豆腐ハンバーグを仕込む
「さてと、ハスフェル達が戻るまで、もう少し時間がありそうだし、何を作るかなあ」
ギルドから宿泊所に戻った俺は、広い台所を見渡しながら、鞄からアクアゴールドを出してやった。
一瞬でばらけたスライム達が床を好き勝手に転がっている。
「ご主人、何を出す?」
ポヨンと机の上に跳ね飛んで来たサクラの言葉に、俺は腕を組んで考える。
「ええと、野菜類がほぼ全滅だからな。まずは朝市で買った葉物の野菜をやっつけよう」
そう言いながら剣帯を外し、防具も全部取り外して身軽になる。
スライム達が手分けして綺麗にした防具や剣帯をリビングに運んでくれる。
「まとめて置いておくね〜!」
「おお、よろしく」
自慢気な声に笑って返事をして腕まくりをした俺は、サクラが出してくれた野菜をせっせと水で洗い始めた。
空になった大きめのお椀に、ちぎったレタスを水切りして入れていく。
サクラが出来上がった分を順番に飲み込んでくれるから、机の上はいつも綺麗だ。
「はい、野菜クズ、後片付けよろしく」
足元で並んで待っているラパンとコニーの前に、木箱に入れた野菜クズをまとめて置いてやる。
大喜びで齧り始めるのを見て、笑って二匹を撫でてやった。
「ああ、手が毛だらけになっちまったよ」
柔らかいラパンとコニーの毛が手にべったりと付いてしまい、苦笑いして水二段目の水槽から流れ落ちる水で綺麗に洗った。
それから、きゅうりや人参も細かい千切りにしてさっきのレタスと混ぜておく。こうしておけば、生野菜がいつでもたっぷり食べられる。トマトもくし切りや輪切りにしてサラダに盛り付けておいた。
次に、これも大量に買った玉ねぎを取り出す。
「皮剥いて、根っこと頭を取ってください」
「はあい、すぐやります!」
サクラとアクアが先を争うようにしてぺろっと飲み込んで、綺麗になった玉ねぎをゴロゴロと空の木箱に吐き出してくれる。
「ええと、こっちはスライスしてくれるか」
木箱からいくつか取り出して、目の前にいたサクラに頼む。
「アクアは、こっちをみじん切りでお願いします」
残りの半量を、まずはみじん切りにしてもらう。
スライス玉ねぎは、軽く水で晒してからお皿に取っておく、これは鰹節と醤油を掛ければ箸休めの一品になるからね。あ、柑橘系を絞ってポン酢も作っておこう。
「ええと……やっぱり、まず作るなら豆腐ハンバーグだよな」
そう呟いて、後からの店で買った大量の絹ごし豆腐を取り出してもらう。
「ええとサクラ、合い挽きミンチってまだあったか?」
「これで終わりだよ。どうする? 作る?」
取り出した作り置きの合い挽きミンチは、多分1キロくらいしか無い。普通のハンバーグも後で作りたいから、絶対足りないな。
「普通の牛肉と豚肉の在庫ってまだあるか?」
「えっと、これで全部です」
取り出してくれた塊は一つずつと、後は半端が少しあるだけらしい。
野生肉を使わなかったら、もうこれだけしか無いんだ。ちょっと驚くレベルの消費の早さだね。
「まあ、肉は明日買えば良いな。じゃあそれ全部、合い挽きミンチにしてくれるか」
コンロとフライパンを用意しながらお願いする。
サクラがまるっと肉の塊を飲み込んで、伸びたり縮んだりし始め、しばらくすると、空いたお椀に作ったばかりの合い挽きミンチを出してくれた。
「おお、これだけあればかなり作れるなよしよし」
山盛りの合い挽きミンチ、多分全部で10キロくらいある。
「2キロ分くらいは豆腐ハンバーグにしよう。あ、残ったらこれでそのままミートボールも作っておけばいいな」
頭の中で作る順序を考えつつ、取り出してあった絹ごし豆腐をちょっと考えて十個使う事にした。
「ええと、これをなめらかになるまですり潰して欲しいんだけど、誰か出来るか?」
足元のカラースライム達は、困ったようにプルプルと震えている。
「まだ駄目か。じゃあ、あとで捏ねて形成する時に手伝ってくれよな」
そう言って、すりつぶすのはサクラにやってもらう事にした。
「その間に、玉ねぎを炒めますよっと」
フライパンに油をひいて、せっせとみじん切りにした大量の玉ねぎを飴色になるまで炒めていく。
「アクア、その食パン、全部パン粉にしてくれるか」
「はあい、これ全部パン粉にしま〜す!」
