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居酒屋での話

「あの……大変申し訳ないのですが……」

「ああ、すみません。無理を言いました」

 申し訳なさそうな店員さんに、俺は笑って手を振り店の前から離れた。

「はあ、やっぱり駄目か」

 店から離れて立ち止まり、大きなため息を吐いて頭を抱えた。


 もうこれで三軒続けて、食事をしようとした店に入ろうとして断られている。作るのが面倒だから、気軽に食事をしたかっただけなんだが、なんだか無理っぽい展開になってきたよ。


 要するにどこの店も、後ろにいるマックスとニニに皆怯えてしまい、他の客の迷惑になるからと理由をつけて店の中に入れてくれないのだ。

「諦めてもう戻るか。肉を焼くぐらいならすぐに出来るしな」

 外食を諦めて宿泊所に帰ろうとした時、開いてる一軒の店が目に入った。


 あの店は、この街へ来た日の夜、知り合ったヘクター達と一緒に行った居酒屋っぽい店だ。


「ああ! あそこなら大丈夫!だよな……多分」

 すっかり弱気になっていたが、一度入れてもらってるから、ここなら多分大丈夫だろう。

 俺は恐る恐る近付き、店員に合図してから、前回と同じ店の外に並べられた机の一番端の席に座った。マックスとニニは当然のように、俺の後ろに並んで大人しく座る。

「いらっしゃいませ。あ、以前来て頂いた方ですね。ようこそ。飲み物は何になさいますか?」

 見覚えのあるエプロンをしたおっさんが、マックス達を見て若干引き気味だったが、笑顔で一枚の板を手渡してそう言ってくれた。

 その板には飲み物のメニューがぎっしりと書いてあり、店の中には、前回と同じように大皿に盛られた料理がいくつも並んでいる。

 確か前回はこんなの見せてもらわなかったぞ、おい。


 とりあえず、以前も飲んだ焼酎っぽいのを頼んで、料理を手当たり次第に山盛りに取って急いで席へ戻って来た。俺が席から離れている間も、マックス達は大人しく座っている。よしよし、良い子だぞ。

 時折、通行人がマックス達を見て驚いて足を止める事もあるが、もう気にせずのんびり食べて飲んだ。


「あれ、ケンじゃないか。今食事か?」

 聞き覚えのある声に顔を上げると、ヘクターと術師のフランツがこっちを見て手を振っていた。

「ああ、お久し振りです。ええ、もう疲れたので今日は外で食べようと思って」

 向かいに座った二人に、おっさんが笑顔で手を振り、二人も振り返す。それだけのやりとりだ。彼らは、どうやらここの常連らしい。

 二人も山盛りの料理を取って来て食べ始めた。それから運ばれて来た酒で、一緒に乾杯をしたよ。


「かんぱーい!」

 もう何度目かも数える気もない乾杯の声に、俺も笑って、また手にしていたビアマグを上げた。

 今飲んでいるのはドワーフが造ってる酒らしく、これが美味いから絶対飲めと教えられたもので、見かけも味もまさしく黒ビールだった。若干炭酸が弱い気がするが、うん、確かにこれは美味い。

 そしてふと思った。黒があるなら絶対白ビールもあるはず。俺は、黒ビールを飲みながらヘクターの肩を叩いた。

「なあ、これも美味いけど、こんなので色の付いてないのは無いのか?」

 俺が普段飲んでいたのは、大抵が第二のビールと言う名の発泡酒……。そう、出来れば久し振りにビールが飲みたい!

