ジェムの鑑定と色の話
思いついたらもの凄く気になってしまい、机の上にあるジェムの山をマジマジと見つめる。
このジェムの山は、一見すると全部同じ色に見える。
だが何度か瞬きをしていると、ジェムの先端部分に僅かに色が付いているのに気が付いた。これは多分、例の鑑識眼のおかげだと思うけど……違うのかな?
それはまるで、色ペンでちょいとジェムの先に色を付けたみたいな感じだ。
「あ、今まで無色透明だと思ってたけど、色分けされてるんだ」
思わずそう呟くと、ジェムを手にしていたアンディさんがこっちを振り返った。
「何か言ったか? すまん、聞いてなかった」
「ああ、独り言ですので気にしないで下さい」
慌てて顔の前で手を振り誤魔化す。
うん。これは後で、ハスフェル達に詳しく教えてもらった方が良さそうだな。
一旦疑問は保留しておき、アンディさんから前回の分と今回の分の預かり明細をもらう。確かに、前回は数が多過ぎて明細貰ってませんでしたね。
「それじゃあお疲れ様でした。俺達は、宿泊所に戻りますね」
鞄を持ち直してそう言うと、奥にジェムを運んでいたアンディさんが慌てて振り返った。
「ああ待ってくれ。明日にでも、商人ギルドのギルドマスターを紹介するから、彼に恐竜のジェムを見せてやって欲しいんだ」
俺はハスフェル達を振り返る。
「なあ、明日の予定って何かあるか?」
「お前は買い出しをするんだろう? 俺達は、従魔達を連れてこいつらの食事を兼ねて狩りに行くつもりなんだけどな」
ハスフェルの言葉に、ギイとオンハルトの爺さんも頷いている。
「ああ、確かに狩りに行かせてやらないとな。じゃあそれで行くか」
俺も頷き、改めてアンディさんを振り返った。
「この街では、買い出しと作り置きの料理をする予定なんで、午後からでも構いませんか?」
「ああ、構わないよ。それなら、ケンの手が空いたらギルドへ来てくれるか。呼べばすぐにすっ飛んで来るから、そこで商談しよう」
「了解です。それじゃあその予定にしておきますね」
手を上げて、今度こそ俺達は宿泊所に戻った。
何となく、いつものように全員が俺の部屋に集まる。
緑茶を淹れてやりながら、ちょうど良いのでさっき思った疑問を聞いてみる事にした。
「なあ、ちょっと質問なんだけど、良いか?」
「ああ、どうした?」
マイカップを受け取りながら、ハスフェルが不思議そうに肯く。
「ええと、もしかしてこの世界の人にとってはもの凄く常識な事なのかもしれないけどさ、ちょっと気になって」
俺の言葉に、ギイとオンハルトの爺さんまでが驚いたように顔を上げる。
「改まって何事だ?」
「ええと、なんて言えば早いかな……」
ちょっと考えて、アクアを呼んで、椅子に座った俺の膝の上に置く。
「さっき出した、ジャンパーのジェム。各色一個ずつで良いから出してくれるか」
「一個ずつで良いの? はい、どうぞ」
ニュルンと触手が伸びて、次々にジェムを渡してくれる。
各色一個ずつと言ったので、いちいちこれが何色とは言わない。
「ありがとうな」
頭を撫でてやり、床に下ろす。
「これなんだけどさ……」
机に並んだジェムを示して、さっきの疑問を説明する。
黙って聞いていた三人が、揃ってもの凄いため息を吐いた。
うん、三人揃って見事な肺活量だな。
「全く……これもシャムエルから聞いてないのか?」
「うん、全然」
断言して右肩を見ると、俺の肩に座っていたはずのシャムエル様がいつの間にかいなくなっている。
「こら、逃げるな!」
笑ったハスフェルの言葉に、机の上にシャムエル様が現れる。
「……てへ」
四人分の無言の視線を集めたシャムエル様が、誤魔化すように頬をぷっくら膨らませて、尻尾をくるんと体に巻きつけて上目遣いに俺を見た。
いやいや、そんな可愛い仕草で誤魔化そうなんて……。
もふもふ尻尾を指で突っついてやり、笑った俺はハスフェルを振り返った。
「詳しく教えてくれるか?」
ハスフェルも笑って、シャムエル様の尻尾を突っついてから口を開いた。
「まず、ジェムの種類に付いてだが、まあはっきり言って、鑑定にはある程度知識が必要だ。初めて見るジェムなら、誰だって何のジェムかはすぐには判らんよ」
