大量買い取りの価格
「なあ、間に合うかな? かなり日が傾いてきたぞ」
マックスの背の上で、俺は暮れ始めた空を見て心配になってきた。日が暮れたらすぐに城門がしまっていた記憶があるぞ。
「それならもう少し速くしますね。しっかりつかまっていてください」
マックスの声に、少し前屈みになって手綱をしっかりと掴んだ。一気に加速するのが分かった。
「うわあ、時速何キロだよ。これ」
周りの景色が、見ている間もなくあっと言う間に後ろへと消えていく。
ニニは隣をぴったりと離れずに付いてくるし、頭上には飛んでついて来ているファルコの姿も見える。
ようやく街道が見えた時には、安心して手綱を離しそうになって、もうちょいで落ちるところだったよ。危ない危ない。
無事に街道に戻ると、早足で街へ向かった。
「ああ! 待ってください! 入ります!」
叫んだ俺に気付いてくれて、城門を閉められる直前になんとか滑り込むことが出来た。慌てたようにファルコが俺の肩に戻って来る。
「何だよ。今日も野宿かと思ったぞ」
カードを返してもらう時に城門の兵士にからかわれてしまい、俺はとりあえず笑って誤魔化した。
街へ入ってすぐ、目に入った通りの景色の変化に気付いて、俺は思わず足を止めた。
「ええ、あれって街灯……だよな?」
城門前の広場から屋台のある広場に続く、この街一番の大通りの両側に、街灯らしきものが等間隔に立っていたのだ。
最初に来た時に気付いていたが、昨日までは日が暮れても何の変化も無くて、あれは街灯に見えるが何か別の物なんだと勝手に思い込んでいた。
しかし、その街灯らしきものは、今は正しくその役割を果たしていた。上部のランタンのようになった部分が、ほんのりとした優しい光を放っていたのだ。
「ようやく明かりがついたんだな」
「ああ、このところ真っ暗だったからな」
「ジェムの不足は、本当に深刻だったんだよ」
「何でも、ジェムをギルドに大量に持ち込んだ奴がいるらしいぞ」
「へえ、って事はジェムモンスターが、また増えてきたんだな」
「よし、じゃあ明日は久し振りに狩りに行くか」
周りから漏れ聞こえるそんな会話に、俺は小さく吹き出した。
ごめん、そのジェムを大量に買い取りに出した奴って、多分俺の事です。
でも、街の人達の生活の役に立ってるのなら良かった。爺さん達、ジェムの山を見てめっちゃ喜んでいたのは、そういう訳だったんだな。
街灯といっても、俺が知る電気のハロゲンランプやLEDみたいな、煌々と辺りを照らす程の明るさは無い。
だけどほんのりと明るい程度でも、明かりがあるというだけで人は安心するものらしい。
周りの人達も皆、嬉しそうに街灯を見上げて笑顔になっている。
周りから相変わらずの大注目をされる中、こっそり一列になって冒険者ギルドの建物へ向かった。
冒険者ギルドに到着したので、マックスの背から降りて皆一緒に中に入る。
「おお、待っておったぞ。さあこっちへ来てくれ」
待ち構えていた爺さんが、俺をまたいつもの別室へ引っ張っていった。
「道に街灯がついてましたね。あれの燃料もジェムなんですか?」
俺の言葉に、振り返った爺さんは満面の笑みになった。
「良いジェムをあれだけ持ってきてくれたんだからな。特に、ブラウンハードロックのジェムが一つあれば、あの通りの街灯を一ヶ月は灯せる。本当に感謝するよ」
驚く俺に、爺さんも驚いている。
「何だ、知らんかったのか?」
「ええと、俺はその……人の大勢いる街へ出て来たのは初めてなもんで」
とりあえず笑って誤魔化したが、爺さんは笑わなかった。