「それならエールを頼むといい。そのシュバルツより飲みやすいぞ」

 俺が黒ビールを苦手だと思ったのか、ヘクターが俺の手からビアマグを取り上げようとする。

「いや、黒ビールも美味いから飲むけど、あるなら白いのが飲みたいと思ってさ」

 俺達は顔を見合わせてニンマリと笑って、また乾杯した。って事で、教えてもらって次に頼んだエールは、正しく俺の知るビールだった。

 本音を言えばもっと冷えたのが飲みたかったが、まあそれは仕方あるまい。元々ビールは、そんなに冷やして飲むもんじゃ無いらしいしね。


 すっかり満足して、のんびりとつまみのチーズを齧っていると、ヘクターとフランツが何やら顔を寄せて相談を始めた。

「なあ、あの件だが彼にも頼むべきじゃ無いか?」

「そうだな。万一本当に魔獣が出たのだとしたら、我々だけでは敵わない可能性が高い」

 頷き合った二人は、揃って俺を振り返った。

「なあ、ちょっと聞くが、あんたはいつまでこの街にいるんだ?」

 彼らは、俺がギルドの宿泊所に泊まっている事を知っている。

「ええと、あと二日くらいはいる予定だけど何故だ? その後はまだ、どうするか決めてないよ」

 酔い冷ましの水を飲みながら正直に答えると、ヘクターは真剣な顔で頷いた。

「だったら、あんたにもギルドの依頼を受けてもらいたいんだがどうだろうか。実は、ここから少し離れた複数の村からの依頼なんだが、奇妙な蹄のような足跡が頻繁に畑の周りに残っているらしい。恐らく野生動物なんだろうが、被害が出ているのは果樹園なんだが、かなりの熟した果実が盗まれているとの報告もある。それが気になってな」


 詳しい話を聞くと、今のところ足跡だけで目撃も被害も無いが、出荷寸前の作物がかなり盗まれたりもしているので、これ以上は放置出来ない、更なる被害が増える前に調べてもらおうと考えた周辺の三つの村の代表者達が相談して、合同でギルドへ調査を依頼して来たらしい。

 しかも、依頼内容は調査だが、万一危険な生物だと判断されたら討伐して欲しいとも言っているため、上位冒険者であるヘクターとフランツに話が来ているんだそうだ。


「野生動物が作物を荒らす事は珍しくは無いが、それとも違うらしい」

「どう違うんだ?」

 不思議そうな俺に、ヘクターは皿に残った胡桃を割って殻を置いた。

「例えば、作物を荒らすにしても、野生動物ならその場で食べて残りは食べ散らかしていくのが普通だ。だがそういった跡が全く無く、明らかに果樹の熟したものだけを持ち帰られているらしい。となると、人がいる可能性が高い。それで、もしかしたら蹄を持つ魔獣をテイムしたテイマーかもしれないと、考えていたんだ」

「それなら、上位の魔獣使いであるケンに、一緒に来てもらうのが良いかと思ってな」

 話を聞いて納得した。万一強い魔獣が出た場合、二人だけでは心許ないと言う事なのだろう。だが、それって下手したら人間と戦う事になるんじゃ無いのか?

「どう思う?」

 彼らが口直しの果物を取りに行った間に、俺は、またいつの間にか現れたシャムエル様にこっそりと相談した。出来れば、人間は相手にしたく無いなあ。

「妙だね。この辺りには、蹄のある魔獣はいないはずなんだけどな? テイムできる魔獣で蹄があるって……ううん、もしもテイマーだったとしたら、この辺りの者じゃ無いだろうね」

「つまり、どこかから移動して来た奴である可能性が高い?」

「そうだね。だけど果樹だけを盗って行ってるって言うのも妙だよね」

 シャムエル様も、なにやら考え込んでいる。

「とにかく、明日にでもギルドに顔を出して、詳しい話を聞いてみてくれるか。依頼を受けるかどうかは、自分で判断してくれれば良い。俺達に気を使う必要は無いからな。駄目なら他の奴を当たるよ」

 戻って来たヘクターにそう言われて、俺はその場ではどうするかの返事はせずに、まずは明日にでもギルドで詳しい話を聞く事にした。

「分かった。じゃあ明日にでも話を聞いてくるよ。まあ、当てにしないでくれたら、こっちも気が楽だよ」

 遠慮無くそう言ってやると、二人は小さく吹き出して揃ってこっちを見た。

「分かってるよ。逆の立場だったら、俺達だって直ぐに返事はしないって」

 おお、大人な対応だね。さすがは上位冒険者だ。


 って事で明日、ギルドに行って話を聞いて見る事にした。

 まあ、一応冒険者登録したんだから、一度くらいはギルドからの依頼ってのを受けて見るのも良いかもな。

 だけど、ジェムモンスターならともかく、出来れば人とは戦いたく無いな。なんて、その時の俺は、呑気に考えていたのだった。

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