キャベツのサンドイッチ
今回は、小動物系のジェムモンスター相手だと聞き、昨日は留守番だったラパンとコニーも参加すると言い出したので、モモンガのアヴィとスライム達が本日の留守番チームになった。
擦り寄ってくるニニの首も抱きしめてやり、ハスフェル達に俺の従魔達を預けた。
「それじゃあ、気をつけてな」
「ああ、行ってくるよ」
手を振って出て行く彼らを見送って俺は周りを見回して密かにため息を吐いた。
目立つ一行が広場からいなくなると、なんと無くその場にいた全員が俺をチラチラと横目で見ているんだよ。
「どうして、彼は一緒に行かないんだ?」
「彼が魔獣使いなんだよな?」
「こうして見ると、普通の冒険者に見えるんだけどなあ……」
「へえ、俺も一応冒険者に見えるんだね」
そう呟いて、右肩に座ったシャムエル様と笑い合った。
まだヒソヒソと交わされる広場の人たちの言葉には気付かない振りをして、素知らぬ顔で鞄を持ち直した。
「さて、まずはさっきのサンドイッチを買いに行くか。レシピって教えてくれるかなぁ」
シャムエル様が、俺の呟きを聞いて目を輝かせる。
「何、そんなに気に入った?」
「うん、すっごく美味しかったから、是非ともレシピを聞いて作ってください!」
うんうんと頷きながらそんな事を言う。
「まあ、なんと無く分かるけど、せっかくだから聞いてみよう」
そう言って、さっきサンドイッチを買った店へ向かった。
「いらっしゃいませ。おや、さっき買ってくれた魔獣使いのお兄さんだね」
さっきもお相手をしてくれた年配の小柄なおばさんが、満面の笑みで手を振ってくれた。
「従魔達は、仲間が狩りに連れて行ってくれましたよ。俺留守番なんです」
「おや、どうしたんだい。怪我でもしたかい?」
心配そうにそう言われて、俺は笑って顔の前で手を振った。
「いやいや、至って元気ですよ。今日の俺は買い出し担当なんです。冒険者は旅が日常ですから、街へ来た時に、必要な食材や日用品なんかをしっかり買っておかないとね」
俺の言葉に、おばさんはまた満面の笑みになる。
「ああ、そりゃあそうだね。いつも携帯食ばかりだと大変だろうさ。美味しいものを食べる事は、生きる上で大事な事だよ」
「同意しかないですね。あの、そこでちょっと相談なんですが……」
少し小さい声で、そう言って顔を近付ける。
「どうしたね?」
不思議そうなおばさんに、俺はまだまだ並んでいるサンドイッチ見てにっこり笑った。
「実は俺、こう見えて収納の能力持ちなんですよ。で、こちらのサンドイッチがめっちゃ気に入りまして、まとめ買いさせてもらっても構いませんか?」
俺の言葉に、おばさんは驚いて目を瞬いた。
「おやおや、そりゃあ凄いね。もちろん構わないよ、なんなら全部買っておくれ」
絶対本気にしてないその言葉に、俺は奥でこっちを伺ってる同じく年配の男性を見た。
多分ご夫婦……かな?
