宿泊所とギルドマスター
「おお、ここも良い部屋じゃん」
案内された宿泊所の部屋はワンルームになったかなり広い部屋で、置いてある今までの宿泊所と同じでベッドもかなり大きめだ。
これならマックスとニニ達と一緒に寝ても充分に広い。
突き当たり奥には二段になった水場があり、その手前側には水場が見えない様に大きな衝立が置いてあった。
衝立の横にはかなり大きめの机もあり、これなら大量の料理をするのにも良さそうだ。
一通り部屋の中を確認した俺はもう、早くカデリーの街の店を見てみたくてしょうがなかった。
『なあ、どうする。そろそろ腹が減って来たけど、何処へ食べに行くか? 肉くらいなら焼くよ』
三人に念話でそう聞いてみる。
『ああ、それなら良い店があるから食いに行こうか』
『良いな、じゃあ行くよ』
『おお、では行くとするか』
三人からの答えを聞いて、俺は庭に出ているマックス達を見た。
『ええと、従魔達はどうするんだ?』
すると、笑ったハスフェルの声が聞こえた。
『せっかくだから一緒に行こう。あそこなら大きな従魔も大丈夫だよ』
自信ありげなハスフェルの言葉に、ちょっと不思議に思ったが、まあそこまで言うのなら大丈夫なんだろう。
「なあ、飯食いに行くぞ。全員集合だ」
庭に向かってそう言うと、マックス達だけで無く、ベリーとフランマまでが姿を表して戻って来た。
「留守番しているから行って来てよ」
ニニの言葉に、笑って鼻先を撫でてやる。
「この街の人達に、ニニ達がどれだけ可愛いくて良い子なのかを教えてやらないとさ。だから協力してくれるか」
目を瞬いたニニとマックスは、揃って嬉しそうに頷き、ニニは声の無いにゃーを、マックスは嬉しそうに尻尾全開でワンと吠えた。
「わかったわ。それなら協力しない訳にはいかないものね」
「もちろんです。ちゃんと良い子にしてますよ」
胸を逸らしそう言ってくれたニニとマックスを、笑ってもう一度抱きしめてやる。
それから全員揃って、食事のために部屋を出て行った。
ベリーとフランマも、いつもの如く姿を隠して一緒に来るみたいだ。
そう言えばいつも思うんだけど、姿を隠してるとは言っても実体はあるわけだからさ。途中で誰かに当たったりしないのかね?
そんな事を考えて、ちょっと笑っちゃったよ。
何も見えないところで、突然空気(?)に当たったら、当たった相手は相当ビックリするだろうな。
「お待たせ」
先に出ていた三人と従魔達と合流して、一旦隣のギルドへ行く。
さっき頼み損なった、オンハルトの爺さんの連れていた馬を買い取ってもらうためだ。
カウンターで担当の人と話をした後、何故だか馬だけは外の厩舎に入れておくようになっているので、全員揃って外へ出る。
担当者の人が馬を確認した後、笑顔で握手をして書類にサインをしていた、どうやらかなり良い値段で買い取ってくれたみたいだ良かったね。
「ご苦労だったな。本当にお前さんはよく走ってくれた。次も良い人に飼ってもらえるように祈っておるぞ」
別れ際、オンハルトの爺さんは、そう言ってそっと馬の顔を抱きしめて額にキスを贈った。
一瞬そこが光ったみたいに見えて思わず目を瞬いたが、ハスフェル達はそれを見ても素知らぬ顔で平然としている。どうやら、何かの祝福を授けたみたいだ。
そりゃあ考えてみたら、偶然の縁とは言え、現世に実体を伴って現れた神様を背中に乗せて旅をして、突然襲って来た天変地異とも言える死地を共に乗り越えて来たんだもんな。
俺達も、交互に撫でてやり別れを惜しんだ。
それから、もう一度ギルドの建物に戻り、オンハルトの爺さんは買い取り金を自分の口座に振り込んでもらう手続きを取ってた。
それが終わって、さあ出掛けようとしたら、足留めを食らった。
さっきは所用でいなかったギルドマスターが、俺達に気付いて奥からすっ飛んで出て来たのだ。
年配の、いかにも冒険者って感じの大柄な男性で、右の頬に大きな傷跡がある。うん、これまた渋いイケオジだね。
ハスフェルとギイとは顔馴染みだったらしく、しばらく笑顔で話をしていたが、いきなり物凄い勢いで俺を振り返った。
「ようこそカデリーへ。アンディだ、ここのギルドマスターをやってる。よろしくな、魔獣使い」
「ケンです、どうぞよろしく」
差し出された手を握って自己紹介すると、手を離した後アンディさんは満面の笑みで身を乗り出して来た。
「なあ、聞くところによると、相当数のジェムと素材を持ってるそうじゃないか。出してくれれば何でも好きなだけ買い取るぞ。最近ようやくジェムが出回り出したんだが、この辺りはジェムモンスターの狩り場が遠い事もあって、中々安定供給とまではいかないのが現状でな。ジェムの確保は緊急の課題なんだよ。今のところ、足りない分を他のギルドから融通してもらってる状態だ。まあ、それでも一時に比べたら何とかなってるだけマシってもんだよ」
真顔のアンディさんの言葉に、俺は笑って頷いた。
「もちろんです。買い取っていただけるのなら、なんでも出しますよ。まあちょっと色々ありまして、無いジェムを探す方が早いような状況なんです」
最後は小さな声でそう言ってやると、絶句したアンディさんはハスフェル達を振り返り、彼らが頷くのを見て、もう一度満面の笑みになった。
「それなら奥へ行こう。ケンが良いと思うだけ出してくれ」
そんなこと言ったら、確実にギルドが破産するぞ。
頭の中でそう言い、ちょっと笑ってギルドマスターの後に続いて、奥の部屋に向かった。
「さあ、出してくれ」
奥の部屋には、これまたやや年配の、いかにも元冒険者って感じの爺さん達が待ち構えていた。多分、今までの経験から言うと、この人達が副ギルドマスターだな。
「ええと、何から出したら良いと思う?」
ハスフェル達を振り返ってそう言うと、彼もちょっと考えてから顔を上げてアンディさんを見た。
「カデリーでは、ジェムはまだ不足気味か?」
「さっきケンにも言ったんだが、問題になる程不足という訳では無いが、まあギリギリってところだな。元々うちの冒険者達は、大型のジェムモンスター退治よりも、害虫と、畑を荒らす害獣駆除が主な仕事だからなあ」
苦笑いするアンディさんの言葉に、ハスフェルは頷いた。
「ケン、それなら高価なジェムよりも、ジャンパー各色や、昆虫、後は小動物系の単価の低いジェムを中心にまずは出してやれ。ここは王都からも遠いから、上流階級の連中はあまりいない。なので、贅沢品用の装飾用のジェムは次回でも良かろう」
ハスフェルのその言葉に、アンディさんと一緒にいた爺さん達までが、揃って呆気にとられて無言になる。
だけど、それには気付かない振りをして、頷いた俺は、鞄を取り出してちょっと考える振りをした。
「ええと、それならどの辺りを出すべきかなあ……まずはジャンパー各色だろ。それからホーンラビット各色、ダブルホーンラビット各色、ビッグラット各色、クロコダイル各色、ハードロック各色、ピルバグ、バタフライの成虫と幼虫、キラーマンティス各色、後は何が良いかな?」
鞄に向かって次々とジェムの種類を口にする俺を前に、アンディさん達は、目をまん丸にしてそのまま固まってしまったみたいだ。
まあ、その気持ちは分からなくも無いが、これでも一応遠慮して出してるんだけどなあ。