お昼は豆腐三昧!
「さてと、昼飯の前に買ってきた豆腐をお椀に出して鍋を開けるか」
サクラに順番に取り出してもらい、最初に行ったあのおばあさんの豆腐屋で買った、木綿と絹ごしの豆腐を順番に空いたお椀に入れていった。
「水はたっぷり入れておかないとな」
台所の水場の一段目から、綺麗な水をお椀に入れてそこに豆腐を沈めていく。
「今食べる分で、木綿と絹ごしを一つずつお皿に置いておいてっと」
一つずつ取り分けた残りは全部、サクラが水のたっぷり入ったお椀ごと、こぼれる事なく飲み込んでくれる。
「本当に、お前達の中ってどうなってるんだろうな」
笑ってサクラを撫でてやり、醤油と鰹節を取り出してもらった俺は、マイ箸を持って席に着いた。
「じゃあ、まずは最初の店の絹ごしから頂きます!」
食べるのは冷奴。
一番、豆腐の味が分かる食べ方だ。
「おお、豆の香りもしっかりある。これは美味しい」
そう言って二口目を食べようとした時、いきなり右肩に現れたシャムエル様が、尻尾を振り回しながら味見ダンスを踊り始めた。
もふもふの尻尾が、俺の頬と耳をバシバシ叩いております。
いいぞ、もっとやれ。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! ジャジャン!」
最後は片足で立ち上がり、お皿を突き出したポーズで止まる。
「はいはい。これだな」
笑った俺は、お箸でひとかけら、醤油と鰹節のかかった絹ごし豆腐を取り出してやる。
「ふおお、これがケンが食べたがってたお豆腐だね。いっただっきま〜す!」
大きく口を開けて、お皿に乗った豆腐に向かって、相も変わらず顔面ダイブ……。
まあ、醤油まみれになってもすぐに戻るみたいだから、放っておく。
「へえ、冷たくて柔らかくて美味しいね」
目を輝かせるシャムエル様の言葉に、俺も笑って頷き食べ始める。
やや小さめだったその豆腐は、あっという間に俺の胃袋に消えてしまった。
「何これ、美味すぎる……」
ちょっと感動しながらそう呟き、次の木綿豆腐にも同じように鰹節と醤油をかける。
「お、こっちはしっかりだな。さすがは木綿豆腐。うん、これならサラダに切って入れてもいけるぞ」
「それも!」
お皿を突き出して、俺の頬に押し付けてくる。
「だから、それは地味に痛いんだって」
笑ってお皿を受け取り、木綿豆腐も同じように切り分けてやる。
「はいどうぞ。こっちは木綿豆腐な」
「あれ、同じ豆腐なのに食感が全然違うね。これは硬めで美味しい」
「うん、俺はこの木綿のほうが好きなんだよな」
「木綿?」
名前の意味が分かってないらしい。
「そっか、神様でも何もかも知ってるわけじゃないってか?」
笑ってもふもふ尻尾を突っついてやり、残りの豆腐を食べながら説明する。
「ええと、この豆腐っていうのは、作る時に、茹でた大豆をすり潰して布で濾すんだよ。つまり、搾りかすと豆の液体になる。ここまで分かる?」
ウンウンと頷くシャムエル様を見て、俺は木綿豆腐を見る。
「豆腐の元になるのは、その豆の液体、これは豆乳とも言う」
「豆の乳、確かにそうだね」
納得するように、またウンウンと頷いている。
「この豆乳に、ニガリっていう海水から塩を作る時に出る、いわば副産物の塩化マグネシウムって言う薬品を入れるんだ。そうすれば、豆乳が反応して固まるんだ。それをそのまま固めたのが、最初に食べた柔らかい絹ごし豆腐。絹みたいな滑らかな舌触りって意味で付けられた名前……らしい」
「へえ、絹は関係無いんだね」
「無いみたいだな。で、その固まった豆腐を穴の開いた箱に入れて重石を乗せて水切りしたものが、木綿豆腐。これも別に水切りする際に木綿を使ってるわけじゃ無いらしい。まあ、俺も聞き齧った知識だから正確にどうなのかはよく知らないよ」
最後は誤魔化すようにそう言うと、拍手の音がしてベリーが姿を現した。
「素晴らしい。豆腐の作り方は、ほぼ今のケンの説明で間違っていませんよ。よくご存知でしたね」
「あはは。以前、俺の会社の同僚に妙にこう言う事に詳しい奴がいてさ、しかも話すのが好きな奴だったもんだから、飲み会の席で延々と聞かされたんだよな。俺、逃げるのが下手で毎回捕まってずっと聞かされてたんだよ。でも、途中から面白くなってきて、自分から隣の席に座ったりしてたな……」
不意に、あの賑やかな宴会の情景を思い出してしまい、一瞬絶句する。
息を吸って目を閉じ、頭を振る。
「……ま、そんな感じ」
誤魔化すようにそう言って肩を竦め、残りの木綿豆腐を一気にかっ込んだ。
何となく部屋に気遣うような沈黙が落ちる。
「ううん、案外サクッと食えたよ。もうちょい食えるな。よし、厚揚げも焼いてみよう」
気分を変えるように大きな声でそう言うと、フライパンとコンロを取り出し、買って来た厚揚げを一つフライパンに入れて火に掛ける。
「揚げたものを、また焼くの?」
シャムエル様が不思議そうに覗き込んでくる。
「そうさ、表面がカリカリになって美味いんだぞ」
焼いてる間に、生姜を用意する。
「焼けましたよっと」
しっかり全面に焦げ目が付いた、熱々の厚揚げをお皿に取り生姜をたっぷり乗せる。
「あ、刻んだネギがあったな、これも入れよう」
蕎麦屋でもらった刻みネギを乗せて、ちょっと醤油をかける。
湯気を立てる厚揚げを見て、目を輝かせるシャムエル様のお皿に先に取り分けてやる。
「熱いから気を付けて……あ、顔からいった」
熱いからと注意する間も無く、一気に顔面ダイブしたシャムエル様は、厚揚げをもぐもぐやった後目を輝かせて生姜まみれになった顔を上げた。
「うん。さっきのと全然違うね。これも美味しい!」
「厚揚げも、いろいろ使えるんだよな。このままタレを絡めて甘辛くしても良いし、たっぷりのお出汁で煮含めたのも、これまた美味いんだよな。ああ、思い出したら食いたくなった、よし、これも作ろう」
案外残って、よくまかないで世話になった定食屋のサイドメニューを思い出して、俺はまたちょっとだけ涙目になった。
懐かしい故郷の味は、どうやら記憶の蓋も一緒に開いてくれたみたいだ。
何となく、懐かしくも寂しい不思議な感覚に浸りながら、俺は鼻をすすって残りの厚揚げを平らげたのだった。