「どうしたんだ?」
俺の視線に気付いたそのおじさんも、出てきてくれる。
「あの、まとめ買いさせてもらっても構いませんか?」
さっきのおばさんと全く同じに目を瞬いたおじさんも、俺の言葉に笑っている。
「もちろん構わないぞ。どうぞ好きなだけ」
「あ、じゃあ本気で買い占めさせてもらいますね」
そう言って鞄から金の入った巾着を取り出す。
ついでに、空のパン用の木箱も取り出す。
「じゃあ、ここに入れてください」
絶対本気にしてなかったらしく、木箱を受け取って慌てている。
「本当に買ってくれるのかい?」
「だから、買い占めさせてくださいって言ったでしょう?」
苦笑いする俺の言葉に、お二人はようやく俺が本気だと納得した模様。
「了解だ。じゃあ入れるよ。おい、数を数えてくれ」
おじさんは満面の笑みでそう言うと、カウンターから出してあったサンドイッチをバンバン木箱に詰め始めた。
それから、カウンターの後ろにいくつか積んであった木箱も指差す。
「これもいるかい?」
「お願いします!」
追加で木箱を取り出すと、二人揃って吹き出し、何度も頷いて全部入れてくれた。
「あの、ちょっとお聞きしても良いですか?」
おじさんが箱に入れてくれている間に、俺はおばさんに横から話しかける。
「ああ、何だい?」
「さっき俺が買ったキャベツがたっぷり入ったサンドイッチなんですけど……」
旅先でも作りたいので、レシピは教えてもらえるかと聞くと、おばさんはちょっと考えてからおじさんと小さな声で話しを始めた。
「なんだよ。兄さん、自分で料理出来るんなら、わざわざこんなに買わなくても良かろうに」
最後のサンドイッチを箱に入れたおじさんが、苦笑いしながらも俺を振り返る。
「いや、うちの仲間は大食漢が揃ってるもんで、俺が作る分だけだと大変なんですよね。だから街へ来たら、いつもこんな感じで屋台で沢山買わせて貰ってるんです」
「収納の能力持ちとは羨ましい限りだな。構わないよ、良かったらレシピを継承しておくれ」
「ええ、良いんですか?」
何となく、駄目そうだったので、逆に簡単にそう言われて驚いた。
「俺達は夫婦でパン屋をやってるんだが、子供がいなくてね。後何年かしたら、もう閉めようかって話していたんだよ。このキャベツのサンドイッチはうちの人気商品なんだよ」
今度は俺が目を見開く。
「ちなみに、中に何が入ってるかは分かるか?」
「焼いたパンにチーズとベーコン、粒マスタード。刻んだキャベツに多分スライスした玉ねぎを混ぜて、マヨネーズで和えてある。黒胡椒が効いてる……ですかね?」
「そこまで分かってるなら聞かなくても、と言いたいが、実はこれを作る時に、知らずに勝手に作ると間違い無く失敗する」
「ええ? さっきので作る材料が正解なら、何処に失敗する要素があるんですか?」
正直言って、聞かなくても多分作れると思ってたんだが、間違い無く失敗すると言われて俺は逆に驚いた。
「キャベツに、塩をしては駄目なんだ。コツはそれだけだ」
ニンマリと笑ったおじさんの言葉に、俺はまたしても目を見開く。
「塩をしない? え、でも……普通、マヨネーズと一緒に塩胡椒ってしますよね?」
「キャベツに塩を振ると、すぐに水が出てボトボトになって食えたもんじゃねえんだよ。何なら一度やってみれば良い」
「……あ、そっか! コールスローサラダか!」
しばらく考えて、納得した。
キャベツで作るコールスローサラダって、先にキャベツに塩を振って絞ってから使う。確かにめっちゃ水が出る。本気で絞れるくらいに出る。あれをそのままサンドイッチにしたら……確かにべちゃべちゃになって食べられないだろう。
その後、詳しい作り方をおばさんから教えて貰った。
うん、持ってる材料で全部有ります。在庫が無くなったら作るよ。
そして、アレンジもいろいろ教えて貰った。
これは良いレシピを貰ったよ。確かにアレンジし放題だ。キャベツと一緒に俺が好きな鶏ハムを挟んだり、唐揚げやカツだって挟めそうだ。
よし、メインと一緒に野菜が沢山食えそうなレシピだ。
あまり野菜を食わないハスフェル達にも、ガンガン作って食わせてやろう。
俺は、おじさんとしっかり握手をした。
詰めてもらったサンドイッチが入った箱を、順番に鞄の中に押し込んでいく。
二人は、それを見てずっと笑ってた。
代金は、端数を切り上げて少し多めに渡しておいた。
「まだしばらくはこの街にいる予定なんで、また買いにきますね」
満面の笑みで見送ってくれた二人に手を振って、俺は広場を後にした。
「さて、良いレシピも手に入れたし。それじゃあ次は、ソースと冷蔵庫を探しに行きますか」
俺の言葉にシャムエル様は、手を叩いて大喜びしてたよ。