「まあそうだろうな。狩りでジェムモンスターから直接確保すれば、それが何のジェムかは一目瞭然だけど、確かに、知らない人にとっては、まずそこから問題だな」
改めて考えてみたら、そもそも色分け以前にそこも疑問だな。
「その為に、鑑定の道具がある」
「以前、ギルドでジェムの買取の時に聞いた、偽物かどうかを鑑定するって言ってたあれか?」
「もちろん偽物かどうかも調べられるぞ。ただし、それだと大量に買い取った際に調べるのは大変なんだよ。何しろ一つ一つ調べないといけないからな」
苦笑いしたギイの言葉に、俺は机に並んだジェムを手に取った。
「ジェムを割る道具みたいな?」
「いや、鑑定機は、そう簡単には持ち出せないよ。あるのは、各ギルドの事務所、個人で所有出来るのは、大商人や一部の貴族の屋敷ぐらいだな。一般の人々にとっては、世話にはなっているが一度も見た事がない機械の代表だろうな」
「へえ、実際にはどう言う道具なんだ?」
「例えば、これが何のジェムか知りたければ、ギルドへ持って行き調べてくださいと頼む訳だ。ちょっとした手数料で調べてくれる、だいたい銅貨一枚程度だ」
ハスフェルも机に置いたジェムを一つ取る。
「色の判断はここを見る」
そう言って水晶の先の平たくなった部分を指差す。
「よく見ていろよ、ここに色が見えるから」
そう言って、ランタンの光にかざしながらジェムをクルクルと動かして見せてくれる。
「あ、本当だ。これはグリーンだな」
俺も一つ取って光にかざしてみる。
「あ、これはレッドだな。へえ、こうすれば見えるんだ」
感心したようにそう呟き、ふと思いつく。
「色の種類って、全部で幾つあるんだ? 以前、ジェムモンスターのカラーは十種類って聞いたけど、金や銀、も含まれるのか?」
「ああ、それもか」
苦笑いしたギイが、机の上に座っているシャムエル様の尻尾を突っつく。
「色の種類は、まず、ゴールド、シルバー、ブラック。以前も言ったが、ゴールドは全ての種の最上位種に付く。シルバーとブラックは、基本的には地下洞窟にしかいない。まあ例外もあるが、そう覚えておいて間違いは無い」
それは以前も聞いた話と同じだ。
「カラーシリーズは、こいつらの色、つまり、レッド、オレンジ、イエロー、グリーン、ブルー、ネイビーブルー、パープル」
「虹色だな」
「ああ、確かに。それ以外に、主な色としてはホワイト、ブラウン、ピンクがあるな」
頷きかけて、黄緑のスライムがいたのも思い出した。
「あれ、黄緑色とかあったぞ」
「待て待て。これが一番多い色で、基本の十色と呼ばれている。それに付随する、いわば別の似た色が山ほどある」
思わず無言になる。
「黄緑なら、黄色と緑が混ざった色って事だ」
「あ、なるほど、色相環か」
美術室にあった、立体になった色の模型を思い出して手を打った。
原色を元に、明度で更に色分けされてるあれだ。
「ちなみに、全部でどれくらいあるんだ?」
ジェムを見ながら質問すると、三人揃って無言になる。
「まあ、地域差があるから……細かく全部数えたら、とんでもない数になるだろうな」
苦笑いしたハスフェルの言葉に、俺も笑って首を振った。
「ごめん、そりゃあ無理だな。じゃあ、基本のその十色に金銀黒か?」
「まあ、そう思っててくれれば良いさ。この辺りはもう、数を見て経験で覚えるしか無いよ」
納得した俺は、ジェムを集めてアクアに返した。
「なるほどね。今までアクアがこれは何色って感じに説明してくれていたから、あまり気にしてなかったんだよな。何か判らなかったら聞くから、また教えてくれよ」
「ああ、いつでも聞いてくれ」
笑ってそう言ってくれてちょっと安心した。
「それにしても、お前は本当に適当にも程があるぞ。こんな事、一番最初に説明するべきだろうが」
シャムエル様の尻尾を突っついて文句を言っているが、ハスフェルの顔は笑っている。
あれ、絶対文句を言うのを理由に尻尾をもふってるぞ。
残りの緑茶を飲み干した俺もさり気なく近寄り、尻尾もふもふタイムに参加したよ。
「ああ、癒されるよ。この最高の手触り……」
もふもふ尻尾を満喫していた俺達は、我慢の限界を超えたシャムエル様に吹っ飛ばされて、揃って椅子ごとひっくり返ったのだった。