懐かしの味と俺の主食
「ああ、これだよ。間違いなくこれは俺の知る焼きそばだ。うんま〜い!」
一口食べて思わず叫んだ。
懐かしいスパイシーなソースの香りと焦げ茶色の麺。ざく切りのキャベツと豚肉。刻んだ紅生姜は、ほんのりとしたピンク色で、それほど赤く無いのも好感度アップだ!
気が付いたら半分ぐらいを一気食べしてしまっていて、我に返っておにぎり屋で貰った緑茶を一口飲む。
「もう、どうして全然気付いてくれないんだよ! しかも一人でバクバク食べて!」
いきなり頬を叩かれた俺は、驚いて横を見た。
俺の右肩には、いつものお皿を手にしたシャムエル様が仁王立ちになっているのと目が合った。
シャムエル様は、もの凄〜くムッとした顔で、俺の頬をぺしぺしと力一杯、あのちっこい手で叩いているのだ。
どうやらいつもの味見ダンスを踊っていたのに、焼きそばに夢中だった俺は、それに気付かなかったらしい。
で、かなり拗ねてるみたいだ。
「ああ、ごめんごめん。つい焼きそばに夢中になっちゃったよ。今更だけど……食べますか?」
思いっきり下手に出て遠慮がちにそう聞くと、シャムエル様は口をひき結んだまま、唸るように返事をした。
うう、怒ってるよ。
「ンン!」
口をへの字に曲げて、水平に差し出したお皿を、俺の頬に力一杯押し付けてくる。
俺の頬にめり込むお皿……。
あの、それ地味に痛いからやめてください。
「待って待って、今直ぐ入れるから、待って下さいって」
苦笑いした俺は、シャムエル様からお皿を貰って一旦机の上に置く。
まずは焼きそばだ。俺が食べていない側を一掴み、お箸で取ってお皿に入れてやる。
だけど麺が割としっかり太麺なので、上手くまとまらなくて、小さなお皿からアチコチはみ出してどうにも大変な事になってるよ。
何とか箸でお皿の中でスパゲッティを丸めるようにしてまとめてやり、キャベツと豚肉も大きいのを取って丸めた麺の上に乗せてやる。
紅生姜は食べるかどうか分からないので、ちょっとだけな。
「これは焼きそば。ちょっとスパイシーで甘辛くて美味しいよ。これは紅生姜、これだけで食べると辛いから、麺と一緒に食べると良いぞ」
次に差し出された盃には、野菜たっぷりの具沢山味噌汁を具も満遍なく色々と入れてやる。
おにぎりは、塩むすびをひと塊り箸で摘んでちぎり、焼きそばの横に置いてやる。
「大変お待たせしました。はいどうぞ。お召し上がりください」
深々と頭を下げて、小さなお皿と盃を差し出す。
腕を伝って机に降りて来たシャムエル様は、俺が置いたお皿を見て、ふんぞり返って頷いた。
「まあ、よしとしてあげよう。だけど今日のはまた、ずいぶんと地味な色だね」
声はツンツンしているが視線はめっちゃ焼きそばに釘付けだし、尻尾は膨れてブンブンと振り回されている。
犬と一緒で、尻尾は嘘付かないんだよな。
必死になって笑うのを我慢して、もう一口緑茶を飲んだ。
「それでは、いただきま〜す!」
そう叫んだシャムエル様は、焼きそばに顔面から飛び込んで行った。
いつの間にか、いろいろ買って戻ってきていたハスフェル達三人が、それを見て同時に吹き出してた。
まあ、シャムエル様の顔面ダイブはサンドイッチ以外では、もう定番だもんな。
「美味しい! ケン、これ美味しいね!」
焼きそばの麺を咥えたシャムエル様が、目を輝かせて俺を見る。
「な、美味いだろう。これ、俺の子供の頃大好きだったメニューなんだよな」
母さんが作ってくれた記憶の中にあるそれは、もうちょっと甘かったような気もするけどね。
「うん、美味しい。これは絶対に、買い置きメニューに加えて貰わないとね」
麺をもぐもぐと食べながらそんな事を言われて、もちろんその気だった俺も笑って頷いたのだった。