待ち構えていたアクアが、使いかけの食パンを丸ごと飲み込んであっという間にパン粉にしてくれた。
適当に取ったパン粉に牛乳を振りかけて浸して柔らかくしておく。
「で、炒まったらちょっと冷まして、合い挽き肉の中に入れていきますよっと」
ハンバーグ用に使っている一番大きなお椀に合い挽き肉を入れ、溶き卵、配合スパイスたっぷり、砕いた黒胡椒もたっぷり、干し肉を浸して取った肉汁も少し入れる。
「よし、潰した豆腐もここにお願いします」
サクラが作ってくれたすり潰した豆腐も入れ、足元にいるスライム達に混ぜてもらう。
せっせと捏ねているのを見ながら、コンロとフライパンを並べて焼く準備をする。
大きめの豆腐ハンバーグがどんど作られていく。
「はいどうぞ。ご主人!」
アルファが、ハンバーグが並んだお皿を渡してくれる。
受け取ったそれを、火にかけたフライパンに並べて一気に焼いていく。
汚れたお皿はそのまま返せばあっという間に綺麗になって、またハンバーグが形作られていく。
今回は、俺が焼いているのを見て、焼き上がったらまた次を渡してくれるという徹底ぶり。
何、この状況を見て仕事が出来る子達は。ちょっと感動したね。
最初はそのまま何も味をつけずに焼き、二度目に焼いた分は、大根おろしと醤油とお酒とみりんと砂糖、それから一番出汁少々で、和風ソースを作って浸しておく。
三回目の分は、砂糖と酒と醤油とみりんで作った照り焼きソースで絡めておく。
「最後は定番のケチャップソースっと」
赤ワインとケチャップ、お酒とみりんも少々入れて焼き上がったハンバーグにたっぷりとかけておく。
出来上がった豆腐ハンバーグは、サクラが数えながらせっせと飲み込んでくれた。
結局、ミートボールまで辿り着きませんでした。これは次回のお楽しみだな。
「あ、そろそろ暗くなってきたな。ランタン出してくれるか」
俺が顔を上げてそう言うのと、部屋に明かりが灯るのは同時だった。
「あ、ベリー。ありがとうな」
「はい、そろそろ暗くなってきましたからね」
笑ったベリーが、部屋に備え付けられていたランプを机の上にも置いてくれる。
おかげで部屋が一気に明るくなった。
「夜目が利くのも考えものだな。部屋が暗くなってもあまり気にならない」
「確かにそうですね。でも、明かりがあると何だかホッとしますよね」
「本当だな、確かにホッとする」
汚れたお皿やフライパンを片付けていると、不意に頭の中に声が聞こえた。
『ケン、もう街の外まで戻って来てるんだ。腹が減ってるんだけど、何か食べさせてくれ』
『あはは、お疲れさん。豆腐ハンバーグが大量にあるから、良いぞ』
『了解、それじゃあ楽しみにしてるよ』
嬉しそうな声が聞こえて気配が消える。
「さて、じゃあ味噌汁くらい温めておくか」
作り置きを取り出したところでノックの音がした。
「こんばんは。ご飯屋です。ご注文のご飯をお届けに参りました」
男性の声に、俺は顔を上げる。
「ああ、ありがとうございます。ベータ。鍵を開けてくれるか」
大きな声で返事をして、扉の近くにいたベータにそう言う。
人の気配に、ベリーとフランマの姿が一瞬で見えなくなった。
相変わず、すごいもんだね。
扉を開けて、届けてもらった大量のご飯を受け取る。
やや浅めの木箱に濡れた布を敷いて、そこに炊き立てのご飯がぎっしりと詰まっている。
別の木箱には各種おにぎりが、これもぎっしりと並んでいる。
「あの、この木箱ごと引き取らせて貰っても構いませんか? あ、もちろん代金はお支払いしますので」
で、相談の結果。今日の分は、いつも使っている箱なので持っていかれると困るけれど、明日以降の分なら、箱も用意して持って来てくれるって事で話がまとまった。
なので今日の分は、空のおひつに持って来て貰ったご飯をぎっしりと入れ、残りは木のお椀にまとめて盛り付けておいた。
おにぎりは、なんとかお皿に並べて、空になった木箱を返した。そして、代金はちょっと多めに払っておいた。
だって、どう見てもお願いした分以上にある気がする。
笑顔で帰る店員さんを見送った所で、入れ違いにハスフェル達が戻って来た。
それじゃあ、ご飯も届いた事だし、夕食は、作ったばかりの豆腐ハンバーグ祭りだな。