「樹海出身だそうだな。まあ、それなら知らんのも当然か。あの街灯には、小さく砕いたブラウンハードロックのジェムが入っている。ブラウンハードロックのジェムは、数あるジェムの中でも明るさはそれ程じゃ無いんだが、とにかく一番長持ちするジェムなんだよ。だから、街灯の燃料として重宝されるんだ。王都インブルグへ持って行けば、軍が喜んで買ってくれるぞ」
王都インブルグ……地図に載ってた一番大きな街だね。まあ、いつか行ってみようとは思ってますけどね。
頷く俺を見て、爺さんも笑顔で頷いた。
「まあ座ってくれ。買い取り金の説明をするからな」
目の前に、デカい革製の巾着が置かれた。置かれた時に、すごい重そうな音がしたのは聞かないふりをした。
「買い取り金額は、全部で金貨215枚だ。今回は残念ながら亜種は無かったからな。ええと、まずピルバグ、こいつは一つ銀貨1枚と銅貨5枚だ。ゴールドバタフライの幼虫は一つ銀貨2枚と銅貨5枚。ゴールドバタフライの成虫は、一つ銀貨5枚。それから羽だが、こいつは一枚につき金貨1枚付けさせてもらったぞ。それから、ブラウンハードロックだが、これは金貨3枚の値段を付けさせてもらった。どうだ、かなり頑張ったぞ」
ドヤ顔の爺さんをからかう余裕は、この時の俺には全く無かった。
ゴールドバタフライの羽、一枚につき金貨一枚って、一匹倒せばジェムと合わせると金貨4枚に銀貨が5枚!
何それ、すげえ高額買い取りじゃん。ブラウンハードロックの、金貨3枚もちょっと驚いたけどね。
「ありがとう、ございます……」
呆然と、渡された革の巾着を受け取る。何これ、本当に重っ!
「何か他には持って無いか? なんでも買い取るぞ」
満面の笑みの爺さんを見て、俺は笑って鞄を覗いた。ここには今、サクラとアクアが両方入っている。
「ブラウンロックトードのジェム、一つだけ出してくれるか」
鞄に手を突っ込んで、机の上にデカいジェムを取り出して置いた
「おい、あんたこれは……」
「ええと、ブラウンロックトードのジェムです。数は有ります。ただかなり苦労したんで……」
「ブラウンロックトードだと! 全部買うぞ! 頼む、頼むから売ってくれ!」
爺さんの叫び声に、奥からまた皆飛び出して来て、机の上に置いたジェムをまじまじと見つめる。そして、全員揃って俺を無言で見つめた。もう、爺さんの癖に、目がキラッキラに輝いております。
「うん、分かりました。じゃあこれも50個買い取りに出します」
大喜びの爺さん達の前で、鞄から順にジェムを取り出していった。
「良かった。これで当分はなんとかなるな。その間に、冒険者の皆に頑張ってもらおう」
手を叩き合って喜ぶ爺さん達を見ていると、隣に座った爺さんだけが真剣な顔で俺を見ている。
「ええと、何ですか?」
「ちょっと聞くが、このジェム、まさか全部樹海産か?」
「いえ、この周り……とか、ここへ来るまでに手に入れたものです」
無邪気に喜ぶ他の爺さん達と違い、恐らくこの人は気付いている。俺が、全部を買い取りに出していない事に。
「まあ良い。どんなジェムでも喜んで買い取るから、いつでも持って来てくれよな」
苦笑いして首を振ると、それ以上追及せずに俺の肩を叩いて笑い、爺さんは立ち上がった。
「すまんが、これの清算は明日でも良いか? 細い鑑定をしなくちゃならんからな」
「ああ、大丈夫です。また明日顔を出しますので、その時に清算してください」
受け取った重い巾着を鞄に押し込んで、サクラに飲み込んでおいてもらう。
「それじゃあ。また明日来ますので。よろしくお願いします」
満面の笑みの爺さん達に見送られて、俺は大きなため息を吐いた。
「なんか疲れたよ。よし、もう今日は外食にしよう!」
大きく伸びをした俺は、街灯の灯る明るい大通りをゆっくりとマックスの横について歩いた。
さて、どこで食べましょうかね。