「さて、おにぎりはどうかな?」
まずは、シンプル塩むすびを大きな口を開けて齧る。
一口食べて、目を見開き、そのあとはもう、黙々と食べる。食べる。食べる。
「うん、全然違う。これぞご飯って感じだな。これ、めちゃめちゃ美味いよ。もっちりしてて、ご飯が甘い!」
思わずそう呟いて、最後の一口を口に入れた。
美味しいご飯、最高。
こう言う美味しいご飯を食べると、やっぱり米は俺の主食なんだと実感するよ。
二個目はこれも定番の塩昆布入り。
食べてみたが、やや濃い目の味付けの塩昆布も絶品だったよ。
「よし、ここのおにぎりは絶対大量買いするぞ。自分で炊くより絶対美味しいって」
何度も頷きながらそう呟き、野菜のたっぷり入った具沢山味噌汁と一緒に、残りを味わった。
良いな、こんな野菜たっぷりの具沢山味噌汁も今度作っておこう。
大満足で食事を終えた俺は、いそいそと、まずはおにぎり屋に向かう。
「いらっしゃい。おや、さっき塩むすびと塩昆布を買ってくれた兄さんだね」
店番をしていた年配の女性にそう言われて、一礼した俺は並んでいるおにぎりを見た。
屋台の奥には、湯気を立てている大きなお釜も見える。まだまだ炊いてるみたいだ。
「どれもすっごく美味しかったです。あの、数をまとめて買わせてもらっても構いませんか?」
俺の言葉に目を瞬いたその女性は、一転してすごく嬉しそうな笑顔になった。
「もちろんだよ。何なら全部持っていくかい?」
多分冗談なんだろうけど、それを聞いた俺は真顔で頷いた。
「あ、良いですね、もし良かったら、まじでお願いしたいんですけど」
本気だって事を見せる為に、持っていたお金の入った巾着ともう一つ、サクラに出してもらった金貨が入った袋を見せる。
店主さんは、その金貨のぎっしり詰まった袋を見て無言になる。
「うれしいんだけど……今、全部持って行かれたら……今夜、うちの店に来てくれるお客さんのご飯が無くなっちまうね……」
まあそうだよな。いかにも常連の多そうな店だし。
困ったようなその言葉にちょっと考えて、俺の方から提案した。
「ええと、急がないので、炊いていただいても良いんですけど、店の仕込み分以外でしたら、追加であとどれくらい炊いて頂けますか?」
そう言って後ろのお釜を見る。今、絶賛炊飯中のあのお釜は多分、二升炊き。
ちなみに、一升のご飯で大体十五人分だって定食屋で聞いた覚えがある。つまりあのお釜一つで大体三十人前。
で、相談の結果、宿泊所に明日から六日間、毎日あのお釜三個分の炊いたご飯を届けてもらう事になった。
お釜二つ分は、炊いたご飯そのままで、もう一つ分は、塩にぎりをはじめ色んなおにぎりをお任せで握ってもらう事になった。
よし、これで今回はご飯は炊かなくて済むぞ。
計算してもらって、半額分を前金で支払っておいた。残り分は配達の際にその都度支払えば良いんだってさ。
それから味噌汁を買った店にも行き、今日食べたあの具沢山味噌汁も、前金を払って持っていた空の大鍋を渡して、そこに作ってもらう事になった。
これも、出来上がったら鍋ごと宿泊所まで届けてくれるんだって。ありがたやありがたや。
最後に、あの焼きそばを買った店を覗いてみる。
ここでもお願いして、焼きそばも大量購入。
しかも、焼いてもらっている間に、店主の元冒険者なのだと言うおじさんと話をして、ソースを売っている店を紹介してもらった。
業務用だから大きなサイズしか無いって言われたけど、別に行けば誰でも売ってくれるみたいだ。これは是非とも行って来ましょう。業務用の店だったら、他にも色々あるかもしれないもんな。
もう、こうなったらここで思いっきり散財してやる。
せっかくの時間停止の無期限収納があるんだから、ありがたく活用させてもらわないとな。