者ですよ。今日は食料の買い出しなんです」
「ああ、そうだったんですね。失礼しました。私はガーナと申します。よろしくお願いいたします」
「ケンです、よろしく。ご覧の通りの流れの冒険者です」
握手を交わして、店を見回す。
「ええと、焼きそばに使うソースってどこですか?」
まずは、一番欲しかった物を質問する。
「あ、それならこちらですね。どうぞ」
ガーナさんの後について、突き当たり奥にある巨大な冷蔵庫が並ぶ一角に来た。そこには、様々な色のソースが入った瓶がぎっしりと並んでいた。
「おお、確かに業務サイズだけど、ウスターソースに、濃厚ソース……?」
瓶の中を見て納得した。
「あ、何だ。これってとんかつソースじゃん」
小さく呟き、その隣の瓶を見た。
「で、これが中濃ソースか。マヨネーズやケチャップもめちゃデカい。おお、これは絶対とんかつソースは買いだよな。だけど、他のもあっても良いか。ってか、めっちゃ種類があるけど、どれが良いんだ?」
どれもラベルの違う瓶が何種類も並んでいる。
しばし悩んでガーナさんに素直に相談した結果、とりあえずお勧めのメーカーのを一通り買ってみる事にした。
使ってみて良かったら、また改めて追加を買いに来よう。
その後店内を順番に見せてもらい、さっき見た寸胴鍋も追加で買う事に。更に、瓶詰めのマグロやカツオの油漬けや水煮も、業務用サイズを大量に購入。乾燥パスタも巨大な袋であったので、マカロニやスパゲッティ、それからシェルと呼ばれる丸っこい形のパスタも大量購入。
そして岩塩や配合スパイスが何種類もあり、これも相談の結果、ガーナさんお勧めの肉料理用のと、何にでも使える一番人気のを大瓶で購入した。
それから、これも大瓶に入った砕いたピンク色の岩塩も購入。なんでも、高級料理店とかでも使われてる美味しい岩塩らしい。
しかも、これを専用のミルに入れて使うと、きめ細やかな塩になるんだって。
何だかセールストークに乗せられた気もするが、せっかくなのでついでにそのお勧めの岩塩用のミルも購入。
他にも、乾燥豆や小麦粉、砂糖など、朝市では売っていない、俺が料理に使ってる物がほとんどここで買えてしまった。
そしてさすがは業務用の店。
仕込み用の大きな金属製のバットやボウルが売ってた。今までは大きめのトレーやお椀で代用していたけど、これで大量の仕込みが楽になるよ。
当然大小いろいろまとめてお買い上げ。
そして、ここでもう一つ。ストレイナーと呼ばれる、ボウルに細かい穴が開けられたものも見つけた。要するに、金属製のザルだ。
「おお、これがあれば、パスタを茹でた時なんかに使えるよ!」
って事で、これも大小色々とお買い上げ。
うん、なんだかすごい量になったぞ。
頼んだ品は、それぞれに大きな箱に入れられていて、あらためて見ると、ちょっとすごい量になってた。
「配達いたします。どちらにお泊まりですか?」
品物を確認しながら伝票に記入しているガーナさんの言葉に、俺は笑って首を振った。
「こう見えて収納の能力持ちなんです。全部持って帰れますから大丈夫ですよ」
にっこり笑って、手にした瓶を一つ自分で収納して見せた。
「これは羨ましいですね。しかも冒険者の方で収納の能力があれば、旅が格段に楽になるでしょうね」
「そうですね。おかげで食材の買い出しは楽してますよ」
笑いながらもらった伝票を確認して、お金を払おうとした。まあかなりの金額になったけど持ってるよ。
「あの、よければ冒険者ギルドの口座からの引き落としも出来ますが」
「あ、それならそっちでお願いします」
そう言ってギルドカードを取り出して渡した。
「ええ! 上級冒険者? ……し、失礼いたしました!」
ガーナさんは、ギルドカードの裏書きを見て慌てている。
一旦カウンターの中へ行って、手続きをして戻って来た。
「カードをお返しします。あの、もしかして……噂の魔獣使いと一緒におられた方ですか?」
噂、まあ噂になるだろうな。
苦笑いして、俺は左腕にしがみついてるアヴィを指差した。
「俺がその魔獣使いですよ。今は、従魔達は仲間達が狩りの為に一緒に外に連れて行ってくれています。俺は今日は買い出し担当なんですよね」
まるで子供のように目を輝かせるガーナさんに、俺は笑ってアヴィを触らせてやった。
「うわあ、可愛い! 可愛い! 可愛い! ちょっとこれは堪らないです!」
延々とそう呟きながら、モモンガのアヴィを撫でては悶絶している。
ガーナさんももふもふが好きだった模様。
これはラパンやコニーを見せたら、大変なことになるかもしれないと、ちょっと心配になった。
だけどまあ、アヴィが平気で撫でられているのだから、悪い人では無いのだろう。
ちょっとドヤ顔のアヴィを受け取り、腕にしがみつかせてやる。
「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」
満面の笑みでそう言うガーナさんに手を振って、俺は、思いの外収穫の多かったその店を後にしたのだった。